表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

154/779

第154話『妖精の子どもたちと、小さな門のひらく日』

◆早朝──ひまわり市・市庁舎前広場


朝の光は、町を柔らかく包んでいた。

舗装の隙間の砂まで淡く照らされ、草木の葉先に残った露が、ひとつひとつ小さな鏡のように瞬く。いつも通りの朝だ、と言ってしまえばそうなのに、いつも通りの朝が、今日は少しだけ「薄い布」を纏っているように見えた。


勇輝は出勤の途中で、足を止めた。

微かな甘い香りが、鼻先を掠めたからだ。花の匂いに似ている。けれど、この町でその匂いを嗅ぐ場所を、彼は思い当たらない。植えた覚えのない花。覚えのないのに、懐かしい匂い。

懐かしさはいつも、理由より先に来る。


ふわりと、空中に小さな光の粒子が漂った。

埃が光っているのではない。光が埃の形を借りているのだ、と皮膚が理解する。

視線を上げると、広場に妖精たちがいた。


フィリィとエル。

それ以外にも数名、幼い妖精が羽を震わせ、空気をかき回すように飛び回っている。羽ばたきは規則ではなく、遊びのリズムを持っている。子どもたちは「整える」より先に「満たす」ことを知っている。空気を満たし、匂いを満たし、笑いを満たす。


彼らが運んできたのは、妖精界からの最後の贈り物だという。

小さな門を通して、町に穏やかな魔力の風を送り込む儀式。

儀式という言葉は、時に重いが、ここではむしろ軽い。遊びと祈りの間にある、子どもたちの集中の形。


勇輝はそれを見ながら、妙な感覚に襲われた。

この町は、いつの間にこんな風景を受け入れられる場所になったのだろう。

受け入れたのか、受け入れざるを得なかったのか。

違いはあるはずなのに、朝の匂いの中では、どちらも同じように溶けてしまう。


◆市庁舎・広報室


窓の外を見て、美月と加奈が言葉を失っていた。

声にならない感嘆は、時に最も正確だ。説明にすると逃げてしまうものが、世界にはある。


町中に漂う穏やかな風は、ほのかに光っている。

光は主張しない。主張しないからこそ、見上げた人の心の奥へ入り込む。和ませるというより、「尖り」を丸めていく。いつもなら気づかない呼吸の浅さが、少しずつ深くなっていく。


フィリィは小さく息をつき、羽を軽く振って子どもたちをまとめた。

昨日までの危うさは消え、羽の色も戻っている。回復が完全であることが、彼女の動きに表れていた。

エルの表情には、自信がある。自信は誇りの形をしているが、その根には「誰かを助けた」という経験がある。


端末に、妖精界から最後の伝言が届いた。

ひまわり市に心を込めて。いつでもまた訪れます。

文面は丁寧で、整っている。整っているからこそ、そこに「帰る場所が複数ある」という感覚が滲む。

訪れる、という言葉が示す距離は、遠さではなく、関係の作法だ。


美月は記録を取ろうとする手を一度止め、窓の外を見つめた。

記録しないと消えてしまいそうで、記録すると消えてしまうような瞬間がある。

彼女はその境目で、しばらく迷っているように見えた。


◆午前──ひまわり公園


公園の中心で、子どもたちは輪になった。

小さな手が合わせられ、魔力が集中する。集中は静かだった。静かなのに、空気が張る。張り詰めるのではなく、布がきれいに伸びるように、均一な緊張が生まれていく。


地面に淡い光の輪が現れ、微かに揺らいだ。

揺らぎは不安定さではない。水面が「そこに水がある」ことを示すように、揺らぎは「境界がここにある」ことを示す。


光の中で、空にひとつの門が姿を現した。

大きくはない。だからこそ目を奪う。大きなものは風景になってしまうが、小さなものは「意味」になる。

門は象徴のように輝き、妖精界とひまわり市を繋ぐ、と誰もが分かった。分かった、というより、身体が先に受け入れてしまう。


勇輝は木漏れ日の中で、子どもたちを見守った。

守る、という言葉が彼の内側で再び重くなる。守るべきなのは、門か、子どもか、町か。

たぶん全部だ。全部を守ろうとすることが、全部を壊すこともある。

その怖さを抱えながら、それでも彼は息をつき、口にした。


「……小さな門だけど、これでつながりはできたか」


美月は笑って、端末に指を走らせた。

加奈は子どもたちに手を振り、「新しい風が吹くね」とつぶやく。

新しい風――言葉にすると軽い。けれど、風が新しいというのは、町が少し変わったということだ。変わっても、町であり続けるということだ。


◆夕方──ひまわり市・広場


夕方になると、門の光は徐々に落ち着いた。

消えたのではない。溶けたのだ。町の光に混ざり、夕陽の色に馴染み、あたかも最初からそこにあったような顔をする。


子どもたちは疲れた様子で羽を休めた。

フィリィとエルがそっと肩を寄せ合う。寄せ合うという仕草は、境界を越えた友情の証というより、単純に「眠くなった」身体の自然な落ち着きにも見える。

大きなことをしたあとに訪れるのは、達成感よりも、眠気なのかもしれない。


勇輝は空を見上げた。

柔らかな夕陽に映えるひまわりが、どこか遠い世界の花のように見える。

異界の国が増えても、日常が続くなら悪くない――そう思う。思うことで、自分の中の怖さをなだめる。

日常は、守るものではなく、続いてしまうものだ。続いてしまうことが、ときに救いになる。


妖精たちの笑顔と、小さな門。

それらはひまわり市に、ひとつの「可能性」を残した。

可能性は祝福の形をしているが、同時に責任の形もしている。

風はやさしく吹き、町はそのやさしさを、今日の出来事ごと、静かに受け取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ