第149話『天使たちの帰還──ひまわり市に落ちた光の種』
◆ひまわり市・市役所屋上──夕刻
沈みゆく夕陽が、ひまわり市の街並みを黄金色に染めていた。
屋上のヘリポートに、純白の「天界輸送艇」が静かに降り立つ。まるで雲を固めて造ったような、ふんわりとした乗り物だ。
「……いよいよ、帰る時間かぁ」
新人天使サクラがしゅんと肩を落とす。
彼女は研修の初日に比べて、ぐっと人間味のある表情を見せるようになっていた。
勇輝が笑って頭を軽く撫でた。
「短かったけど濃かったな。ひまわり市はどうだった?」
「すっごく楽しかったですっ! SNS広報の美月さんにもいっぱい教わったし、市長さんの話は奥深いし、商店街のおばあちゃんの唐揚げは天界に持ち帰りたいし……!」
「それは無理じゃないか?」
美月が呆れた顔で突っ込む。
しかし、どこか誇らしげな笑みでもある。
少し離れた場所で、天界観光庁のレミエルが職員たちと何やら書類をまとめていた。
「ひまわり市──天界連携モデルケース。評価、非常に高いですわ。今回の交流で“地上理解度”が大幅に向上しました」
市長がうなずき、静かに言う。
「こちらこそ。天界の皆さんの知識や文化は、市の未来にも刺激になります。これからも、細く長く繋がっていけたら嬉しいですね」
「もちろんですわ、市長」
夕陽がさらに傾く。
サクラが突然、慌てたようにポケットをごそごそし始めた。
「あっ、そうだ! 勇輝さん、美月さん、それに市長さんへ……研修の最後に、ちゃんとした“お礼”を渡したくて!」
取り出したのは、小さなガラス瓶。中には金色の粉のような光がゆらゆらと揺れている。
「これは……?」
勇輝が眉をひそめる。
サクラは胸を張って、少し誇らしげに告げた。
「“天界の種”ですっ!」
「種……?」
「天界では、感謝や祈りの気持ちが溜まると、こういう“光の種”になるんです。地上では普通の植物とは違うけど……きっと、ひまわり市のどこかで優しい奇跡を起こします」
美月が瓶を光に透かし、目を輝かせた。
「なにこれ、すっごく綺麗……!」
「ただし!」
レミエルが指をピッと立てた。
「どんな奇跡を起こすかは、地上の環境や気持ちによって変わります。花が咲くかもしれないし、落ち込んだ誰かをふっと励ます光になるかもしれませんわ」
市長が目を細める。
「ロマンチックじゃないか。大切にさせてもらうよ」
サクラは満足そうに微笑み、羽根をふわりと広げた。
「みんなのおかげで、すっごく素敵な研修になりました!
ひまわり市、大好きです! また来てもいいですか?」
勇輝、美月、市長、そして後ろで見守っていた職員たちも、口々に言う。
「もちろん」
「ウェルカムだよ!」
「SNS広報の追加研修もあるしね!」
「次はゆっくり観光もしていってください」
サクラは胸いっぱいにその言葉を吸い込むように頷いた。
「じゃあ……行ってきます!」
夕陽の中、天界輸送艇が浮かび上がる。
サクラは窓から両手をぶんぶんと振り、ひまわり市の屋上の皆も大きく手を振り返した。
雲の向こうへ消えていく光の船。
空に残ったのは、ほんの淡い金色の粒子だけ。
勇輝が手の中の瓶を見つめる。
「……さて、これはどこに置くのがいいんだろうな」
美月が笑って言う。
「ひまわり市、きっとまだまだ“奇跡”が足りませんし。
ふたりで、ベストスポット探しに行きましょうよ」
市長が軽く手を叩いた。
「それじゃあ決まりだな。市としても、この“種”の扱いは極秘扱いで進めよう。
──町おこしじゃなく、心おこしのプロジェクトとしてね」
空はもう紫に染まり始めていた。
天使たちは帰った。
しかし、彼らがひまわり市に残した光の種は、これから静かに、ひまわり市のどこかで芽吹こうとしている。
そしてその小さな奇跡が、次の物語への新しい扉を──そっと開き始めていた。




