第146話『天使サクラ、ひまわり市に降り立つ――ほんわか研修日記』
◆ひまわり市・市役所前 ――午前九時
空が、ひときわ明るかった。
ひまわり市の上空に淡い金色の環が広がり、光の粒子が雨のように降りそそぐ。
出勤途中の市役所職員たちが足を止めて空を見上げた。
「え、また誰か落ちてくるの? 最近ひまわり市、空から来客多くない?」
「まあ……慣れてきたよね……」
そんなゆるい会話が続く中、光がふわりと形を結んだ。
白い羽、制服のような純白ローブ、小さな金の輪(ただし公式発行の研修用“縮小版”)。
そして――あたふたしながら空中でバランスを崩している少女。
「ちょ、ちょっと待って!? 着地訓練まだ受けてないよーっ!」
パタンッ!
見事に市役所の芝生へダイブした新人天使――サクラは、涙目のまま地上初日の空気を吸い込んだ。
「……ここが、ひまわり市……!
あ、あれ? 天界の地上危険度レベル表には“異界値中〜高”って……」
「おはよー。大丈夫? 見た感じ無傷っぽいね」
声をかけてきたのは藤堂美月。
スマホ片手に、にこにこと新人天使を覗きこんでいた。
「わ、わ! 地上人っ……そして広報担当の藤堂美月さん!?
今日から、天界総務局・新人研修プログラムでお世話になります!
天使候補生のサクラですっ!」
「了解〜。じゃあ、まずは顔洗おっか。砂だらけだよ?」
「あ、ありがとうございますぅ……!」
こうして、サクラのひまわり市“研修”は始まった。
◆商店街 ――午前
美月はひまわり市名物の商店街を案内していた。
「ここは市の中心部。天界と違って、住民はふつうに買い物したり、食べ歩きしたりしてるよ」
「わぁ……地上の食べ物、全部“実体”がある……!
天界の食堂は概念食が多いから、びっくりです!」
(概念食って何……?)
という疑問が美月の脳内に浮かびつつも、口には出さない。
そんなとき、
「まあまあ、美月ちゃん。かわいい子連れてるねえ。
はい、天使ちゃん。飴ちゃん食べる?」
商店街名物、無差別飴ばらまきおばあちゃんが登場。
「えっ、天使ってわかるんですか!?」
「そりゃ背中に羽生えてるしねぇ」
あっさり納得されたサクラは、逆に混乱した。
「天使の羽って、地上人は珍しがるものでは……?」
「ひまわり市はわりと“異界慣れ”してるからね〜」
すると、隣の八百屋のオジさんも声をかけてきた。
「天使ちゃん、初めてならこれ食ってけ。天界に無い味の“ソフトクリーム”だ」
「え!? 今、八百屋さんからソフトクリームが……!?」
「うちはなんでも売ってるんだよ!」
サクラの脳内には“天界マニュアル:地上の店は専門性が高い”の文字が浮かぶ。
(天界の教科書、ぜんぜん当てにならない……!)
◆市役所・会議室 ――午後
研修のメインテーマは“異界間交流の基礎”。
市長、勇輝、美月が揃った小会議室で、サクラは緊張しながら本題に入った。
「天界では、ひまわり市の“異界安心指数の高さ”が気になっているんです。
地上の都市なのに、魔力汚染もほぼ無く……住民は明るく……
悪意の放出量も天界基準で“最低値”を記録していて……!」
美月と勇輝が顔を見合わせる。
「それ、多分……ひまわり市の“のんびり空気”が原因じゃない?
うち、基本的に争いとか無いし」
市長もうなずいた。
「のんびりやって、助け合って、おいしいもの食べて……それだけの町さね。
天界さんの心配は買うけど、難しいことはたいしてしとらんよ」
サクラは震えた。
「……天界総務局は“対地上防御策”の担当だったのに……
“のんびり”に全部持っていかれるなんて……!」
しかし、美月がそっと言う。
「でも、天界も同じじゃない?
だれかが困ったら助けるし、みんなで笑うし。
ひまわり市は、人間の世界だけど“天界的な優しさ”が残ってるんだと思うよ」
その言葉に、新人天使の心がふわりと温かくなる。
「……そうかも……しれません……」
◆夕暮れ ――帰還前
日が傾くひまわり市の空。
サクラは一日の研修レポートをまとめながら、そっと手を合わせた。
「今日の研修で学んだこと……
“地上には優しさが満ちている場所がある”。
天界は、もっと人間を知るべきです……!」
美月は笑いながら手を振った。
「また来なよ。次は観光でも案内するからさ!」
「はいっ! 必ず戻ってきます! その……着地練習してから!」
光が再び彼女を包み、天へと戻っていく。
ひまわり市に残った住民たちは、口々に言った。
「また天使来るんだってさ〜」
「じゃあ次は、商店街で天界フェアでもやる?」
「いいねぇ、町おこしになるわ!」
ゆるくて、あったかくて、ちょっと不思議。
今日もひまわり市は“天界にもほめられる小さな町”だった。




