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異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


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第145話「ひまわり市の新しい“日常”――役所は今日も開庁中」

 ――朝。

 ひまわり市役所の玄関が開く音は、異界でも変わらない。

 鍵が回り、ガラス戸が滑り、空気が少しだけ“公務”になる。


 改定した住民協定の試行が始まって一週間。

 町は劇的には変わらない。

 でも、じわじわ変わる。

 そして役所は、その“じわじわ”を毎日受け止める。


「主任、おはようございます!」

 美月が走ってくる。元気は相変わらずだ。


「朝から走るな。転ぶぞ」

「転びません! 今日は“新しい日常”ですから!」

「フラグ立てるな!」


 加奈がいつも通り、紙袋を抱えて入ってくる。


「おはよう。コーヒー差し入れ。

 今週ずっと忙しそうだったから」

「助かる。胃が生き返る」


 市長が通りかかり、さらっと言った。


「日常は尊い」

「尊いけど、日常は襲ってくるんですよ!!」


1件目:区分変更届(A→C)「別れ方が丁寧すぎる」


 最初の来庁者は、自由交易派の商人だった。

 以前なら、揉めた顔で来たはずなのに、今日は妙に礼儀正しい。


「区分変更を申請する」

 提出された書類には、こう書いてある。


『A(住民)→C(来訪者・事業者)へ変更希望』


「……本当に出すんだな」

 勇輝が言うと、商人はうなずいた。


「住むのは向いていない。

 だが、商いは続けたい。

 線があるなら、こちら側に立つ」


 加奈が小さく言った。


「別れ方がちゃんとしてるね」

「制度があると、別れが“喧嘩”じゃなくなる」


 総務が淡々と確認する。


「共通ルール(安全・表示・調整室手続き)は理解されていますか」

「理解している。署名もする」

「よし。受理します」


 美月が小声で言う。


「課長、平和に区分変更が終わりました。

 世界が少し進みました」

「世界じゃなく役所が進んだ」


2件目:Cの人が“福祉窓口”に来た(断らないけど、線は引く)


 次に来たのは、C区分になったばかりの異界旅人。

 顔色が悪い。声も弱い。


「……働けない。呪いだ」

「うわ、来た」

 勇輝は胃を押さえた。


 福祉窓口の職員が困った顔をする。


「区分がCだと、生活扶助は対象外です」

 旅人の目が揺れた。


 加奈が、そっと言う。


「でも、相談はできるよね?」

「相談はできます」


 勇輝が前に出る。


「Cでも、命に関わる相談は断りません。

 ただ、制度としての支援は“住む人”向けです。

 あなたは今、住む意思はありますか?」


 旅人は少し黙ってから言った。


「……この町は、嫌いではない」

「なら、準住民(B)の選択肢がある。

 就労と滞在を整えれば、支援の道も広がる」


 福祉職員が頷く。


「まずは医療連携で呪いの診断を。

 その上で、滞在の扱いを整理しましょう」

「……助かる」


 線は引く。

 でも、目は背けない。

 それが“続く町”の姿だ。


 美月が小声で言う。


「課長、今日の役所、優しい」

「優しいのは線があるからだ」


3件目:調整室、初仕事「喧嘩が“言葉”で止まる」


 午前の終わり、異界トラブル調整室(試行)が呼ばれた。

 商店街で、値札の表示を巡って揉めたらしい。


「葉っぱ3枚って何だ!」

「それが我らの文化だ!」

「換算併記しろ!」

「併記は屈辱だ!」


 ――一週間前なら、SNSで燃えていた。

 だが今日は、燃える前に“調整室”に来た。


 調整員(人間+エルフ+ドワーフ)が淡々と座る。

 空気が“落ち着く部屋”になっている。


「では、目的を確認します。

 文化を守りつつ、誤解を減らすこと」

「……はい」

「……うむ」


 結論は早かった。


値札は葉っぱ表記を残す


換算は“別札”で小さく併記(デザイン自由)


週ごとの目安表は市が掲示


次回からの説明文はテンプレを配布


「……喧嘩が終わった」

 美月がぽつりと言う。

「喧嘩を終わらせるのが、制度の勝利だ」


4件目:夜間窓口の“静かな列”


 夕方。

 夜間窓口の日。

 市長室(もう定番)に、静かな列ができた。


 夜行性住民たちは、腕章をつけて、静かに並ぶ。

 誰も怒鳴らない。誰も割り込まない。

 静けさが“秩序”になっている。


「受付をお願いします」

 夜行性住民が言う。


 職員が笑って返す。


「はい。今日もお待ちしてました」


 加奈が廊下で小さく言った。


「これ、日常だね」

「うん。新しい日常」


 夜、庁舎の明かりが落ちる前。

 勇輝は椅子にもたれて、ふっと息を吐いた。


「一週間で、全部が解決するわけじゃない」

 加奈が頷く。


「でも、一週間で“燃えなかった”ことが増えた」

「それは、すごい進歩だ」


 美月がスマホを見ながら言う。


「課長、今日のまとめ投稿、していいですか?」

「煽るなよ。

 “新しい日常が始まりました”だけでいい」

「はい! “役所は今日も開庁中”って書きます!」

「それはいい」


 市長が最後にぽつりと言った。


「続く町は、強い」

「強い町の裏で、職員の胃が減ってるんですよ!」


 でも――胃が減っても、明日も開庁する。

 それがひまわり市役所だ。


 ひまわり市の新しい“日常”。

 役所は今日も、ちゃんと開庁中。

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