第142話「分断する声、繋ぐ声」
町は、ひとつに見える。
だが中身は、いくつもの生活の集まりだ。
生活が違えば、怖いものも違う。
守りたいものも、優先順位も違う。
異界に来てから、その“違い”が、前より目立つようになった。
同じ町に住んでいても、見ている世界が違う。
住民代表会議――議題は、たった一行。
『分断する声への対応』
「対応って言葉がもう胃に刺さる」
勇輝は紙を見てため息をついた。
美月が言う。
「課長、対立の総集編みたいな回ですね」
「総集編にするな。現場だ」
加奈が静かに言った。
「分断って……もう起きてるの?」
「起きてる。
起きてないふりすると、もっと深くなる」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「割れる前に、橋をかけろ」
「橋の予算ください!!」
会議は、市役所の大会議室。
いつものメンバーに加え、各“立場”の代表が集まった。
旧来の町内会代表(地元の強い人)
新規移住者代表(異界転移後に増えた)
異界住民代表(魔族・エルフ・ドワーフ)
商店街代表(経済)
子育て世代代表(生活)
夜行性住民代表(窓口時間問題の当事者)
市役所(勇輝・総務・市長)
そして加奈(なぜか住民側に馴染んでいる)
美月は広報として後ろに座り、今日は珍しくメモだけにしている。
偉い。たぶん今日の空気が怖いからだ。
「では始めます」
総務が進行を始めた。
冒頭から、分断の声は早かった。
「異界の人が増えて、治安が悪くなった」
「夜に出歩く人が怖い」
「ルールが増えすぎて息苦しい」
「役所が異界ばかり優遇してる」
「いや、人間側が押し付けてる」
たった数分で、矢が飛び交った。
言葉の矢だ。刺さる。しかも抜けにくい。
勇輝は息を吸って、まず止めた。
「“誰が悪い”をやると終わります。
今日は“何が不安か”を出してください。
不安は、理由がある」
会場が少し静まった。
不安は、悪者探しより扱いやすい。
勇輝はホワイトボードに、二列の見出しを書いた。
分断する声(不安)
繋ぐ声(希望)
「分断は、だいたい“不安”から生まれる。
繋ぐ声は、だいたい“経験”から生まれる」
加奈が小さく頷く。
「うん。怖いのは、知らないからだもん」
まず出てきた“不安”は、生活の話だった。
不安①:治安
町内会代表が言う。
「夜に見慣れない人がいる。
それだけで怖い」
夜行性住民代表が静かに言う。
「我らは夜にしか動けぬ。
怖がられるのは理解する。
だが、我らも怖い。
昼の町は眩しく、迷う」
――怖いのは、双方だ。
勇輝は即座に“繋ぐ手”を出す。
「なら、見える化しましょう。
夜行性住民の“登録と腕章”を強化する。
夜間窓口と連携して、夜の巡回も増やす」
警備担当が頷く。
「夜間の巡回ルートを作れます」
商店街が言う。
「夜の人に会う機会が増えれば、怖さは減る」
加奈が言った。
「挨拶できる関係になると、怖くなくなるよ」
「それ。挨拶は最強の治安対策」
不安②:優遇感
移住者代表が言った。
「役所が異界対応ばかりして、
昔からの住民が置いていかれてる気がする」
異界住民代表(魔族)が言う。
「我らも優遇されているとは思わぬ。
むしろ疑われている」
勇輝は頷いた。
「優遇ではない。対応が“目立つ”だけだ。
だが、置いていかれてる感覚は本物。
そこは改善する」
具体策はシンプルにした。
通常窓口の待ち時間を見える化
異界対応の枠を“別窓口”に分け、通常業務を守る
月1で“住民向け説明”を出す(何をやってるか)
美月が小声で言う。
「課長、それ、広報の仕事増えます」
「増える。でも必要。見えないと噂が勝つ」
不安③:文化の衝突
エルフ代表が言う。
「人間式のルールは、文化を薄める」
町内会代表が言う。
「異界式は、生活を乱す」
加奈が、ここで前に出た。
いつもの“常識”が刺さる時間だ。
「守りたいのは、どっちも“日常”だよね。
異界の人は異界の日常。
町の人は町の日常。
だから日常がぶつかる場所に、置き場所を作る」
「置き場所?」
誰かが聞く。
「召喚アート区画みたいに、
“やっていい場所”を決めれば、衝突が減る」
会場が頷く。
争いは“場所”で減る。これは自治のコツだ。
ここで、勇輝は“繋ぐ声”も拾った。
分断の会議は、希望が出ないと終わる。
希望が出ないと、町が冷える。
「繋がった経験がある人、話してください」
商店街代表が言う。
「泡事故のとき、魔導商会も責任を取った。
あれで“異界は信用できない”とは言えなくなった」
子育て世代代表が言う。
「保育園でドラゴンが寝かしつけして、最初は怖かったけど、
子どもは笑ってた。
子どもが怖がらないと、親も変わる」
夜行性住民代表が言う。
「夜間窓口が開いた。
それで“町に居場所がある”と感じた」
異界住民が言う。
「規則が数値化されて、揉め事が減った。
ルールは敵ではない」
――繋ぐ声は、全部“体験”だ。
紙より強い。
勇輝は最後に、会議の結論を“短く”まとめた。
長いと覚えられない。覚えられないと噂が勝つ。
今日の合意(暫定)
治安不安は“見える化”と“接点”で減らす(登録・腕章・巡回・挨拶)
優遇感は“窓口分離”と“説明”で減らす(通常業務を守る)
文化衝突は“置き場所”で減らす(区画・ルールの目的明記)
月1の住民代表会議を継続し、分断の兆候を早期に拾う
市長が頷き、静かに言った。
「割れる前に橋をかける。
今日、一本目の橋をかけた」
「市長、たまに良いこと言うな……」
勇輝は小さく呟いた。
美月がスマホを見て、珍しくニヤリとする。
「課長、今日の内容は“切り抜かれても大丈夫”です。
燃えにくい」
「よし。今日は勝った」
会議が終わり、廊下で加奈が言った。
「分断って、なくならないよね」
「なくならない。
でも“話せる場”があれば、割れない」
美月が机に突っ伏して呟く。
「課長……次は“別れ”の話が来そうです……」
「やめろ、予言するな」
……総務が紙を差し出した。
『協定改定協議会(第1回) 議題:別れと継続の境界線』
「ほら来た!!」
ひまわり市役所は今日も、
割れる前に会議で橋をかけながら、ちゃんと開庁している。
次回予告
共存の約束を改定する協議会。
そこに出た議題は、“別れるか、続けるか”。
「別れと継続の境界線」――町の約束、最後の線引き。




