第141話「この町を、選ぶ理由」
未来計画は、紙の上なら綺麗に進む。
矢印があって、目標があって、年度ごとにマイルストーンがある。
だが現実の町は、矢印の通りに曲がらない。
人の心があるからだ。
未来計画(案)の説明会。
市役所の多目的ホールは、いつもより静かだった。
熱気より、空気が重い。
みんな、聞きたいことがある顔をしている。
市長が壇上に立つ。
「本日は、ひまわり市の未来計画について――」
「質問!」
最前列の住民が、早すぎるタイミングで手を挙げた。
勇輝は横で小さくうなずく。
質問は、止めない方がいい。
溜まると後で噴き出す。
住民の男性が言った。
「計画は分かりました。
でも……一番聞きたいのは、そこじゃない」
会場が静まる。
「どうして、この町に残るんですか?」
その一言で、空気が変わった。
書類の話から、人の話になった。
美月が小声で呟く。
「課長……エモい質問、来ました」
「エモいって言うな。重いんだ」
加奈が、そっと前を向く。
目が真剣だった。
残る理由。
それは、異界に転移した町の、根っこだ。
今なら逃げられる。
異界の国々に移住する人もいる。
王国に職を求める人もいる。
天空国へ渡った者もいる。
逆に異界からこの町へ来て住む者もいる。
選ぶ理由がないと、町は薄くなる。
市長が言った。
「残る理由は、人それぞれだ」
「それだと計画の説明になりませんよ」
勇輝が即座に突っ込む。
「しかし事実だ」
「事実でも、説明会では“言葉”にしてください!」
会場が少し笑った。
笑いが入ると、空気がほぐれる。
こういうときは、笑いが消火器だ。
勇輝はマイクを受け取った。
計画の担当者としてじゃない。
役所の人間として、住民に向けて話す。
「理由は、制度じゃないです。
でも制度は、“理由を守る道具”です」
会場が頷き始める。
「この町には、残したいものがある。
――家。仕事。家族。商店街。学校。温泉。
そして、暮らしの癖」
加奈が横で小さく笑った。
「暮らしの癖、分かる」
「分かるだろ? 朝の挨拶とか、回覧板とか、変な暗黙のルールとか」
後ろの方からクスクスと笑いが起きた。
町の人の笑いだ。
住民の女性が言った。
「でも、異界に来てから、全部変わったじゃないですか」
「変わりました。
変わったけど、全部が消えたわけじゃない」
勇輝は続ける。
「役所は、変わった世界で“変わらない生活”を支える場所です。
水道、ゴミ、住民票、窓口時間。
地味だけど、これがあるから暮らせる」
夜行性住民が手を挙げ、静かに言った。
「夜に窓口が開いた。
我らは、それでこの町を選べる」
「ありがとうございます。
あれは“選べる町”にするための仕事でした」
エルフの若手が言う。
「召喚陣を“禁止”ではなく“区画”にした。
それは残す理由になる」
「残すために、置き場所を作ったんです」
ドワーフが言う。
「ルールが数値化され始めた。
揉め事が減るなら、残る価値がある」
「揉め事を減らすのも、残す理由です」
そして、異界側の住民――魔族のリュディアが、ぽつりと言った。
「私は、ここに残る。
なぜなら、ここでは“疑われても制度で守られる”」
会場が静まる。
勇輝は頷いた。
「それ、すごく大事な話です。
制度って、人を縛るためじゃなく、
“弱い立場の人が安心して暮らすため”にある」
加奈が、ゆっくり言った。
「この町は、知らない人でも、
窓口に来たら“困ってる”として扱ってくれる。
それって、すごいことだよ」
美月がうなずきながら言う。
「課長、私、広報で毎回炎上してますけど……
それでも残るのは、町の人が“見捨てない”からです」
「お前は炎上させすぎだ!」
「すみません!!」
会場が笑った。
笑いが、もう一度消火器になった。
最初に質問した男性が、少しだけ表情を緩めた。
「……そういう話が聞きたかったんです。
計画の矢印じゃなくて、
“人が残る理由”を」
市長が最後にマイクを持った。
「私は、この町が好きだ。
怖がらずに前へ出る人が多い。
そして、困ったら助け合う。
それは異界でも、変わらない」
市長は一呼吸置く。
「町を選ぶ理由は、誇りだ。
ここが“自分の場所”だと思えることだ」
拍手が起きた。
大きな拍手ではない。
でも、しっかりした拍手だった。
計画書より、よほど強い音だった。
説明会が終わり、片付けの時間。
勇輝は椅子を運びながら、加奈に言った。
「今日の質問、効いたな」
「効いたね。
でも、答えが“制度”だけじゃないって分かって、安心した」
美月がスマホを見て言う。
「課長、今日の発言、切り抜かれても大丈夫そうです。
炎上しにくい言葉が多い」
「それが未来計画の本当の目的かもしれないな……」
加奈が笑った。
「次は、もっと重い話が来る?」
「来る。
“別れ”とか“継続”とか、そういうやつが」
美月が机に突っ伏して呟く。
「課長……境界線の回……」
「やめろ、予言するな」
……だが、総務が紙を持ってきた。
『住民代表会議 開催依頼(議題:分断する声への対応)』
「来た!!」
ひまわり市役所は今日も、
理由を言葉にしながら、ちゃんと開庁している。
次回予告
住民代表会議が開かれる。
町の中に、“分断する声”と“繋ぐ声”がある。
「分断する声、繋ぐ声」――役所は、真ん中で揺れる。




