第140話「ひまわり市の未来計画」
計画書――それは、役所が未来を紙に閉じ込める儀式だ。
現実は今日の窓口で溢れているのに、未来は三年後、五年後、十年後で書けと言われる。
しかも異界。次元が増えている。未来も増える。紙も増える。
「主任! 未来計画、作成依頼です!」
総務が、胃に優しくない紙束を抱えてきた。
「……未来って、まず今日を乗り切ってから来てくれない?」
「議会と住民協議会が“見える形”を求めてます」
「見える形にすると、責任も見えるんだよ……!」
美月が机に突っ伏して言う。
「課長、計画書回です。
“夢”を語った瞬間、コメント欄が荒れます」
「荒れないように“現実”を混ぜる」
加奈が笑う。
「でも、未来を考えるのはいいことだよ。
今のままだと、ずっと応急処置だもんね」
「その通り。
応急処置だけだと、町が疲れる」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「未来計画は、町の旗だ」
「旗を立てる前に、ポールの予算ください!!」
未来計画の目的は一つ。
“この町はどこへ向かうのか”を、住民と異界住民に示すこと。
ただし、ひまわり市は普通の町じゃない。
異界に転移した、町丸ごとの自治体だ。
国の支援も曖昧。物流も不安定。治安も文化も混ざる。
つまり、計画に必要なのは“夢”より“強度”だ。
「まず枠を決める」
勇輝はホワイトボードに書いた。
ひまわり市 未来計画(骨格案)
生活(安全・水道・医療・教育)
経済(観光・商店街・産業)
共存(文化・ルール・調整)
インフラ(道路・通信・物流)
行政(窓口・人材・制度)
「全部じゃん」
美月が言う。
「全部だ。計画書は全部を書く地獄だ」
加奈が頷く。
「でも、この5つなら分かりやすいね」
「分かりやすさは正義。切り抜かれても誤解しにくい」
次に、期間。
異界は不確定すぎるので、長期計画だけだと嘘になる。
「三段階にする」
計画期間(案)
短期:6か月(混乱の抑え込み・制度の整備)
中期:2年(観光と産業の定着・住民協定の成熟)
長期:5年(異界で“町として自立”する基盤)
市長が頷く。
「自立は“独立”ではない」
「それ! 今言うとちょうどいい!」
そして、内容。
勇輝は“今までの騒動”を、全部計画項目に変換した。
役所の必殺技――混乱を箇条書きにする。
重点プロジェクト(案)
生活
夜間窓口の制度化(夜行性住民対応)
迷子センター常設化(多種族対応)
魔法事故の安全ガイドライン(再発防止)
経済
フリマ・出店の申請ガイド正式化(炎上防止)
多言語観光案内の整備(絵本版含む)
ドラゴン物流の安全運用(時間指定不可対策)
共存
住民協定の定期改定(協議会の運用)
異界トラブル調整室(調停・仲裁)の試行
文化保存委員会の設置(保存区画・行事支援)
インフラ
排水・泡事故対応手順(下水の平和)
魔導通信とSNS広報の整備(炎上しにくい型)
デマンド交通の拡充(洞窟と空中庭園も想定)
行政
異界住民臨時職員制度の正式化
異界労災・救済枠の運用定着
長寿種の年金・互助制度の検討開始
「……これ、全部今やってることじゃん」
美月が言う。
「そうだよ。計画って、実は“現場の棚卸し”だ」
「地味! でも大事!」
問題は“言い方”だった。
計画書は夢を語りすぎると炎上し、現実だけだと希望がない。
加奈が言った。
「“守る未来”と“攻める未来”を分けたら?」
「いい。分けよう」
勇輝は二本立てにした。
未来の柱
守る未来:生活の安心・安全・手続きの公平
育てる未来:観光と商い・文化の魅力・人のつながり
「育てる未来、いいね」
市長が言う。
「市長、今日は余計なこと言わないでください」
「言わぬ。旗だけ立てる」
「旗は立てていい」
そして、住民に見せるための“短い版”も作った。
計画書は長い。読まれない。読まれないと噂が勝つ。
美月が言う。
「課長、1枚版必要です」
「分かってる。作る」
未来計画 1枚版(住民向け)
役所は夜の窓口も試す(夜行性住民も安心)
文化は“残す場所”を作る(召喚アート区画など)
トラブルは調整室で早めに決着(揉め事を長引かせない)
観光と商いを整えて、稼ぐ(温泉・ご当地グルメ・商店街)
ルールは増やすだけでなく、定期的に見直す(協議会)
「これなら読める」
加奈が頷く。
「読めるは強い。読めないと噂が勝つ」
夕方。
未来計画(案)は、市長決裁の机に乗った。
市長が目を通し、珍しく真面目な顔で言った。
「よい。
これは“続けるための計画”だ」
「続けるのが目的です。
異界でも、役所は今日開けるために未来を書く」
美月が机に突っ伏して呟く。
「課長……次は“この町を、選ぶ理由”みたいな、しんみり回が来そうです」
「お前、急にエモい予言するな!」
加奈が笑う。
「でも、たまにはいいよ。
頑張ってる理由、言葉にしても」
「……確かに。計画には“理由”が要る」
ひまわり市役所は今日も、
未来を紙にして貼り出しながら、ちゃんと開庁している。
次回予告
未来計画の説明会、住民から一つの質問が出る。
「どうして、この町に残るの?」
「この町を、選ぶ理由」――答えは制度じゃなく、人の話。




