第139話「異界文化保存か、共存か」
文化は、壊れるときは一瞬だ。
だが守るとなると、途端に難しい。
何を守るのか。どこまで守るのか。誰が決めるのか。
そして――守った結果、誰が困るのか。
その朝、市役所の正面玄関前に、机が並んでいた。
手作りの看板。署名用紙の束。熱い視線。
『異界文化を守れ! 署名活動』
「……始まったか」
勇輝は胃の奥がきゅっとなるのを感じた。
美月が言う。
「課長、対立テーマ回です。
“守れ派”と“共存派”がぶつかるやつ」
「ぶつかる前に、受け止めて整える」
加奈が小声で言った。
「文化を守りたいって気持ち自体は、悪くないよね」
「悪くない。
でも“守る”が“拒む”になると、町が割れる」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「文化は観光資源だ」
「資源って言うな! 燃える!」
署名活動の代表は、若い人間の移住者グループと、異界側の一部(森のエルフ商会の若手)が混ざっていた。
彼らの主張はシンプルだ。
「役所がルールを増やしすぎて、異界文化が薄まってる」
「召喚陣禁止、値札併記、夜間騒音、出店登録……
全部“人間式”に合わせてるじゃないか」
確かに、制度は増えた。
事故が増えたからだ。
だが、増えた結果“息苦しさ”も増えた。
勇輝は署名代表に声をかけた。
「話を聞かせてください」
「聞くだけじゃなく、止めてほしいんです。
“文化を変えるルール”を」
「変えるルールって何を指してる?」
「……全部です」
「全部は無理だ!!」
美月が小声で囁く。
「課長、全部撤回要求、来ました」
「来ると思ったよ!」
午後、緊急で“意見交換会”が開かれた。
場所は多目的ホール。
参加者は幅広い。
署名代表(人間・エルフ若手)
商店街(現場)
異界商人(自由交易派含む)
住民代表(生活側)
夜行性住民(静か)
異世界経済部(勇輝・美月)
加奈(常識担当)
市長(火力担当)
勇輝は最初に言った。
「今日は、“文化を守る”と“共存する”を戦わせない。
両方必要だ。
でも両方を取るには、分けて考える」
ホワイトボードに書く。
今日の整理:文化を3つに分ける
守るべき文化(危険が少ない/誇り・アイデンティティ)
調整が必要な文化(生活に影響/誤解が起きる)
止めるべき行為(事故・暴力・衛生リスク)
「止めるべき行為って、文化じゃないだろ!」
署名側が反発する。
「文化の名で事故が起きると、文化そのものが嫌われる。
だから分ける」
加奈が柔らかく言う。
「文化って、続くから文化だよね。
続かなくなるやり方は、守れないと思う」
「……それは……分かる」
議論の火種は、やっぱり“召喚陣”だった。
「召喚陣を描くのは祭りの文化だ!」
「でも公園の通路に描くな! 子どもが踏む!」
「なら場所を用意しろ!」
「……そこだ」
勇輝はすぐに書いた。
召喚陣:保存と共存の落とし所(案)
**“召喚アート区画”**を指定(広場の一角・安全対策)
使用は登録制(責任者・材料)
事故が起きたら即中止ではなく、まず是正
子ども向けの“見学ルール”も作る
エルフ若手が目を丸くする。
「区画……作ってくれるのか」
「作る。
禁止だけだと消える。
だから“場所を用意して残す”」
商店街が頷く。
「通路が塞がれなければ助かる」
夜行性住民も静かに頷いた。光が眩しくない場所がいいらしい。
次は“値札”問題。
「葉っぱ3枚の世界観が壊れる!」
「壊れるのは分かる。でも人間は混乱する」
「混乱は学べばいい!」
「学ぶ前に揉める! そして揉めると燃える!」
勇輝は、ここも“併記”で押した。
値札:文化保存枠(案)
表示は自由。ただし換算情報を併記
換算は“目安”でよい(1葉=〇〇相当)
併記の形式はデザインを尊重(葉っぱ+小文字など)
加奈が笑う。
「世界観は守りつつ、迷子も減るね」
「迷子扱いするな!」
ドワーフが言った。
「換算は固定にしろ。
目安だと揉める」
「固定は相場で死ぬ。だから“週ごとの目安表”にする」
「……合理的だ」
美月がメモする。
「課長、週ごとの葉っぱ換算表、SNSで出せます!」
「煽り文句禁止な!」
そして最大の争点。
“役所がルールを増やしすぎ”問題。
署名代表が言った。
「文化を守りたいのに、役所が全部管理してる」
「管理してるつもりはない」
「なら、文化のことは文化側が決める仕組みにしてくれ」
勇輝は、そこに賛成した。
「分かった。
“文化保存”は役所が決めるんじゃない。
**文化保存委員会(仮)**を作る」
会場がざわつく。
「委員会!?」
「役所が好きなやつ!」
「好きで作るわけじゃない!」
勇輝は続けた。
文化保存委員会(仮)の役割(案)
“守る文化”のリスト化(年1回更新)
行事・表現の“保存区画”の提案
観光と生活の摩擦の調整
役所は事務局(支援)に回る
署名代表が言った。
「事務局なら、口出ししない?」
「口は出す。
でも“決める”のは委員会だ。
役所は安全と生活の観点で意見を言うだけ」
「……それなら納得できる」
加奈が小さく頷く。
「決める人が見えると、安心するよね」
「そう。透明性があれば“支配”には見えにくい」
市長が、最後に余計な一言を言いかけた。
「文化は資源だから――」
「市長、禁止ワードです!」
勇輝が即座に止める。
市長は咳払いして言い直した。
「文化は、誇りだ。
そして町の魅力だ。
守りつつ、暮らしも守る」
拍手が起きた。
全員が満足したわけじゃない。
でも、“全部撤回”という火は弱まった。
意見交換会の後。
署名代表は、署名用紙を少しだけ下ろした。
「破壊したいわけじゃない。
消えるのが怖いだけだ」
「分かる。
だから消えない“置き場所”を作る」
美月がぽつりと言う。
「課長、文化って、置き場所が必要なんですね」
「必要だ。人の心にも、町のルールにも」
加奈が笑う。
「じゃあ次は、未来計画かな」
「……それ、絶対来るやつだな」
そして案の定、総務から紙が回ってきた。
『ひまわり市の未来計画(案) 作成依頼』
「来たぁぁ!!」
ひまわり市役所は今日も、
“守る”と“変える”を分けて並べながら、ちゃんと開庁している。
次回予告
町の未来計画を作れ、と言われた。
夢と現実と予算が同じ机に乗る。
「ひまわり市の未来計画」――計画書が一番ファンタジー!




