表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

138/145

第138話「ひまわり市、独立宣言!?」

 噂は、火より早い。

 火は見える。煙も出る。消火もできる。

 だが噂は――見えないまま増える。止まらない。

 そして役所に来る頃には、だいたい“形”になっている。


 その朝、異世界経済部の電話が鳴り止まなかった。


「ひまわり市って独立するんですか!?」

「独立したら税金どうなるんですか!?」

「国はどこですか!? 王国ですか!?」

「パスポート作るんですか!?」

「……誰がそんなこと言った!!」


 勇輝は受話器を置き、机に額を当てた。


「美月、今すぐ出所を探せ」

「了解! 炎上の匂い、追跡します!」


 加奈が青い顔で言う。


「独立宣言って……冗談だよね?」

「冗談で済めばいいが、噂は冗談を現実に変える」


 市長が通りかかり、さらっと言った。


「独立は、悪くない」

「言うなぁぁ!! その一言で本当に燃える!!」


 出所はすぐ分かった。

 “異界ラジオ”の切り抜きだ。

 市長が先日の放送で言った、あの一言。


「ひまわり市は、自分たちで決めて、自分たちで守る」


 これが――こう翻訳された。


『市長、独立宣言!』


「翻訳が乱暴すぎる!!」

 勇輝は頭を抱えた。


 美月がスマホを見ながら言う。


「課長、切り抜き動画のタイトルが煽りすぎです。

 そしてコメント欄が……地獄です」

「見せるな! 胃が死ぬ!」


 加奈が言う。


「でも、独立って言われたら不安になるよね。

 町の人も、異界の人も」

「不安は正しい。

 だから“正確な言葉”に戻す」


 緊急で“説明会”が決まった。

 場所は市役所の大会議室。

 題名は、燃えにくいように薄くする。


『町の運営方針に関する説明会』


「独立って書かないんだ」

 加奈が言う。

「書くと火が付く。まずは鎮火」


 しかし会場に来た人は、全員“独立の話”を聞きに来ている。

 目が真剣。空気がピリついている。


 前列には商店街、住民代表、異界商人、夜行性住民、そしてなぜかドラゴン観光組合。

 後ろには興味本位の観光客もいる。


「……混ざるなぁぁ」

 勇輝は胃を押さえた。


 市長が壇上に立つ。


「本日は――」

「市長、最初に言うことがあります!」

 勇輝が即座に割り込む。


「“独立宣言はしていません”」

 会場がざわっとした。


 市長が笑って頷く。


「していない」

「よし!」


 美月が小声で言う。


「課長、初手の否定、刺さりました」

「刺さるように言った。今は刺さっていい」


 まず勇輝が、事実を整理して説明した。


事実(今日の結論)


ひまわり市は独立宣言をしていない


町は“自分たちで決める”部分が増えたが、国のようになる話ではない


必要なのは“自治の運用”であって“独立”ではない


 住民の一人が手を挙げた。


「じゃあ税金はどうなるんですか」

「今の制度の範囲で運用します。

 ただし異界との取引や協定に合わせて、町のルールを補う必要はある」


 異界商人が言った。


「補うとは、縛ることか?」

「縛るためじゃない。事故とトラブルを減らすためだ」

「またそれか」

「またそれだ。事故が増えたら、最後に損するのは現場だ」


 加奈が横から静かに言う。


「ルールは“楽しい”を守るためにあるよ」

 会場の空気が少し柔らぐ。


 そして核心。

 なぜ“独立”という言葉が出たか。

 勇輝はそこを逃げない。


「この噂が広がった原因は、市長の言葉の切り抜きです」

 会場がざわつく。

「市長、言葉を説明してください」


 市長がマイクを持った。


「私はこう言った。

 “自分たちで決めて、自分たちで守る”」


 市長は続ける。


「それは“独立”ではない。

 行政の言葉で言えば――自治の強化だ」


 美月が小声で言う。


「課長、自治の強化、かっこいい」

「かっこよく言うな、燃える」


 市長はさらに言った。


「国がないから独立する、などという話ではない。

 国は遠い。だが生活は近い。

 生活に近い決定を、町で増やす。

 それだけだ」


 住民代表が言った。


「でも、それって勝手に決めるってことじゃ?」

「勝手には決めない。

 協議する。説明する。合意を作る。

 それが自治だ」


 勇輝が頷く。


「つまり、“独立宣言”じゃなく、

 “住民協定の見直し”や“調整室の設置”の延長線です」


 しかし、会場の後方から鋭い声が飛んだ。


「独立しないなら、誰が守ってくれるんだ!

 異界で国が攻めてきたらどうする!」


「防衛問題まで来た!!」


 勇輝は即座に言う。


「攻めてくる前提で話すと燃える。

 現状、そういう兆候はない。

 あるのは、生活トラブルと制度の穴だ」


 ドラゴン観光組合が咳払いして言う。


「攻める予定はない。

 観光は平和が命だ」

「観光が防衛の主軸になるな!」


 魔族代表も言う。


「魔王領も、今は協定の話をしている。

 戦はコストが高い」

「コストの話で止めるな!」


 エルフが静かに言う。


「恐れは、噂で増える」

「その通りだ。だから噂を止める」


 最後に、勇輝は“今後の見える化”を提示した。

 噂は空白で増える。

 空白を埋めるのは、予定表だ。


今後の予定(公開)


来週:住民協定の協議会(第1回)


今月:異界トラブル調整室(試行)開始


来月:フリマ開催ガイド正式版の公開


随時:夜間窓口の試行結果を公表


「予定が見えると安心する」

 加奈が小声で言う。

「安心は最大の鎮火剤だ」


 美月が言う。


「課長、今日の説明会、切り抜かれませんか?」

「切り抜かれる。絶対切り抜かれる。

 だから“切り抜いても誤解しにくい言葉”だけ残す」


 市長がマイクで締めた。


「ひまわり市は独立しない。

 だが、続くために変わる。

 町の未来は、ここにいる全員で作る」


 拍手が起きた。

 全員が納得したわけじゃない。

 でも、少なくとも“噂の火”は弱まった。


 説明会後。

 勇輝は椅子に沈みながら言った。


「言葉ひとつで町が割れる」

 加奈が頷く。


「だから、言葉を丁寧に使わないとね」

「役所の仕事の半分は“言葉の管理”だ」


 美月が机に突っ伏して呟く。


「課長……次は“文化保存か共存か”のやつ来ます……」

「やめろ!! 未来を言うな!!」


 ……廊下の向こうから、別の職員が叫んだ。


「主任! “異界文化保存の署名活動”が始まってます!!」

「ほら来た!!」


 ひまわり市役所は今日も、

 噂を予定表で殴り返しながら、ちゃんと開庁している。


次回予告


異界文化を守れ、という声が大きくなった。

でも共存するなら、変わる部分もある。

「異界文化保存か、共存か」――“守る”と“変える”の綱引き!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ