第135話「魔法事故、誰の責任?」
責任――それは、役所が毎日握りしめている爆弾だ。
何かが起きたら「誰が悪い?」より先に「誰が担当?」が飛ぶ。
そして、担当が決まった瞬間、胃が決まる。
その日、ひまわり市役所の胃を決めに来たのは――魔法だった。
「主任!! 事故です!!」
総務の安全担当が、今日はちゃんと“昼”に飛び込んできた。
「また労災か!?」
「違います! 魔法事故です!」
「魔法事故って言葉がもう嫌だ!」
美月が反射でスマホを構える。
「課長、責任問題回! 燃えるやつ!」
「燃やすな! 鎮火が仕事だ!」
加奈が心配そうに言う。
「誰か怪我したの?」
「怪我人は……軽傷。
でも、被害が“広い”」
「広い……?」
そこへ市長が通りかかり、さらっと言った。
「責任は重いほど良い」
「良くないです!! 軽い方がいいです!!」
現場は、商店街のはずれ――空き店舗を改装した“異界雑貨店”だった。
看板にはこうある。
『フォルミナ魔導商会・ひまわり支店(仮)』
「仮って付けるな……」
勇輝はため息をつきながら店内へ入った。
店の中は、キラキラした魔導具と、説明札が並んでいる。
その真ん中で、店主の魔導商人(魔族)が青い顔をしていた。
「主任さん……やってしまった」
「何を」
「魔導具が暴れた」
「雑すぎる報告やめろ!」
床には、白い粉。
壁には、黒い焦げ跡。
そして――天井から、キラキラした“泡”が、ゆっくり降ってきていた。
「……泡?」
加奈が見上げる。
「美月、撮るなよ」
「撮ってません! もう撮ってません!」
「“もう”って何だ!」
消防が言った。
「延焼はない。だが、泡が消えない」
「泡が消えないの、火事より嫌だな……」
店主が言う。
「客が“清めの粉”を買った。
試しに撒いた。
そしたら――この泡だ。『聖泡』だと言い張って、客が喜び始めて……」
「喜ぶな! 事故だ!」
美月が小声で囁く。
「課長、泡がバズりそうです」
「バズらせるな! 泡は物理で増える!」
被害は意外と現実的だった。
店内が滑る(転倒・軽傷)
粉が舞って近隣の食品店に混入
“聖泡”を持ち帰ろうとする観光客(衛生不明)
そして、泡がなぜか商店街の排水溝に流れ込み、下流で発泡(最悪)
「……下水が泡風呂になってます」
下水担当が死んだ目で報告した。
「泡風呂にするな!!」
「でも、もうなってます……」
加奈が小さく言った。
「これ、誰が責任取るの……?」
「そこを今から地獄みたいに決める」
市役所に戻り、緊急会議。
集まったのは、いつもの胃メンバーだ。
異世界経済部(勇輝)
商工観光(店舗・出店関係)
市民生活課(消費者相談)
消防(危険物)
下水(現場が死んでる)
総務(契約・要綱)
そして当事者(フォルミナ魔導商会)
美月がホワイトボードに書く。
今日の議題:魔法事故、誰の責任?
「書くな! 重い!」
「書かないと進まないです!」
勇輝は、まず整理した。
「責任には種類がある。
“悪いかどうか”と、“対応するかどうか”は別だ」
まず分けるべき責任
原因者責任(誰が起こしたか)
管理者責任(場所や販売の管理)
購入者側の過失(使い方)
行政の責任(許可・規制・周知不足)
被害回復の責任(誰が片付けるか/補償するか)
「……つまり、全員が少しずつ刺さる」
美月が言う。
「言い方!」
加奈が頷く。
「でも、片付けないと商店街が泡まみれだよ」
「そう。まずは“片付け責任”を決める」
魔導商会の店主が言う。
「我らの品が原因だ。
だが、客が勝手に撒いた」
「販売者が“使い方”をどう説明したかが重要です」
消費者相談が淡々と言った。強い。
店主は詰まる。
「……“清めに使える”とは言った」
「清めの定義が広すぎる!」
「そして泡が出る副作用を説明してないなら、説明不足です」
「説明不足は……我らの落ち度だな」
勇輝が言う。
「よし。原因は“商品特性+説明不足”。
購入者の過失は、現時点では弱い。
次に管理者責任」
商工観光が言った。
「この店、出店許可は“物販”で出してます。
“危険性のある魔導具”の扱いまでは規定してない」
「そこが行政の穴だな……」
市長が満足げに言う。
「穴は埋めればよい」
「穴の数が多いんですよ!!」
しかし今は、制度の穴埋めより先に、泡を止めないといけない。
下水担当が言う。
「泡が排水に入って、発泡が続いてます。
このままだと汚水処理の工程で、泡が溢れます」
「溢れたら?」
「……地獄です」
「もう地獄だよ!」
消防が言う。
「泡の性質が分からない。
薬剤で止めると逆反応の可能性がある」
「じゃあどうする」
「原因の魔導粉を“中和”できる手段を、商会側が出すべきです」
全員が魔導商会を見る。
店主は、悔しそうに頷いた。
「……中和札を出す。
ただし材料が要る」
「材料は何だ」
「塩。大量の塩」
「塩!? 役所に塩はない!!」
加奈が手を挙げた。
「商店街の食品店なら、あるかも。
でも勝手に持っていくのはダメだよね」
「ダメ。ちゃんと調整する」
勇輝は即決した。
「対応方針。
一次対応は市が現場統制。
技術対応(中和)は商会が実施。
費用は商会負担。
ただし、商店街の協力が必要だから、市が調整する」
「市が前に出るのは、責任を認めることでは?」
総務が心配そうに言う。
「違う。“被害拡大を止める責任”だ。
原因の責任とは分ける」
「……なるほど」
美月が呟く。
「課長、責任を分割してます」
「分割しないと全員が破裂する!」
現場に戻り、勇輝は商店街会長に頭を下げた。
「塩、協力をお願いしたい」
「泡を止めるためか」
「はい。商会が費用負担します。
市が責任を持って数量と補償を整理します」
「……よし。協力する。
泡で商店街が終わったら困る」
加奈が、食品店の人に丁寧に説明する。
その“常識の刺さり”で、空気が落ち着いていく。
「大丈夫。勝手には持っていかないよ。
あとでちゃんと精算して、書類も出すからね」
「書類……役所っぽいね」
「役所だもん」
一方、魔導商会は中和札を準備し、泡の発生源から順に貼っていく。
泡が、しゅわ……と静かに消えていった。
「消えた……!」
下水担当が泣きそうな顔をした。
「まだだ。排水の下流が残ってる」
美月が言った。
「課長、SNSで“聖泡が消された”って怒る人出ません?」
「出る。絶対出る。
だから先に“説明”を用意する」
市役所に戻った勇輝は、広報を一枚で出した。
【商店街の発泡(泡)について】
一部店舗で発泡する粉末が使用され、泡が発生しました
転倒などの危険があるため、中和対応を行っています
商品の取り扱いと表示について、販売者と協議し再発防止策を整えます
(相談:市民生活課/現場:商工観光課)
「“聖泡”って言葉は使わない。燃料になる」
「了解です……」
美月が震えながら頷いた。
加奈が笑う。
「“危ないから止めた”って、ちゃんと伝えるんだね」
「そう。泡を神格化させない」
そして、最後の本題。
責任の“決着”だ。
勇輝は商会側と文書を交わした。
被害回復(清掃・中和・協力費)=商会負担
近隣店舗の損害(混入等)=個別協議+消費者相談立会
今後の販売は、表示義務(危険・使用方法・禁止場所)を付ける
市は“魔導具区分”を新設し、許可条件を見直す(暫定)
商会店主は頭を下げた。
「我らの落ち度だ。
信頼を損なった。償う」
「償うなら、次からの運用で見せてくれ」
「誓う」
市長が満足げに言った。
「よい。事故は制度を強くする」
「強くなる前に胃が死にます!」
加奈が小さく頷いた。
「でも、誰かを悪者にして終わらせなかったね」
「終わらせたら次が来る。
仕組みにして終わらせるんだ」
美月が机に突っ伏して呟く。
「課長……次は裁判所ですか……?」
「やめろ、未来を言うな」
……廊下の向こうから、法務担当(いないので総務)が叫んだ。
「主任!! “異界裁判所”の検討会、要望が来ました!!」
「ほら来た!!」
ひまわり市役所は今日も、
泡の責任を“分けて”“片付けて”“制度にする”ことで、ちゃんと開庁している。
次回予告
揉め事が増えすぎて、ついに出た要望――裁判所を作れ。
でも裁判って何? 判決って誰が出すの?
「異界裁判所、設置検討会」――判子より重い“判決”の話が始まる!




