第134話「夜行性住民と窓口時間」
役所の窓口時間は、だいたい決まっている。
平日8時30分〜17時15分。
それは人間の生活リズムに合わせてできている。
だが、異界には――夜の民がいる。
「主任……窓口に、夜行性住民が来てます」
当直の職員が、朝イチではなく“夕方”に駆け込んできた。
「夕方に“来てます”って、今来てるのか」
「来てます。今。しかも……増えてます」
「嫌な予感しかしない!」
美月が机に突っ伏しながら言う。
「課長、開庁時間がズレる回ですね」
「ズレるどころか、昼夜逆転する可能性がある」
加奈が心配そうに言う。
「夜行性って、誰? 魔族?」
「魔族もいる。
でも主に、幽界省から来た“夜の住民”と、深海都市ナギル系の人たちだ」
「深海系って、昼が苦手そうだね……」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「なら、夜も開ければよい」
「簡単に言うな!! 職員が死ぬ!!」
問題は現場で起きていた。
窓口が閉まった後、正面玄関の前に人影が増える。
そして、張り紙の前で首を傾げる。
『窓口時間:8:30〜17:15』
「これ、夜の人には“寝ろ”って書いてるのと同じだな……」
勇輝はため息をついた。
外に出ると、そこには夜行性住民の一団。
目が光る。肌が青白い。声が静か。
でも雰囲気は“困ってる”側だ。
「この札……昼に来い、と?」
代表らしい青年が言う。
語尾が淡々としていて、怒ってない。むしろ諦めに近い。
「昼は眠っている」
「ですよね……」
別の住民が言う。
「我らは夜にしか動けぬ。
だが転入手続きが進まぬ」
「住民票の手続き、止まると生活が止まる……」
加奈がそっと言った。
「困ってるのは本当だね」
「本当だ。ここは“制度の穴”だ」
しかし現実として、役所は24時間開けられない。
人員が足りない。安全管理もいる。夜間対応はリスクが高い。
「だから、選択肢は三つ」
勇輝は職員を集めて言った。
夜行性住民対応:選択肢
A) 夜間もフル開庁(理想、現実は死)
B) 週に数回、夜間延長窓口(現実的)
C) 手続きの一部を“予約・オンライン・ポスト”化(仕組み)
「BとCの組み合わせだな」
加奈が言う。
「その通り。
フルは無理。
でも“困ってる人を見捨てる”も無理」
美月が顔を上げる。
「オンライン化……異界でもできますか?」
「できる。
ただし“多言語”と“本人確認”が絡む」
「また私が死ぬやつ!」
「死なない範囲で設計する」
まずB。夜間延長窓口。
勇輝は総務と調整して、最低限の案を出した。
夜間窓口(試行案)
週2回(火・金)
19:00〜21:00
対象業務は限定(転入・相談・証明の予約)
警備+当直と連携
必ず予約優先(飛び込みは最小)
「週2でも職員はきついですね」
総務が言う。
「きつい。だから“代休と交代制”をセットで作る」
「代休も人が足りません……」
「足りないから、限定なんだ」
市長が言った。
「市長室を夜間窓口にしてもよい」
「また市長室が便利屋に!」
「私は夜も元気だ」
「市長だけ元気でもダメなんですよ!」
次にC。
夜に来なくても“進む”仕組みを作る。
勇輝が言った。
「転入の一部は、書類の受け取りと事前確認だ。
そこはポストと予約で進められる」
具体的に、こうした。
① 夜間受付ボックス(鍵付き)
申請書の提出(仮受付)
添付書類のコピー
相談メモ
② 予約制(夜間枠+昼枠)
役所が開いてる時間に、職員が事前確認
不備があれば連絡
夜間窓口で最終確認・交付
③ “絵で分かる手続き”を作る
夜の住民向けに、文章を短く
絵とチェックボックス中心
加奈が頷く。
「“来れる時間が違う”だけで、困り方は同じだもんね」
「そう。困り方は同じ。だから手順を変える」
美月が言う。
「絵で分かる……私の出番ですね……」
「今度は“死なない出番”にする。テンプレで回す」
そして当然、夜行性住民の文化差も出る。
彼らは“夜の静けさ”を尊ぶ。
役所の蛍光灯は眩しい。待合のテレビはうるさい。
昼の窓口設計が合わない。
「夜間窓口は、照明を落とせる場所にする」
「暗いと防犯が……」
「だから“落としすぎない”。
夜の人が耐えられる明るさに調整する」
加奈が笑って言った。
「人間に合わせすぎないで、相手にも合わせるんだね」
「共存ってそういうことだ」
試行初日。火曜日の夜。
市長室が夜間窓口になった。
入口には新しい掲示が貼られる。
『夜間窓口(試行):火・金 19:00〜21:00(予約優先)
夜間受付ボックス:正面玄関横』
夜行性住民たちは、静かに列を作った。
騒がない。割り込まない。むしろ礼儀正しい。
職員の方が緊張している。
代表の青年が言った。
「夜に開くとは、思わなかった」
「町は続くので。
続けるには、窓口も少し変わる必要がある」
青年は小さく頷いた。
「……我らも、歩み寄ろう」
「助かります。ほんとに」
美月が小声で言う。
「課長、夜の窓口、意外と平和です……」
「平和なのは今だけだ。油断するな」
加奈が笑う。
「でも、ちゃんと“届いた”感じがするね」
「うん。
窓口は、誰かに届くためにある」
夜間窓口が終わり、職員が片付けをしていると、
総務が青い顔で走ってきた。
「主任……次は“魔法事故”です」
「……来たか」
ひまわり市役所は今日も、
夜の住民に合わせて時計をずらしながら、ちゃんと開庁している。
次回予告
魔法事故が起きた。誰の責任かで揉める。
個人? 店? 市? 異界?
「魔法事故、誰の責任?」――責任の境界線、また増える!




