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第130話「異界経済部、定員オーバー」

 役所の問題は、だいたい“人が足りない”で始まり、

 たまに“人が多すぎる”で終わる。


 それが今、ひまわり市役所で起きていた。

 しかも、よりによって――異世界経済部で。


「主任ぃぃ!! 応募が! 応募が止まりません!!」

 総務課の職員が封筒の束を抱えて走ってきた。


「応募?」

「異世界経済部の臨時職員です!

 昨日の市長ラジオ出演が効きました!」

「効くな!! 効きすぎだ!!」


 美月が机に突っ伏したまま言う。


「課長……人気部署……」

「人気になって嬉しい? 嬉しくない? 胃は死ぬ?」


 加奈が笑う。


「でも、助けが来るかもだよ」

「助けが来ても、受け皿がないと事故る」


 市長が通りかかり、満足げに言った。


「よいことではないか。人材は宝だ」

「宝が山ほど来て、倉庫がないんですよ!!」


 異世界経済部の現状。

 人が増えたら嬉しい――はずがない。


 なぜなら、すでに部屋が限界だった。


迷子センターに会議室が吸われた


多言語広報で机が増えた


消費者相談で臨時席ができた


そして、なぜか“共鳴石”の箱が増殖している


「箱、どこから湧くんだよ……」

 勇輝は段ボールの山を見て遠い目になった。


 そこへ、応募者第一波が来た。

 受付前に列。まるで就職説明会だ。


 しかも――種族が混ざっている。


「人間の応募者、三十名」

「魔族、八名」

「ドワーフ、五名」

「エルフ、二名」

『ぷる(しごと)』

「スライムも来た!?」


「“臨時職員は魔族でも可?”の前に、

 “臨時職員はスライムでも可?”が来た!!」


 美月が目を輝かせる。


「定員オーバー回、物理で面白い!」

「面白くない! 机が足りない!」


 勇輝は即座に方針を決めた。

 人を増やすなら、採用より先に“運用”を作らないと死ぬ。


「総務、採用の前に整理。

 まず“業務”を分解する」


 ホワイトボードに書く。


異世界経済部:業務の山(現状)


転入・住民票・窓口案内(他課連携)


迷子センター運営


露店・商店街・フリマ運営支援


消費者相談(一次受け)


多言語広報(設計・更新)


協定・契約(魔法・署名・印鑑)


苦情・炎上対応(地獄)


「この中で、誰でもできる作業と、専門が要る作業を分ける」

 加奈が頷く。


「受付とか案内とか、手順があればできそう」

「そう。

 “手順で回せる仕事”に人を当てる」


 美月が言う。


「課長、私は“炎上対応”は分けられないと思います」

「分けられない。だからそこは俺が抱える。泣くけど」


 次に、勇輝は“定員”を定義した。

 役所は席がないと仕事ができない。物理だ。


「当面の席数、最大……六」

「六!?」

「六。

 机が六つ置ける。

 置けない分は“外回り班”にする」

「外回り班?」

「迷子センター、現場巡回、商店街対応。

 机がいらない仕事もある」


 総務が言った。


「では採用枠も六に……」

「違う。

 採用枠は“業務量”で決める。席は“運用”で吸収する」


 加奈が笑う。


「勇輝、また変なスキル発揮してる」

「役所は変なスキルの集合体だ」


 そして、最大の爆弾――多種族採用が来る。


 総務が小声で言った。


「主任……臨時職員、魔族でも可ですか」

「……“可”にしたい。

 でも、条件を付ける」


 勇輝は、採用条件を“安全”と“公平”で組み立てた。


臨時職員(異界含む)採用:条件(案)


守秘義務(個人情報)を理解できる


暴力・呪い等の行使禁止(業務中)


服装・身分表示(腕章など)


研修必須(窓口・対応テンプレ)


相談対応は“二人体制”(誤解防止)


「二人体制、いいね」

 加奈が頷く。

「文化差があると、誤解はすぐ燃えるからな」


 美月が言う。


「スライムは守秘義務、理解できますか?」

『ぷる(できる)』

「返事が軽い!」


 勇輝はスライムを見て言った。


「スライムは……

 まず“運搬・掲示・案内補助”に限定。

 個人情報に触れない業務で試す」

『ぷる(わかった)』

「わかったが可愛いな……じゃない!」


 面接は、“説明会方式”になった。

 個別にやると死ぬ。定員オーバーだからだ。


 勇輝は壇上に立ち、言った。


「異世界経済部は、人気部署じゃありません。

 胃が削れる部署です。

 でも、町の最前線です。

 それでもやりたい人だけ残ってください」


 ざわざわ。

 しかし、残る人は残った。

 覚悟がある。


 魔族の応募者が言う。


「誇りを守る仕事がしたい」

 ドワーフが言う。


「ルールを作るなら、手伝う」

 エルフが言う。


「言葉を整えるのは、森の仕事だ」

 人間の応募者が言う。


「地元が好きだから、手伝いたい」


 ……いい。

 “動機”は大事だ。

 役所の臨時は、心が折れるから。


 結果。

 第一弾として採用されたのは、こうなった。


人間:2名(窓口案内・事務補助)


魔族:1名(商店街調整補助・夜間対応の助言)


ドワーフ:1名(現場安全・通路管理・数値ルール支援)


エルフ:1名(多言語・文面整備)


スライム:1体(掲示・運搬・迷子センターの物理補助)


「人数より種族の幅が強いな!」

「幅があると仕事が回る。たぶん」


 美月が机に突っ伏しながら言った。


「課長……スライムに腕章つけます……」

「頼む。腕章がぷるぷるする未来が見える」


 問題は、物理。

 机がない。


 そこで市長が、満足げに言った。


「市長室を一部、開放しよう」

「えっ」

「仕事をする場所がないのだろう?」

「市長室を!?」

「市長室は広い。

 私が縮めばよい」

「縮めるな! でもありがとうございます!!」


 こうして、市長室の一角が“臨時デスクエリア”になった。

 看板が貼られる。


『市長室(臨時)/異世界経済部サテライト』


「サテライト!? 宇宙進出したみたいな言い方!」

「実際、次元は増えてるだろう」

「そこは否定できない!」


 加奈が笑った。


「役所って、柔らかいんだね」

「柔らかいというか、押しつぶされながら形を変えるんだ」


 夕方。

 新しい臨時職員たちが、研修を受けていた。


「謝罪は土下座禁止です」

「炎上時はハッシュタグ禁止です」

「迷子は迷子センターへ誘導です」

『ぷる(みち、ひろく)』

「通路2mです」


 勇輝は、少しだけ思った。

 混乱は消えない。

 でも、支える手が増えれば、町は続く。


 ひまわり市役所は今日も、

 定員オーバーを“制度と机”でねじ伏せながら、ちゃんと開庁している。


次回予告


次は、さらに踏み込む。

「臨時職員は魔族でも可?」――正式に要綱化!

「臨時職員は魔族でも可?」――規程を作れば、世界が広がる!

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