第129話「市長、異界ラジオに出演する」
炎上の後に来るもの。
それは、鎮火策。
そして鎮火策の後に来るもの。
それは――だいたい、別の火種だ。
朝。ひまわり市役所。
異世界経済部の机の上に、一枚の招待状が置かれていた。
『異界ラジオ《深夜の焚き火》出演依頼
ゲスト:ひまわり市長(生放送)』
「……生放送?」
勇輝は喉の奥で嫌な音を立てた。
「主任、来ました! 市長が喋ります!」
美月が嬉しそうに言う。
「嬉しそうに言うな!」
加奈が顔をしかめる。
「ラジオって……異界にもあるんだ」
「ある。魔法通信を“声だけ”で流すメディアだ。
拡散力が強い。炎上力も強い」
市長が廊下から入ってきて、にこやかに言った。
「よし。出よう」
「よしじゃない! なぜ即決!?」
「今は“直接語る”のが効く。
SNSは切り取りが起きるが、ラジオは声の温度が伝わる」
「声の温度が伝わって火が付く可能性もあるんですよ!」
出演の目的は一つ。
フリマ炎上の“誤解”を解く。
そして、今後の方針を伝える。
つまり、町の信頼回復だ。
だが、生放送には地雷が多い。
「市長、絶対に言ってはいけない言葉があります」
勇輝は真顔で言った。
「何だね」
「“統治”」
「なぜだ」
「燃えたからです!」
美月が即座にメモを取る。
「禁止ワード:統治」
「禁止ワード、言うな。放送中に思い出す」
加奈が柔らかく言った。
「市長、怒られそうな言い方をしそうになったら、
『町のみんなが安心して暮らすため』って言えば大丈夫」
「うむ。安心だな」
「安心は万能の消火剤です」
ラジオ局は、商店街の奥――元は小さな喫茶店だった場所を改装したものらしい。
魔法通信の結晶が吊られ、マイクが並び、壁には火の絵が描かれている。
番組名は『深夜の焚き火』。
嫌な名前だ。炎上のあとに焚き火。縁起が悪い。
パーソナリティは、異界新聞の声担当だというエルフ。
声が落ち着いていて、言葉が丁寧で、刺し方が上品そうだ。
「本日は、ひまわり市長をお迎えします。
最近、街で話題の“フリーマーケットのルール”について――」
勇輝はガラス越しに、控室から見守る。
美月は録音係(念のため)。
加奈は、緊張する市長に温かいお茶を渡している。
「市長、深呼吸」
「私は緊張しない」
「緊張しない人が一番危ない!」
生放送開始。
「こんばんは。ひまわり市長です」
市長の声は意外と落ち着いていた。
声だけ聞くと、すごく頼れそうに聞こえる。
実際に頼れるかは別だ。
パーソナリティが聞く。
「市役所がフリマを“弾圧した”という声もありました」
「弾圧ではない」
「……!」
勇輝はガラス越しに、目で“慎重に”と送る。
市長は続けた。
「誰も楽しみを奪いたいわけではない。
事故が起きれば、楽しみごと消える。
だから、安全の線を引いただけだ」
「安全の線」
「火器、通路、空輸。
それは文化の否定ではなく、命の保護だ」
……いい。今のはいい。
勇輝は胃を少し戻した。
パーソナリティが核心を突く。
「召喚陣を消された、という声もありました」
市長は一拍置いた。
「召喚陣は美しい。
だが、子どもが踏んで事故になるなら、
美しさは守れない。
使うなら、場所と手順を整えよう」
「整える」
「ひまわり市は、止めるより整える。
それが役所の仕事だ」
「……!」
勇輝が思わず小さく頷く。
市長、今日は言葉が強い。
しかし、生放送は甘くない。
リスナーからの質問コーナーで、地雷が飛んできた。
「市長はドラゴン差別をしているのか?」
パーソナリティが淡々と読み上げる。
市長は、少し笑った。
「差別はしていない。
ドラゴンは尊敬している。
だからこそ、荷を人の上に落とさせない」
「……言い方が上手い!」
勇輝はガラスの向こうで、心の中だけで拍手した。
次の質問。
「役所は異界の文化を理解していないのでは?」
市長は静かに答えた。
「理解は、今日できるものではない。
だが、理解しようとすることはできる。
だから、ルールも“試行”にしている」
「試行」
「試して、直して、続ける。
その間、町の人も異界の人も、不便はある。
だが、それを減らすのが我々の仕事だ」
……完璧じゃない。
でも、誠実だ。声の温度がある。
加奈が控室で小さく笑った。
「市長、ちゃんと“町の人”って言ってる」
「言葉が丸い。今日の市長は丸い」
放送が終わった瞬間。
美月がスマホを見て叫んだ。
「課長! 反応が……!」
「燃えてる?」
「……微妙に燃えてます!」
「燃えるのかよ!」
だが内容は、前回と違った。
「市長の声、意外と真面目」
「安全は分かる」
「整えるって言い方、いい」
「召喚陣の“場所と手順”って、逆に面白い」
「ドラゴンへの言い方が優しい」
「……鎮火方向だな」
勇輝は息を吐いた。
市長が戻ってきて、満足げに言う。
「よし。伝わった」
「伝わりました。
ただし、次の火種が生まれる前に、具体を出しましょう」
「具体?」
「フリマの申請ガイド、召喚陣の使用ルール、ドラゴン荷下ろしの運用。
言ったからには形にしないと、また燃えます」
「うむ。形にしよう」
「今日は素直だな……怖い!」
加奈が笑って言った。
「ラジオ、悪くなかったね」
「悪くなかった。
でも“声で守る”のは一回だけだ。
次は“制度で守る”番だ」
美月が机に突っ伏して呟く。
「課長……次は定員オーバー回ですね……」
「やめろ、予言するな」
だが、廊下の向こうから総務の叫び声が聞こえた。
「主任ぃ! 異世界経済部に応募が殺到してます!!」
「……ほら来た!!」
次回予告
異世界経済部、人気すぎて人が増える。
でも席がない。仕事はある。机がない。
「異界経済部、定員オーバー」――役所の限界は物理!




