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第126話「魔族式会議、結論が出ない」

 会議――それは、役所の主戦場だ。

 議題を出す。意見を集める。落とし所を作る。決める。

 決めたら議事録。決めなければ次回へ持ち越し。

 胃は削れるが、前には進む。


 ……進むはずだった。


「主任……会議が、終わりません」

 総務の議事録係が、魂の抜けた声で言った。


「終わらない会議は毎日だろ」

「今日はレベルが違います。

 魔族式です」

「来たぁぁ……!」


 美月が目を輝かせる。


「結論が出ない回、タイトル通り!」

「タイトル通りにするな!」


 加奈が心配そうに言った。


「何の会議なの?」

「露店の登録ルール改定。

 偽物護符事件の再発防止。

 “出店許可”“表示義務”“罰則”を決める」

「大事なやつじゃん! そこで結論出ないの困る!」


 市長が通りかかり、さらっと言った。


「結論など、後で出せばよい」

「後で出すために今日集まってるんですよ!!」


 会議室(迷子センターに吸われなかった方の小会議室)には、関係者が揃っていた。


ひまわり市:勇輝、総務、商工観光、消費者相談


商店街連合:会長、店舗代表


異界側:魔族の代表数名(“魔界商業連盟”と名乗った)


ついでに:エルフ商会、ドワーフ職人(なぜか参加)


 議題は一枚の紙に書かれている。


出店登録制の強化


価格・返品条件の表示義務


偽装商品の禁止と罰則


紛争時の窓口と処理手順


 ここまでは普通だ。

 問題は、魔族式会議の“ルール”だった。


 魔族代表が、開会一番に言う。


「本会議は、結論を出さない」

「は?」

「結論は、全員が“納得”したときにだけ生まれる。

 納得がない結論は、呪いより危険だ」

「呪いと比較するな!」


 総務の議事録係が、震えた。


「主任……議事録に“結論を出さない”って書いていいんですか」

「書け。現実だ」


 美月が小声で言う。


「課長、議事録係が泣いてます」

「泣かせるな! でも泣く!」


 会議は始まった。

 始まったのに、終わりが見えない。


 勇輝が言う。


「偽物が出た以上、登録制を強化します。

 登録証の掲示、身元確認、違反時の出店停止。

 ここは最低ラインです」


 商店街会長が頷く。


「賛成。こっちも困る。信用が落ちる」


 エルフ商会も言う。


「説明は必要だ。森の恵みも誤解される」


 ドワーフが腕を組む。


「偽装は職人の恥だ。潰せ」


 ――よし、いける。

 そう思った瞬間、魔族が静かに言った。


「違反時の“停止”とは何だ」

「出店できなくする、です」

「それは“追放”か」

「追放じゃない! 一時的な停止!」


 別の魔族が言う。


「追放は宣戦布告と同義だ」

「重い! 言葉が重い!」


 さらに魔族代表が続ける。


「そもそも、偽物とは何か。

 “偽物”とは、価値の否定だ。

 価値の否定は、誇りの否定だ」

「哲学始まった!!」


 議事録係が、ペンを置いた。

 魂が抜けた。


「主任……“価値の否定”の次、どうまとめれば……」

「まとめるな! そのまま書け! 死ぬけど!」


 勇輝は気づいた。

 魔族は“制度”で話していない。

 “誇り”と“関係性”で話している。


 なら、翻訳しなければならない。


「魔族の皆さん。

 “停止”は追放ではない。

 これは“信頼回復のための冷却期間”です」


 魔族代表が目を細める。


「冷却……?」

「はい。

 町の商いは“信頼”で回ります。

 偽物を出した者がそのまま居座れば、全員が疑われる。

 だから一度外す。

 それは“誇りを守る”ためでもあります」


 加奈が、そっと一言添えた。


「悪い人を止めないと、真面目な商人が損するもんね」

「……それは、我らも嫌う」


 魔族側の空気が、少しだけ動いた。


 だが、次の地雷が来る。

 “罰則”だ。


「違反者には罰金を」

 商工観光が言った途端、魔族が首を振る。


「金で裁くのか。

 誇りを金で測るな」

「測ってない! 抑止だ!」


 ドワーフが言う。


「罰金は合理的だ。工具の弁償と同じだ」

「ドワーフ、ここで合理を出すな! 火種になる!」


 エルフが静かに言う。


「罰は枝を折る。

 折るなら、育て直す手当も要る」

「枝の比喩、また来た!」


 勇輝は深呼吸した。

 罰金一本槍だと魔族が反発する。

 でも抑止は必要。

 なら、“罰の形”を変える。


「罰金じゃなく、“是正”にしましょう」


 全員が見る。


「違反したら、まず商品回収・返金・謝罪文の掲示。

 次に、再発防止の講習受講。

 それでも繰り返したら、期間停止。

 金は“実費”だけ。罰としての金は取らない」


 魔族代表が腕を組んだ。


「実費……なら理解できる。

 罰としての金は、魂を安売りする」

「魂を安売りするな!」


 商店街会長も頷く。


「返金と掲示は効く。客の安心につながる」


 消費者相談員が言う。


「講習……できます。

 “表示ルール”と“日本側の習慣”をまとめれば」


 美月が小声で言う。


「講習資料なら、広報テンプレでいけます……」

「倒れかけてるのに偉い!」


 会議は、それでも終わらない。

 魔族式だからだ。


「納得には時間が要る」

「分かる。だから時間を区切る」


 勇輝は、ここで“終わらせ方”を行政流に切り替えた。

 結論を出さないなら、仮決めで進める。


「今日は“結論”じゃなく、“合意できた文章”だけ残します。

 残せた分だけ、ルールは前に進む。

 残せなかった部分は次回へ。

 いいですか」


 魔族代表が少し考え、頷いた。


「……文章に刻むなら、価値がある」

「刻むな、落ち着け」


 議事録係が、泣きながらペンを握り直した。


 最終的に、その日の成果は“結論”ではなく、こうなった。


合意文(暫定・本日分)


出店は登録制とする(登録証掲示)


価格・返品条件は必ず表示する


偽装が疑われる場合、窓口が調査し、必要なら販売停止(冷却期間)


違反時の対応は「回収・返金・掲示・講習」を基本とする


重大・反復の場合のみ、期間停止を検討する(追放ではない)


「検討って書くの、役所っぽい」

 美月が言う。

「今日の勝利は“検討”まで持ち込んだことだ!」


 加奈が笑う。


「結論が出なくても、前に進めたね」

「進めた。

 魔族式会議は“納得”がゴールで、行政は“運用”がゴールだ。

 間を取るしかない」


 市長が満足げに言った。


「よい会議だった」

「どこが! 終わってない!!」

「終わっていないのが良い。

 町は続くからな」

「詩人か!」


 会議室を出ると、外はもう夕方だった。

 議事録係は灰になっていた。

 勇輝は肩を叩いた。


「……ありがとう。今日の君が町を支えた」

「主任……“結論なし”の議事録、初めてです……」

「異界では普通になる。慣れるな!」


 ひまわり市役所は今日も、

 結論の出ない会議を“文章”にして、ちゃんと開庁している。


次回予告


異界フリーマーケットが勝手に始まり、開催指導が必要に。

ルールなし、許可なし、でも人は集まる。

「異界フリーマーケット開催指導」――止めるな、整えろ!

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