第125話「異界の謝罪文化、土下座はNG?」
謝罪――それは、人間社会の“潤滑油”だ。
間違えたら謝る。迷惑かけたら謝る。
とりあえず頭を下げる。日本では特にそうだ。
だが異界には、異界の潤滑油がある。
同じ“謝る”でも、意味がズレると――炎上する。
「主任……謝罪が、炎上しました」
市民生活課の職員が、机に額を打ち付けながら言った。
「謝罪が炎上するってどういうことだよ」
「土下座です」
「……やったな?」
「やりました」
「誰が!」
「……うちの窓口職員が……」
「やるなぁぁ!!」
美月がまだ青い顔で言う。
「課長、SNSでは『土下座は侮辱』って拡散してます……」
「侮辱!? 謝罪なのに!? 逆ぅ!」
加奈が心配そうに言った。
「誰に土下座しちゃったの?」
「魔族の団体客です。
露店のトラブルで怒って、市に苦情に来て……」
「そこで土下座!? 強いけど危ない!」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「土下座は誠意だ」
「誠意が地雷になる世界、嫌すぎる!」
発端はこうだった。
異界露店でのトラブル。
魔族の団体客が、購入した“護符”が偽物だったと怒った。
露店側は逃げた。
怒りの矛先が市役所に来た。
窓口で対応した職員は、焦った。
相手は魔族。声が低い。目が怖い。
背後の空気が黒い。たぶん物理で黒い。
「申し訳ありません!!」
職員は咄嗟に土下座した。
――その瞬間。
魔族たちの空気が、凍った。
「……なぜ、膝をつく」
「謝罪です! 最大限の誠意で……」
「誠意?」
魔族の代表が、静かに言った。
「それは“服従”だ。
我らは、お前を屈服させたことになる」
「えっ」
別の魔族が怒鳴った。
「我らを暴君にするな!」
「暴君にするな!?」
「謝罪のつもりで暴君扱いに!?」
「意味が逆すぎる!!」
そしてその場は、余計に荒れた。
人間側は青ざめ、魔族側は居心地が悪くなり、
全員が不幸になった。
加奈が言った。
「謝るって、相手を気持ちよくする行為のはずなのにね」
「文化が違うと、逆に刺さる」
勇輝は、すぐに“謝罪文化”を整理する必要があると判断した。
トラブルはまた起きる。
そのたびに土下座爆弾を投げたら、役所が焼ける。
異世界経済部と市民生活課で、緊急の“謝罪翻訳会議”が開かれた。
「結論。
異界相手に、土下座は禁止」
「禁止!?」
「禁止。
相手がどう受け取るか分からない。
“謝罪”が“服従”に変換されるリスクが高すぎる」
美月が頷く。
「SNSで『土下座=政治的敗北』って言われてます……」
「政治的敗北って何だよ! 窓口だぞ!」
市長が不満げに言う。
「だが誠意がないと思われるのでは」
「誠意は“姿勢”じゃなく“対応”で見せます。
今はそれで通す」
勇輝は、謝罪を“動作”ではなく“要素”に分解した。
謝罪の要素(異界共通を目指す)
相手の不利益を認める(事実)
迷惑への理解を示す(共感)
再発防止を約束する(行動)
補償や是正を提示する(手当)
「これなら、土下座がなくても誠意は伝わる」
加奈が頷く。
「言葉と行動だね」
「そう。最終的には“やるかどうか”」
市民生活課が言った。
「じゃあ、具体的な“型”が必要です。
窓口が迷わないように」
「作る」
その日のうちに、“謝罪対応テンプレ”が作られた。
異界対応・謝罪テンプレ(窓口版)
まず立ったまま一礼(深すぎない)
「ご不快な思いをさせて申し訳ありません」
「事実確認します:いつ/どこ/何が」
「市の対応:調査/是正/期限」
「補償が必要なら担当へ引き継ぎ」
最後に「ご指摘ありがとうございます」
「最後に“ありがとう”は強いな」
「強い。
相手の怒りを“協力”に変換できる可能性がある」
美月が言う。
「ただし相手がブチ切れてるときは逆効果かも」
「だから“言い方”だ。軽く言うな。真面目に言う」
問題の魔族団体には、勇輝が直接対応することになった。
同じ失敗はできない。
応接室。
魔族代表は腕を組み、静かに待っていた。
視線が鋭い。圧がある。だが、話は通じるタイプだ。
勇輝は立ったまま、きちんと頭を下げた。
土下座はしない。背筋は伸ばす。
「昨日の対応で、皆さんに不快な思いをさせました。申し訳ありません。
まず、偽物の護符の件、事実を確認しました。
露店の販売者は登録外の商人で、追跡中です」
魔族代表が言う。
「……土下座は、しないのか」
「しません。
土下座は“服従”と受け取られると聞きました。
皆さんを暴君扱いしたくない」
その言い方が、効いた。
魔族代表の眉が少しだけ緩む。
「……理解しているならよい」
「市としては、露店の出店ルールを改め、登録証の表示を義務化します。
そして、被害者の方への返金について、商店街と連携して手続きを進めます」
魔族の一人が言う。
「返金……できるのか」
「はい。手続きは必要ですが、やります。
今日、申出を受け付けます」
加奈が、横から優しく補足する。
「ここに書いてもらえれば、順番に対応するよ」
「……よい」
怒りが、“手続き”に変わっていく。
行政が一番得意な形に戻った。
会議の最後。
勇輝は言った。
「皆さんの苦情は正当でした。
指摘があったから、ルールを直せます。
ご指摘ありがとうございます」
魔族代表が、ゆっくり頷いた。
「……我らも、怒り方を学ぶ必要があるな」
「こっちも謝り方を学びます。お互い様です」
応接室の空気が、少しだけ柔らかくなった。
その日の夕方。
市役所の内部掲示板に、太字で貼られた。
『異界相手に土下座は禁止(誤解リスク)
謝罪は「事実・理解・行動・手当」で示す』
「貼り紙が強い」
美月が呟く。
「でも、必要なんだよ……」
加奈が笑う。
「謝るのも、異世界対応なんだね」
「そう。
生活の全部が異世界対応だ」
ひまわり市役所は今日も、
謝り方すら“制度”にして、ちゃんと開庁している。
次回予告
魔族式会議が始まった。
結論が出ない。永遠に出ない。
「魔族式会議、結論が出ない」――議事録係、死ぬ!




