第124話「多言語広報、美月が限界!」
広報――それは、町の“共通言語”だ。
正しく伝える。誤解を減らす。安心を増やす。
平時なら、掲示板と市報とSNSで回る。
……異界に転移してからは、平時が存在しない。
「主任……美月が、倒れました」
総務課が、開口一番で言った。
「えっ」
勇輝は椅子から半分立ち上がった。
「倒れたって、転んだのか」
「違います。広報が限界です」
「その倒れ方が一番危ない!」
加奈が慌てて駆け寄る。
「美月、大丈夫!?」
「だい……じょ……ぶ……です……」
美月は机に突っ伏して、指だけピースしている。
目が死んでいる。顔色も死んでいる。広報も死んでいる。
「課長……翻訳が……終わりません……」
「翻訳?」
美月の机の上には、紙が山になっていた。
ゴミ出し(スライム容器版)
ドラゴン鳴き声協定
森の景観実証条件
転入予約の臨時枠
異界商取引共通ルール
迷子センター案内
説明会(分科会方式)
そして、なぜか「市長の笑みの関連文書は増殖しません」
「最後のは何だよ!」
「情報公開……対策……です……」
加奈が苦笑した。
「燃えたやつ、まだ続いてるんだね」
「続いてる。町は燃えやすい」
広報が限界に達した理由は単純だった。
伝える相手が多すぎる。言葉が多すぎる。ルールが増えすぎる。
人間(日本語)
エルフ(古語っぽい言い回し+美意識)
ドワーフ(短い指示+数値)
魔族(契約用語+誇り)
スライム(絵と例)
ドラゴン(大きい文字+遠くから見える)
「課長……一つ作ると、六つに増えるんです……」
美月が呻く。
「増えるね。
でも増やさないと誤解が増える」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「なら一つにまとめよ」
「まとめたら誰にも伝わらないんですよ!!」
勇輝は、ここで方針を切り替えた。
広報は“全部翻訳”するから死ぬ。
優先度を付けるしかない。
「よし。広報を三層に分ける」
ホワイトボードに書く。
異界広報:三層運用(暫定)
① 命に関わる情報(最優先)
防災、火災、事故、危険物
避難、救急、交通規制
→ 多言語+絵+音声(可能なら)
② 生活の必須ルール(次)
ゴミ、騒音、手続き、迷子センター
→ 日本語+簡易多言語+絵
③ 便利・イベント情報(後回し)
出店、キャンペーン、観光
→ 日本語中心、必要なら追加
「全部同じ熱量で出すから燃える。
命の情報を一番分厚くする」
加奈が頷いた。
「確かに、優先順位が見えると安心する」
「安心が燃料を減らす」
次に、翻訳そのものを“美月一人”から引き剥がす。
「翻訳は分業する。
美月は“全体設計”と“最終チェック”だけ。
実作業は各部署+協力者に振る」
総務が驚く。
「協力者……?」
「いる。
エルフ商会の人は言葉が得意。
ドワーフは短文化が得意。
魔族は契約表現が得意。
住民ボランティアもいる」
美月が顔だけ上げる。
「課長……外注……するんですか……」
「外注じゃない。共助だ。
“町の言葉”は町で作る」
市長が満足げに言う。
「住民参加の広報か。良い」
「良いけど管理が地獄です!」
そして最後に、広報の“形式”を統一した。
毎回文章を考えるから死ぬ。テンプレにする。
広報テンプレ(試行)
見出し(大きく・短く)
何が起きた(1行)
何をすればいい(箇条書き3つ)
困ったらどこへ(窓口)
絵(スライムでも分かる)
「“3つまで”って決めるの強いね」
加奈が言う。
「4つ目から読まれない。現実だ」
美月が、机に突っ伏したまま親指を立てる。
「……3つ……最高……」
その日の午後。
試しに“異界商取引共通ルール”の広報が、テンプレで作られた。
【買い物ルール(異界露店)】
値段は円換算も書きます
返品できるか、必ず書きます
困ったら消費者相談へ
(絵:値札/返品マーク/窓口)
そして横には、協力翻訳版。
エルフ向け(詩っぽいが要点は同じ)
ドワーフ向け(短文+数字)
魔族向け(条件と合意)
スライム向け(絵だけ)
ドラゴン向け(巨大文字)
「……できた」
美月が、少しだけ笑った。
「課長、私、今日、息できました……」
「息しろ! 広報は息してなんぼだ!」
加奈が笑って、スポーツドリンクを渡す。
「水分補給。広報は体力勝負」
「広報は戦争だよ……」
夕方。
掲示板に貼られた新しい広報を、住民が見て頷いている。
少しずつ、誤解が減る。
少しずつ、問い合わせが減る。
少しずつ、美月の目が生き返る。
勇輝は思った。
言葉は、制度と同じだ。
作って、守って、更新していくものだ。
ひまわり市役所は今日も、
多言語の海で溺れかけながら、ちゃんと開庁している。
次回予告
異界の謝罪文化が、地球式と噛み合わない。
土下座したら逆に怒られた。
「異界の謝罪文化、土下座はNG?」――謝り方まで条例案件!




