第123話「異界商人と消費者相談窓口」
消費者相談窓口――それは、町の“最後の受け皿”だ。
買った。壊れた。騙された。返品したい。
法律、契約、説明不足、勘違い。
全部まとめて、静かに受け止める場所。
……静かに、のはずだった。
「主任……消費者相談が、溢れてます」
市民生活課の職員が、机に突っ伏したまま言った。
「溢れるほど相談って来るのか」
「来ます。異界商人が増えて、トラブルも増えて……
あと、エルフ商会の値札が“葉っぱ3枚”で」
「やっぱりそこか!」
美月が目を輝かせる。
「消費者トラブル回! 行政っぽい!」
「行政っぽいって言うな! 行政だ!」
加奈が心配そうに言った。
「どんな相談が多いの?」
「返品、誇大広告、契約の誤解、決済の揉め事。
そして、異界特有のやつが混じる」
「異界特有……嫌な予感」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「商売が盛んなのは良いことだ」
「良いことの裏側が窓口に来るんですよ!」
相談窓口の待合には、すでに人が並んでいた。
人間の住民。
観光客。
そして、異界住民も混ざっている。
最初の相談者は、観光客の女性だった。
「これ買ったんですけど……返品できますか」
差し出されたのは、小さな瓶。
ラベルには『万能回復薬』と書いてある。
「これ、飲んだら“人生が回復する”って言われて……」
「人生は回復しません! 医薬品じゃないです!」
「しかも効き目が“気分が少し晴れる”だけで……」
「それはただのハーブティーです!」
職員が頭を抱える。
「説明が誇大すぎます……」
次の相談者は、町の老人。
「葉っぱ3枚で買ったんだが、葉っぱが返ってこない」
「葉っぱを渡したんですか」
「落ち葉を拾って渡したら、怒られた」
「そりゃ怒られるよ!」
さらに、若い男性が言った。
「“葉っぱ3枚=300円目安”って書いてあったのに、
店によってレートが違うんです」
「目安だから! 目安だから揉めるんだよ!」
加奈が小声で言った。
「価格表示って、安心の土台なんだね」
「土台が揺れると、全部が崩れる」
そして来た。異界特有のやつ。
魔族の男性が、腕を組んで言う。
「返品? それは侮辱だ。
我らの品は“縁”で渡した。縁を返せと言うのか」
「縁で売るな! でも文化として分かる!」
ドワーフの職人が怒っている。
「相見積もり? そんなものは誇りを削る。
値切りは戦争だ」
「それ、入札のときに聞いた!」
エルフの商人が静かに言った。
「説明不足とは心外だ。
“森の恵み”と言った。
理解できぬなら、耳が曇っている」
「耳のせいにするな!」
消費者相談員の顔が死んだ。
しかし、ここは逃げられない場所だ。
逃げたら炎上が育つ。
勇輝は深呼吸して、座った。
「よし。整理する。
この窓口でやるべきは“誰が悪い”じゃない。
“次から揉めない仕組み”を作ることだ」
美月がメモを取る。
「課長、今日の名言出ました」
「名言じゃない! 生存戦略だ!」
勇輝は、トラブルを大きく二種類に分けた。
異界商取引トラブルの分類
① 説明・表示の問題(情報)
値段が分からない
効果が誇大
条件(返品可否)が不明
通貨換算が曖昧
② 文化・慣習の衝突(価値観)
返品=侮辱
値切り=戦争
“縁”や“誓い”が契約になる
サービスの範囲が違う
「①はルールで直せる。
②は翻訳して合意点を作る」
加奈が頷く。
「ルールと気持ち、両方見るんだね」
「そう。片方だけだと燃える」
まずは①。
勇輝は、エルフ商会の出店協定を思い出した。
協定はある。なら追加できる。
「商店街の出店ルールに“表示義務”を入れよう」
市民生活課が目を輝かせる。
「表示義務……具体的には?」
「最低限、三つ」
表示の最低限(暫定)
価格(円換算の併記)
商品の内容(効果は事実のみ)
返品・交換の条件(可/不可、期間、未開封等)
「葉っぱ3枚でもいい。
でも円換算も書く。
そして“目安”じゃなく、“当日レート”として固定する」
美月が言う。
「当日レートを毎日更新……」
「だから掲示板式にする。
商店街の入口に“本日の換算表”を掲示。
店ごとに変えさせない」
加奈が笑う。
「それならお客さんも安心だね」
「安心がトラブルを減らす」
次に②。文化衝突の方だ。
返品が侮辱、という魔族の話が象徴的だ。
勇輝は、魔族の男性に丁寧に言った。
「あなたの文化では返品が侮辱なのは分かります。
でも、この町の住民は“返品できると思って買う”ことがあります。
だから、最初に“返品不可”と示せば、侮辱にはならない」
「示せば……?」
「はい。
“返品不可”は、取引条件です。誇りの問題にしない」
魔族は少し考え、頷いた。
「条件なら、合意だ。
合意を破るのは侮辱だが、最初からの条件は侮辱ではない」
「よし。翻訳成功」
ドワーフの職人にも言う。
「値切りが戦争なのは分かります。
ただ、人間側は“交渉”としてやる。
そこで、価格交渉を“禁止”するなら、最初に明記してください」
「明記すればいいのか」
「はい。
“定価販売”と書けば、交渉しません」
「それなら誇りは守れる」
エルフ商人には、加奈が優しく言った。
「“森の恵み”って言い方、すごく素敵だけど、
初めての人には分からないこともあるの。
だから“森の恵み(中身:薬草の乾燥葉)”みたいに書いてくれると嬉しい」
「……詩を残しつつ、説明を添える。
それが礼か」
「そう。礼だよ」
エルフが頷いた。珍しい勝利だ。
こうして、役所は“窓口対応”から“制度化”へ移る。
商店街連合と異界商人を集めて、簡易ルールを作った。
異界商取引・共通ルール(試行)
価格は 円換算併記(当日レート掲示)
効果表現は 事実のみ(誇大広告禁止)
返品条件は 必ず明記(不可なら不可)
交渉可否も明記(定価販売/交渉可)
トラブルはまず 相談窓口へ(即決で揉めない)
美月が言う。
「これ、広報で一枚絵にできます!」
「よし。
ただし煽るな、責めるな、淡々と“ルール”で出せ」
加奈が頷く。
「“守るためのルール”って伝え方がいいね」
「そう。誰も悪者にしない」
数日後。
消費者相談窓口の列は、少し短くなった。
葉っぱ3枚の値札の横に、ちゃんと書いてある。
『葉っぱ3枚(本日換算:300円)
返品:未開封のみ当日可』
「当日って短いな!」
勇輝が言うと、エルフ店主が涼しく言った。
「森の恵みは鮮度が命だ」
「理屈は分かる!」
魔族の店には、こう書いてある。
『返品不可(縁は返せないため)』
「文化説明まで入ってる……」
「ちゃんと明記してるなら揉めにくい。良い」
ドワーフの店にはこう。
『定価販売(交渉不可:誇りのため)』
「“誇りのため”って書くな! でも分かりやすい!」
加奈が笑った。
「みんな、ちゃんと歩み寄ってるね」
「歩み寄りを“掲示”に落とすと強い。
文字が町を守る日もあるんだな」
次回予告
多言語広報が限界に達し、美月がついに倒れる。
翻訳も絵も足りない、情報が追いつかない。
「多言語広報、美月が限界!」――広報は戦場だ!




