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第119話「異界住民説明会、大混乱」

 説明会――それは、行政の“誠意”の形だ。

 ルールを説明し、質問を受け、納得してもらう。

 理想は対話。現実は胃痛。


 そして異界の説明会は、理想より先に“物理”が来る。


「主任……今日の説明会、会場が足りません」

 総務課が開口一番で言った。


「椅子増やせばいいだろ」

「椅子じゃないです。

 種族の物理サイズが足りません」

「そこ!?」

「ドラゴン代表が来るって……」

「来るな!! 来い!! でも来るな!!」


 美月が目を輝かせる。


「大混乱回、約束された!」

「喜ぶな!」


 加奈が心配そうに言った。


「説明会って、何の説明?」

「生活ルールの第2弾。

 転入手続き、ゴミ、騒音、景観、窓口時間……全部」

「全部は無理だよ!」

「無理なのに“全部やれ”って言われるのが役所だ」


 市長が通りかかり、さらっと言った。


「勢いで納得させよ」

「勢いで納得はしません!!」


 会場は、前回と同じ多目的ホール。

 入口には貼り紙。


『異界住民説明会(第2回)

 本日は“迷子センター”も併設しています』


「併設って書くな!!」

「必要なんです! 前回、説明会で迷子が出ました!」

「説明会で迷子って何だよ!」


 開始前から、受付が地獄だった。


「こちら資料です」

「読めない」

「多言語版です」

「文字文化ではない」

「絵版です」

「絵は侮辱」

「またこれ!!」


 美月が小声で言う。


「課長、同じ地獄がループしてます」

「ループするなら、出口を作る」


 加奈が、すっと前に出た。


「今日はね、読むのが苦手な人向けに“聞くだけ席”もあるよ。

 質問はあとで、一緒に整理して聞こう」

「聞くだけ席……」

「はい。ここに座ってね」


 加奈の誘導で、入口の詰まりが少し解ける。

 行政の資料より、人の声が効く。


 開会。

 壇上には、市長、勇輝、美月スライド、総務(司会)。

 客席は満員……どころではない。


 ドワーフが前の方で腕を組み、

 魔族が後ろでざわざわし、

 エルフが静かに座り、

 スライムが床に点在し、

 そして――会場の外の窓から、ドラゴンの顔が覗いている。


「会場に入れないから窓から参加するな!!」


 司会が乾いた声で言う。


「本日は、生活ルールの説明を――」

 その瞬間、ドラゴンが低く鳴いた。


 グォォ……


 会場のマイクが共鳴して、ボワンと音が跳ねた。


「音響が死んだ!!」


 環境課が叫ぶ。


「主任! 騒音協定、今ここで破られました!」

「今は騒音より音響だ!」


 説明が始まる。

 最初は順調だった。最初は。


① 異界転入:必須は今日、残りは予約

② 種族欄:行政区分+本人申告

③ ゴミ:スライムは容器

④ 景観:森の建物は実証中

⑤ 夜間:ドラゴンは小鳴き(共鳴石)

⑥ 迷子:迷子センターへ


「迷子センター、ここにあります!」

 美月が元気よく言った瞬間――


 客席の奥で、誰かが叫んだ。


「迷子だ!!」

「早い!!」


 子ども(獣人)が、母親とはぐれて泣いている。

 説明会中に迷子発生。

 併設が正しかったことが証明される最悪の展開。


 加奈が立ち上がる。


「大丈夫、迷子センター行こう」

 勇輝が叫ぶ。


「説明続行! 迷子対応はセンターへ回して!」

「続行するんですか!?」

「止めると全員迷子になる!」


 次に起きたのは、質問の洪水だった。

 しかも、順番が守られない。


「夜の窓口を開けろ!」

「鍛冶の煙は許可か!」

「森の建物は常設か!」

「ドラゴンは祭りの日に鳴くのか!」

『ぷる(ごみ)』

「スライム、今は質問じゃない!」


 司会が震える。


「質問は挙手で……」

 魔族が言う。


「挙手は服従のサインだ。できない」

「文化差ぁぁ!!」


 ドワーフが言う。


「挙手より、順番札を配れ。列が正義だ」

「列が正義、役所向きすぎる!」


 エルフが静かに言う。


「話す前に、議題を森のように整えよ」

「森の比喩が難しい!」


 ここで勇輝は、説明会を“説明会”として続けるのを諦めた。

 正確には、形式を変えた。


「よし。方式を変える。

 全体説明はここまで。

 ここからは――分科会方式にする」


 美月が目を見開く。


「分科会!? 運営が学会!」

「学会でも何でもいい!」


 勇輝は、ホワイトボードに大きく書いた。


本日の説明会:分科会(即席)


A:転入・住民票(市民課)

B:ゴミ・環境(環境課)

C:騒音・交通(環境課+交通)

D:景観・建築(建設課)

E:福祉・教育(福祉+教育委員会)

F:迷子・相談(迷子センター)


「興味あるところへ移動してください。

 その場で聞いて、その場で答えます。

 全員同時に質問するより、絶対早い」


 ドワーフが頷いた。


「合理的だ」

 魔族も言った。


「議論は小さな円の方が進む」

 エルフも微笑む。


「森も小枝から育つ」


「小枝で例えるな!!

 でも助かる!!」


 会場はざわざわしながらも、流れ始めた。

 椅子が動き、人が移動し、スライドの前に小さな輪ができる。


 環境課ブースでは、スライムが容器を抱えている。


『ぷる(これ)』

「そう、それ! それが正解!」


 建設課ブースでは、エルフが景観を語る。


「美は調和だ。調和はルールだ」

「その言い方だと条例に賛成してるみたいで助かる!」


 騒音ブースでは、ドラゴンが窓から低く言った。


「小鳴きにする」

「ありがとうございます! マイクから離れてください!」


 迷子センターは、なぜか大繁盛だ。

 迷子だけじゃなく、“どこで何を聞けばいいか迷子”が流れ込む。


「転入ってどこ?」

「Aです! あっち!」

「ゴミは?」

「Bです!」

「私は影の市街の住民だ」

「それは……Fでまず相談!」


「説明会が迷路になってる!」


 加奈が苦笑しながら言った。


「でも、誰かが案内してくれれば、迷路でも進めるよ」

「……その通りだな」


 終了後。

 役所側は、全員顔が死んでいた。

 でも、暴動は起きていない。

 それだけで勝利だ。


 総務課が呆然と言う。


「主任……今日、マニュアル未完成でも……回りました」

「回した。

 “形式”を守るより、“目的”を守った」


 美月が崩れ落ちる。


「課長……分科会、私の寿命が削れました……」

「削れた分、経験値が入ったと思え」


 加奈が笑って言った。


「迷子センター、役立ったね」

「役立ったけど、説明会に迷子センターが必要な町って何だよ!」


 市長が満足げに言った。


「混乱を制度に落とした。見事だ」

「見事って言うな! 胃が減っただけです!」


次回予告


説明会の後、クレームが雪崩のように来る。

勇輝、電話と窓口と現場の三重苦。

「勇輝、クレーム対応に追われる」――行政の本番はここから!

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