第118話「異界迷子センター、開設!」
迷子――それは、どの町でも起きる。
子どもがはぐれる。観光客が道に迷う。
連絡を受けて、探して、保護して、引き渡す。
ひまわり市役所も、これまではそれで回っていた。
……異界に転移するまでは。
「主任……迷子が、増えすぎました」
市民協働(と書いて何でも屋)担当が、青い顔で言った。
「増えたって、どれくらい」
「昨日だけで、二十七件です」
「二十七!? 多すぎるだろ!」
「“迷子”の定義が広がってます」
「嫌な予感」
「人だけじゃなくて……
ペット、召喚獣、荷物、そして勇輝の威厳」
「威厳はもういい!!」
美月が目を輝かせる。
「迷子センター! 施設系回!」
「施設作って解決するなら苦労しない!」
加奈が心配そうに言う。
「どうしてそんなに迷うの?」
「道が増えた。
天空橋、影の市街、異界ルート分岐、裏の裏……」
「裏の裏、また出た!」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「迷ったなら、市役所に来ればよい」
「来れないから迷子なんですよ!」
迷子案件が増えた理由は、実務的だった。
道が“増えた”(次元が増えた)
目印が“生きてる”(森の建物、動く露店)
種族で移動速度が違う(翼、瞬間移動、ぷるぷる)
言語が違う(道案内が成立しない)
夜と昼で街が変わる(影の市街)
つまり、現場が“迷子製造機”になっている。
そして現場に出て対応しているのが――各課の職員。
「市民課が住民票の入力しながら迷子探してます!」
「福祉が支援物資配りながら迷子探してます!」
「観光課が観光案内しながら迷子探してます!」
「消防が……迷子探してます!」
「全員、本業が死ぬ!!」
勇輝は机を叩いた。
「よし。専用窓口を作る。
“迷子センター”だ」
総務課が震え声で言った。
「センター……作るって……どこに……人は……」
「ある。
場所は……市役所の空いてる会議室を潰す」
「会議室が死ぬ!」
市長が満足げに頷く。
「会議は減らせ」
「減らせるなら減らしてます!」
迷子センターの設計は、“現場に効く”ことが最優先だ。
勇輝は、必要な機能を箇条書きにした。
異界迷子センター:最低限の機能(暫定)
受付(迷子の情報を統一フォーマットで記録)
一時保護スペース(子ども/動物/召喚獣)
掲示(多言語+絵で“探してます/見つけました”)
連絡(魔法通信/掲示板/広報SNS)
引き渡し(本人確認・トラブル防止)
地図(区域コード+現場メモ+“次元”)
「地図が地獄そう」
美月が言う。
「地図が地獄だからセンター作るんだ!」
加奈が言った。
「迷子って、情報がバラバラだと探せないよね」
「そう。
だから“情報を揃える”のがセンターの仕事だ」
問題は“多種族”だ。
迷子センターに来るのは、人間だけじゃない。
「召喚獣が暴れたらどうする」
「スライムが溶けたらどうする」
「翼の子が天井に張り付いたらどうする」
「やめろ! 想像で胃が死ぬ!」
だから、運用ルールも必要になる。
一時保護ルール(暫定)
小型:室内保護(ケージ/バケツ/毛布)
大型:屋外の“待機場”(河川敷停留所と連携)
危険性あり:消防・警備と連携、隔離
連絡先不明:掲示+巡回(自治会・商店街協力)
加奈が小声で言う。
「自治会がまた出番だね」
「住民協力がないと回らない。
迷子は行政だけじゃ無理だ」
開設当日。
会議室が、迷子センターになった。
入口に大きく貼られた紙。
『異界迷子センター(仮)』
「(仮)って書くな!!」
「未完成(更新中)なんで!」
「堂々と言うな!」
受付カウンターの後ろには、美月が陣取っていた。
なぜか、やる気に満ちている。
「課長! 迷子管理ボード、作りました!」
「頼もしいけど怖い!」
ボードには、磁石でカードが貼られている。
探してます(赤)
見つけました(青)
保護中(黄)
引き渡し済み(緑)
「色分けは天才だ。
そして仕事が増える色だ」
加奈は、保護スペースに毛布を敷いていた。
「子どもが寒くならないようにね」
「助かる。
こういうのが一番大事」
開設一時間で、最初の迷子が来た。
人間の子ども。
泣きながら言う。
「おかあさんが……いない……」
「大丈夫。名前言える?」
「……ゆうた」
「よし、ゆうた。ここで待とう」
加奈が隣に座り、優しく話しかける。
美月がすぐにボードにカードを貼り、SNS用の短文を作る。
「“中央公園付近で保護、青い帽子”っと」
「個人情報に気をつけろ!」
そこへ、次の迷子が来た。
エルフの老人。
落ち着いて言う。
「森に戻りたいが、森が見当たらぬ」
「森は商店街のあそこです! この町、森が移動しないから!」
さらに次。
スライムがぷるんと入ってきた。
『ぷる(まよった)』
「お前、迷うのか」
『ぷる(まよった)』
「どこから来た」
『ぷる(ごみ)』
「ゴミの日と迷子を混ぜるな!」
そして、極めつけが来た。
ドラゴンの子ども(小さいと言っても車くらいある)が、河川敷から逸れて商店街に入り、店の屋根を一枚持ち上げていた。
「主任!! ドラゴン迷子です!!」
「最悪のやつ来た!!」
勇輝は即座に叫ぶ。
「大型迷子、河川敷待機場へ誘導!
消防と警備、連携!
商店街、屋根は戻せ!」
美月が目を輝かせる。
「大型迷子、カードのサイズ足りません!」
「そこが問題じゃない!」
加奈が落ち着いて言った。
「親ドラゴンに連絡できる?」
魔族文官リュディアが(なぜか)頷く。
「共鳴石で位置は追える。
……鳴き声より静かだ」
「共鳴石、今日も偉い!」
数時間後。
迷子センターは、ちゃんと機能していた。
ゆうたくんは母親と再会し、泣きながら抱きついた。
エルフ老人は、森のモデル店舗へ案内された。
スライムは、ゴミ回収場所へ戻された(なぜ迷子と同列)。
ドラゴン子どもは、親ドラゴンに引き取られ、屋根は戻った(曲がった)。
市民協働担当が呆然と言う。
「……センター、すごいです。
迷子が“流れ”になってます」
「流れにした。
流れにしないと、職員が溺れる」
市長が満足げに言った。
「迷子も制度で救える」
「救えるけど、仕事が増える!」
加奈が笑う。
「でも、こういうのが“町”だよね」
「そうだな。
迷子が帰っていける場所があるのが、町だ」
次回予告
次は、住民説明会そのものが大混乱。
迷子センターに“説明会迷子”が流れ込む。
「異界住民説明会、大混乱」――説明する側が迷子になる!




