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第116話「異界引っ越し業者、大渋滞」

 引っ越し――それは、生活の節目だ。

 新しい家。新しい近所。新しい通学路。

 そして、必ず起きる。荷物が多い問題。


 ひまわり市が異界に転移してからは、荷物の種類も増えた。


 家具。布団。冷蔵庫。

 それに加えて――魔石。鍛冶炉。召喚陣。巨大な樽。

 そして時々、ドラゴン。


「主任……交通課が倒れそうです」

 建設課の職員が、開口一番そう言った。


「交通課はいつも倒れそうだろ」

「今日は本当にです。

 異界引っ越し業者が……入ってきました」

「引っ越し業者?」

「“引っ越しギルド”って名乗ってます」

「ギルドが引っ越すな!」


 美月が目を輝かせる。


「物流回! 大好き!」

「好きとか言ってる場合じゃない!」


 加奈が心配そうに言った。


「渋滞って、どの辺?」

「市役所前の大通りが……止まりました」

「なんでそこ止めるんだよ!」


 市長が通りかかり、さらっと言った。


「引っ越しは町の活気だ」

「活気で道路を殺すな!」


 現場へ向かう途中で、勇輝はすでに嫌な予感を確信した。

 車列が動かない。クラクション。人の列。

 そして――空から影が落ちる。


「……まさか」

 見上げると、荷物を吊ったドラゴンが、ゆっくり旋回していた。


「空も渋滞してる!!」


 美月が興奮する。


「上空輸送! 革命!」

「革命で事故ると死人が出る!」


 加奈が青い顔で言った。


「あれ、落ちたら……」

「落ちるな!」


 市役所前。

 そこには、異界引っ越し業者――引っ越しギルドの一団がいた。


 巨大な荷車。

 牛車っぽいもの。

 ゴーレムが押す台車。

 スライムが引っ張るロープ。

 そして、道路の真ん中に置かれた“休憩用の鍛冶炉”。


「鍛冶炉を道路に置くなぁぁ!!」


 ギルド長らしきドワーフが胸を張る。


「運搬には調整が要る。

 金具が緩む。車輪が歪む。直す」

「直すのは工房でやれ!」


 交通課の職員が半泣きで言った。


「主任……道路占用申請が……ありません……」

「あるわけないだろ!」


 ギルド長が不思議そうに言った。


「道は、空いているところに置くものだ」

「空いてない! 今ここは市役所前だ!」


 加奈が優しく言う。


「ここはね、救急車も通るの。

 止めちゃうと困る人がいる」

「救急車?」

「病気の人を運ぶ車」

「……ふむ。では避けるべきだ」


 通じる。

 通じるが、遅い。

 そして物量が多い。


 勇輝は、交通課・建設課・警備を集めて即席の指揮所を立てた。

 場所は市役所の駐車場。皮肉だ。


「優先順位。

 ①緊急車両導線確保

 ②渋滞解消

 ③引っ越し作業の安全確保

 順番にやる」


 交通課が叫ぶ。


「でももう車が詰まって……」

「詰まってるなら、まず“流す道”を決める」


 美月が言う。


「道路占用の時みたいに、線引きですね!」

「そう。今日も線引きだ」


 勇輝は、現場を三つに分けた。


渋滞解消オペレーション(暫定)

A. 引っ越し車列を“待機場”へ移動


市役所前 → 河川敷の空き地へ誘導


“停留所”を引っ越し用にも流用


鍛冶炉・休憩は指定エリアのみ


B. 市街地は“時間帯搬入”


市街地への搬入は 10:00〜12:00 / 14:00〜16:00


通勤通学時間(7〜9時)は搬入禁止


夕方ピークも回避


C. 空輸(ドラゴン輸送)は“高度とルート固定”


上空は一方向(右回り)


市役所上空禁止


荷物は小型のみ(重量制限)


風が強い日は中止


「市役所上空禁止、今すぐです!」

 加奈が言う。

「同意!」


 問題は、ギルドがそれを受け入れるか。

 ドワーフのギルド長に、勇輝は真正面から言った。


「あなた方の仕事は重要です。

 でも、この町には“交通ルール”があります。

 ルールを守らないと、事故が起きて仕事が止まる」

「事故は嫌だ」

「なら、待機場に移動してください。

 市役所前は、町の心臓です」


 ギルド長が腕を組む。


「待機場に行けば、運搬が遅くなる」

「遅くなる。でも止まらない。

 今のままだと“全部止まってる”」


 加奈が一言足す。


「止まるより、遅い方がいいよ」

「……確かに」


 ギルド長は頷いた。


「よかろう。

 ただし、待機場に“修理場所”を用意せよ」

「用意する。

 ただし道路じゃなく区画で」


 美月がすぐ言う。


「区画番号つけます!」

「お前、区画好きだな!」


 誘導が始まる。

 警備員が交通整理。

 職員がコーンを並べ、車列を少しずつ流す。

 ゴーレムの台車は遅いが、指示に従う。偉い。


 しかし、最後の難敵が来た。

 ドラゴン空輸だ。


 空から荷物が降りてくる。

 揺れる。風が煽る。

 通行人がスマホを向ける。危ない。


「見物禁止! 危ない!」

 勇輝が叫ぶ。


 美月が即座に広報を出そうとする。


「『ドラゴン空輸、見に来てね!』」

「ダメ!! 逆!!」


 加奈が冷静に言う。


「“危ないから近づかないで”って書けばいい」

「そうだ。

 美月、煽るな、注意喚起だけだ!」


「はい……!」


 待機場(河川敷)に移動すると、景色が変わった。

 広い。停留所の隣。ドラゴンもいる。

 ここなら、多少の物量でも捌ける。


 ギルド長が満足げに言う。


「ここは良い。

 修理もできる。荷の整理もできる」

「最初からここでやれ!」


 交通課が泣きそうに笑う。


「道路が動き始めました……!」

「よし……!」


 夕方。

 市役所前の渋滞は解消された。

 空も、ドラゴンが固定ルートに乗り、影が規則的に流れるようになった。


 市長が満足げに言った。


「物流が整うと町が生きる」

「整えるのが大変なんですよ!」


 加奈が笑う。


「でも、引っ越しが落ち着いたら、住民も増えるね」

「増える。

 だから、次は……住民説明会が地獄になる」


 美月が言う。


「次回、説明会大混乱!」

「楽しそうに言うな!」


次回予告


多種族対応マニュアル、まだ未完成。

そのまま説明会に突っ込むことになった。

「多種族対応マニュアル、未完成」――役所、準備不足で戦う!

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