第115話「ドラゴンの鳴き声、騒音認定!?」
騒音――それは、どの町でも起きる。
夜のカラオケ。深夜のバイク。工事のドリル。
苦情は来る。役所は動く。胃は死ぬ。
だが、ひまわり市の騒音は、スケールが違う。
「主任……騒音苦情が、来ました」
環境課の職員が、いつものように言った。
「夜の露店?」
「違います」
「宴会?」
「違います」
「じゃあ何だ」
「……ドラゴンの鳴き声です」
「そりゃそうだろぉぉ!!」
美月が目を輝かせる。
「ドラゴン苦情、ついに来た!」
「来るに決まってるだろ!」
加奈が心配そうに言った。
「どの辺が困ってるの?」
「河川敷の停留所近くの住民です。
夜中に“グォォォォ”って……」
「そりゃ眠れない!」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「ドラゴンの声は風情だ」
「風情で窓が揺れるんですよ!!」
苦情を出した住民は、町の古くからの人だった。
異界転移後も、河川敷の近くで暮らしている。
「主任さん、うちはね、我慢してるんですよ。
ドラゴンは観光の目玉だって分かる。
でもね、夜中の三時に鳴かれると……」
「分かります。睡眠は命です」
住民が紙を出した。
苦情メモだ。丁寧に時刻が書かれている。
2:48 低音で唸る
3:12 大鳴き(窓が震える)
3:47 連続鳴き(犬が吠える)
「記録が完璧すぎる……」
美月が小声で言う。
「こういう人の苦情は正しいやつだ」
勇輝は頷いた。
「まず、状況を確認します。
“鳴き声をゼロ”にはできない。
でも、“回数と時間”は調整できるかもしれない」
住民が言った。
「せめて、夜は静かにしてほしいんですよ」
「はい。そこを狙います」
河川敷・ドラゴン停留所。
ドラゴンは、岩ベンチ(ドワーフ製)に寄りかかり、悠々としていた。
「ドラゴン代表、少し相談です」
勇輝が近づくと、ドラゴンが首を傾げる。
「相談?」
「鳴き声が、夜の騒音になっている」
「……我らは鳴く。呼吸だ」
「呼吸が大音量なんだよ!」
ドラゴンが鼻息を吐く。
それだけで風が起きる。
加奈の髪が揺れた。
「すごい……」
「感心してる場合じゃない!」
美月がスマホを取り出す。
「音量測っていいですか?」
「測るな! 炎上の匂いがする!」
環境課が持ってきた騒音計が、現場で鳴った。
ピーーー!
表示:測定範囲外
「機械が悲鳴を上げてる!!」
環境課が青ざめる。
「主任……測れません……」
「測れないと基準で語れない……最悪!」
ドラゴンが誇らしげに言った。
「我らは大きい」
「大きいのは知ってる!」
加奈がドラゴンに優しく言った。
「ねえ、ドラゴンさん。
夜中に鳴くのって、どうして?」
「星と語る」
「ロマンに逃げるな!」
ドラゴンが真面目に続けた。
「夜は、仲間の位置を確認する。
遠吠えのようなものだ」
「つまり、連絡?」
「そう」
「じゃあ、連絡手段を変えれば鳴かなくて済む可能性がある」
勇輝はそこで、前に積んだ経験を思い出した。
魔法通信。掲示板。連絡先登録。
「魔法通信で位置確認できる?」
魔族文官リュディアが、なぜか同席していて答えた。
「可能だ。
“共鳴石”を置けば、ドラゴン同士で位置を把握できる」
「共鳴石……それ、早く言ってくれ!」
美月が目を輝かせる。
「鳴き声の代替がテクノロジー!」
「魔法だ!」
しかし、鳴き声は“連絡”だけじゃない。
ドラゴンが言った。
「だが、鳴きは誇りでもある。
抑えるのは屈辱だ」
「そこだよな……」
勇輝は、禁止ではなく調整に切り替えた。
「じゃあ、こうしよう。
鳴くのはいい。
ただし、時間を決める」
環境課が頷く。
「夜間は静穏時間を設定できます。
条例ではなく、協定として運用が現実的です」
「協定にしよう。ドラゴンは条例より協定が合う」
加奈が言う。
「“鳴いていい時間”があるなら、住民も我慢しやすいかも」
「そう。ゼロじゃなく、ルール」
こうして作られたのが――
ドラゴン鳴き声・生活協定(暫定)
静穏時間:22:00〜6:00 は“大鳴き”禁止
夜間の連絡は 共鳴石 を使用(代替手段)
どうしても鳴く場合は 小鳴き(鼻息レベル)に留める
早朝(6:00以降)は鳴いてOK(ただし連続は控える)
苦情が出た場合、月1で見直し会議
「鼻息レベルって何だよ」
美月が言う。
「ドラゴンの鼻息が人間の目覚まし並みです」
「じゃあ小鳴きでも苦情来るぞ!」
勇輝は苦笑した。
「だから見直し会議が必要なんだ」
ドラゴン代表は、しばらく考え、ゆっくり頷いた。
「……我らは市と共にある。
夜は、小鳴きにする。
連絡は共鳴石で代える」
「助かります。
住民の睡眠が守れます」
ドラゴンが、最後に一言付け足した。
「ただし、祭りの日は大鳴きする」
「そこを勝手に決めるな!!」
「祭りは誇りだ」
「……祭りなら、まあ、事前告知すれば……」
環境課が小声で言う。
「“ドラゴン大鳴き予告”……広報が死にます」
「死なせない。美月、頼む」
「任せてください! タイトルは――」
「煽るな!」
夜。
河川敷の近くの住民の家。
その晩、鳴き声は――確かに減った。
完全に無音ではない。
でも、窓は震えなかった。
翌朝、苦情をくれた住民が、役所に電話してきた。
「主任さん……昨日、静かでした。
……ドラゴンって、話通じるんですね」
「通じます。
ただし、時間をかけて翻訳が必要です」
加奈が笑う。
「鳴き声も、暮らしの一部になっていくんだね」
「そうだな。
“異界の日常”って、そういうことだ」
次回予告
異界の引っ越し業者が入り、町が大渋滞。
荷台にドラゴン、荷物に魔石、道路が終わる。
「異界引っ越し業者、大渋滞」――交通課、泣く!




