第114話「エルフ建築、景観条例に引っかかる」
景観条例――それは、町の“見た目”を守るためのルールだ。
屋根の色。看板の大きさ。外壁の素材。
観光地ならなおさら大事。
でも、景観ってやつは、正しさじゃない。
価値観だ。美意識だ。時に戦争の火種だ。
「主任……景観条例が、燃えてます」
都市計画(と言い張っている建設課)の職員が、真顔で言った。
「燃えるの多すぎない?」
「エルフ建築です」
「……来たか」
「森のエルフが、商店街に“森を建てました”」
「森を建てるなぁぁ!!」
美月が目を輝かせる。
「映えます! 絶対映えます!」
「映えの前に条例だ!」
加奈が心配そうに言った。
「森を建てたって……どういうこと?」
「木を植えたんじゃない。
“生きた建物”を出した」
「生きた建物!?」
「生きてる壁。生きてる屋根。呼吸してる」
「景観以前に用途が怖い!」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「森は良い。癒やしだ」
「市長、癒やしで済ませないでください!」
問題の現場は、商店街の空き店舗跡。
そこに、確かに“森っぽい建物”があった。
蔦が絡み、壁が木肌で、屋根が葉っぱ。
しかも、入口がアーチ状の枝でできている。
「うわ……きれい……」
加奈がつい声を漏らす。
「きれいなのは認める。
でも条例は別だ」
建設課職員が図面を開いた。
「景観条例では、商店街エリアの外壁色と看板サイズが……」
「看板が……無いな」
「無いんです。
代わりに、入口の枝が“文字”になってます」
「文字!?」
「生木が勝手に“店名”を形作ってます」
「勝手にするなぁぁ!!」
美月が興奮する。
「生きてるサイン! 最高!」
「最高じゃない! 許可がいる!」
そのとき、森のエルフが現れた。
長い耳、落ち着いた瞳、丁寧な身振り。
しかし、言うことが強い。
「ここは美しくした。
朽ちた空き家は、街の涙だ。
ゆえに森で癒やした」
「詩じゃない。条例の話だ」
勇輝ができるだけ柔らかく言う。
「気持ちはありがたいです。
ただ、この地区は景観条例で外観の基準が決まっている。
勝手に改修はできません」
「勝手?」
エルフが首を傾げる。
「我らは壊していない。
“育てた”だけだ」
「育てたのが改修なんだよ!」
商店街の会長(人間)が叫ぶ。
「主任さん! うちは助かってるんですよ!
空き家が一気に人気スポットになった!」
「人気スポット化の速度が早すぎる!」
隣の店主が不満を言う。
「でもさぁ、あれだけ派手だと、うちが霞むんだよ!
景観ってバランスだろ!」
「そう、バランスが問題!」
火種は、きれいに三つ揃った。
エルフ:美意識と善意
商店街:集客と再生
近隣店:公平とバランス
行政の胃が死ぬ構図だ。
勇輝は、まず“争点”を整理した。
「問題は二つ。
①無許可の改修(手続き)
②景観への影響(基準)
この二つを分けて話します」
建設課職員が頷く。
「手続きは、後追いでも“申請”はできます。
ただし、現状が基準に合わないと認められません」
「基準の方が戦争になるな」
加奈が小声で言う。
「全部ダメって言うと、反発が強いよね」
「そう。だから落とし所を作る」
美月が言う。
「“森の建物”を“期間限定アート”にするのは?」
「いい発想。
“常設”にすると景観の軸が折れる。
“期間限定”ならイベント扱いにできる」
勇輝は、提案を出した。
落とし所(暫定案)
A. まず手続きの整備
「無許可改修」→「緊急景観相談案件」として扱う
後追い申請を受付(是正条件付き)
所有者の同意確認(空き家は特に重要)
B. “常設”ではなく“期間限定”
まず 3か月の実証(景観・集客・近隣影響を観察)
期間終了後、継続するなら基準に合わせて調整
C. 景観基準との折り合い
外観の“突出”を抑える(光る葉っぱ禁止/高さ制限)
看板は商店街統一ルールに合わせる(木文字はOKだがサイズ制限)
隣接店舗との視界確保(入口の枝が歩道に出ない)
D. 代替の“森っぽさ”を残す
完全撤去ではなく、アクセントとして残す
商店街全体で“緑化ガイドライン”を作る(公平感を担保)
「撤去しろ、じゃない。
“制度の中に入れて調整する”」
会長が頷く。
「それなら、商店街としても守れる」
隣の店主も渋々言う。
「公平に緑化するなら……まあ……」
「公平が大事なんだよね」
エルフは腕を組み、しばらく考えた。
そして、静かに言った。
「期限を決めるのは、人間らしい。
森は期限を嫌う。
……だが、共に暮らすなら、譲ろう」
「譲ってくれるのか」
「ただし、“美”は削るな。
削るなら、別の美で補え」
「それは、むしろプロだな……」
加奈が優しく言った。
「商店街に合う“森の美”を、一緒に考えよう」
「……うむ。共に育てるのは良い」
美月が即座に言う。
「じゃあ広報で“森の空き家再生プロジェクト”――」
「拡散するな! 混雑が増える!」
「でも、3か月の実証なら宣伝しないと意味なくないですか?」
「宣伝はする。
ただし“ルール付き”でな!」
その日のうちに、現場には小さな看板が立った。
『期間限定:森のモデル店舗(実証中)
通行の妨げとなる枝の採取は禁止
夜間の発光葉は21時まで
景観ルールにご協力ください』
「発光葉って何だよ……」
勇輝が呟くと、建設課職員が真顔で答えた。
「光ります。映えます」
「映えって言うな!」
市長が満足げに言った。
「森と条例が握手したな」
「握手するまで胃が削れたんですよ!」
加奈が笑う。
「でも、町がちょっと楽しくなったね」
「楽しいのはいい。
でも条例は、ちゃんと生きてないと町が崩れる」
勇輝は、“森の建物”を見上げた。
きれいだった。確かにきれいだった。
だからこそ、守り方を考える必要がある。
ひまわり市役所は今日も、
美意識とルールの間で、開庁している。
次回予告
ドラゴンの鳴き声が、騒音認定されかけた。
でも鳴かないドラゴンはドラゴンじゃない。
「ドラゴンの鳴き声、騒音認定!?」――音量計が悲鳴を上げる!




