第113話「スライム用ゴミ袋問題」
ゴミ袋――それは、町の秩序だ。
袋に入れる。分別する。出す曜日を守る。
これができる町は、だいたい平和だ。
ひまわり市が異界に転移してからも、そこは変わらない。
……変わらないはずだった。
「主任……清掃センターから、緊急です」
環境課の職員が、胃を押さえながら言った。
「また何だ」
「スライムが……袋を使いません」
「使え!」
「というより……袋の概念が……通じません」
「概念から!?」
「しかも、“自分が袋”って言い張ってます」
「言い張るなぁぁ!!」
美月が目を輝かせる。
「来た! 生活インフラ回!」
「インフラをネタにするな!」
加奈が困った顔で言う。
「スライムって、どうやってゴミ出してるの?」
「……ぷるん、とそのまま出してる」
「そのまま!? 中身は!?」
「中に入ってます。スライムの体の中に」
「それはそれで怖い!」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「スライムは便利だ。分別も体内でできるだろう」
「できるわけないだろ!!」
清掃センター。
現場の職員が、白い目でコンテナを指さした。
「主任さん……見てください……」
「うわ……」
そこには、ぷるぷるした塊がいくつも置かれていた。
透明なスライムの中に、燃えるゴミとビンと缶が混在している。
しかも、たまに電池が光っている。
「危険物入ってる!!」
「入ってます!!
しかも本人は“ちゃんと袋に入れた”って言ってます!!」
そのとき、当のスライムがぷるん、と現れた。
『ぷる(出した)』
「出したじゃねぇ! 袋に入れろ!」
『ぷる(わたし、袋)』
「お前は袋じゃない!」
『ぷる(入る)』
「入るから袋じゃない!」
加奈がしゃがんで、優しく言った。
「スライムさん、袋ってね、ゴミを運ぶための“道具”なの。
スライムさんが運ぶのは、ちょっと危ないかも」
『ぷる(危ない?)』
「危ない。だって、中でビンが割れたら……痛いでしょ」
『ぷる(痛い)』
「でしょ」
美月が小声で言う。
「加奈さん、スライムの痛覚に訴える作戦……強い」
「痛覚は世界共通だ」
環境課の職員が説明する。
「市指定ゴミ袋は“材質と強度”が決まってます。
収集車で圧縮しても破れにくい。
でもスライムは……」
「圧縮したらどうなる?」
「……飛び散ります」
「最悪!!」
清掃センター職員が続ける。
「しかも、中身が混在してると機械が止まります。
そして止まると、全員の残業が増えます」
「残業は文明の敵だ!」
勇輝は深呼吸した。
これは、スライムが悪いという話ではない。
スライムは、“ゴミを運ぶ”という意図で頑張っている。
ただ、方法が終わっている。
「目的は同じだ。
“安全に回収する”。
そのためのルールを、スライム用に翻訳する」
美月が言う。
「翻訳って言うと、カッコいいですね!」
「カッコよくない! 生活だ!」
勇輝は、対策を三段階で組み立てた。
スライム用ゴミ出し対策(暫定)
① “袋”をスライム向けに定義する
袋=「ゴミを外に出して、分けて、回収しやすくするもの」
スライムの体内は袋扱いしない(回収工程が壊れるため)
② スライム専用の“容器”を用意する
透明の硬質バケツ(フタ付き)
内側に仕切り(燃える/ビン缶/危険物)
取っ手付きで収集員が持てる
「袋じゃなく容器?」
環境課が頷く。
「スライムは“形が変わる”ので、袋だと破りやすい。
容器の方が安全です」
③ 収集ルールを分ける
スライムは“指定場所に容器で出す”
回収側は“容器ごと回収→中身だけ処理→容器返却”
危険物だけ別日(電池・刃物)
「容器返却……回収側の手間が増えますが」
「増える。
でも機械が止まるよりマシ」
問題は、スライムが“容器”を使う気になるかだ。
勇輝は、スライムに真正面から言った。
「スライム。君は袋じゃない。
君は住民だ。
住民がゴミになったら困る」
『ぷる(ゴミにならない)』
「なら、袋じゃなくて“家”を使え」
『ぷる(家?)』
「容器のことだ。
この中にゴミを入れる。
君は運ぶ役じゃなく、出す役でいい」
加奈が補足する。
「スライムさんは、ゴミを“食べない”。
袋の中に“置く”。それだけで偉い」
『ぷる(えらい)』
美月が言う。
「褒めると動くタイプだ!」
「だから褒めるなって言ったのに!」
試験運用として、フタ付きの透明バケツが渡された。
スライムはぷるんと揺れ、バケツを覗き込む。
『ぷる(これ、袋?)』
「袋じゃない。容器」
『ぷる(容器、わかった)』
そして――スライムが、体の中からビンと缶を出し始めた。
ぽとん。ぽとん。
なんでそんな綺麗に出せるんだよ、そこは器用か。
燃えるゴミは別の仕切りへ。
最後に、光ってた電池を“危険物”欄へ。
清掃センター職員が目を丸くする。
「……できるんだ」
「できるなら最初からやれ!」
『ぷる(知らなかった)』
「そうだよな……知らないとできない」
加奈が笑う。
「教えたらできた。
それって、すごく良いことだよ」
「そうだな。
“できない”じゃなく“知らない”だった」
数日後。
ひまわり市のゴミ出し掲示板に、新しい絵ポスターが追加された。
(絵:スライムが自分からゴミを出している)
(絵:透明バケツに入れている)
×(絵:スライムごと収集車に入る)
『スライムさん:ゴミは体の外へ! 容器へ!』
「最後の×絵、必要なのが怖い……」
勇輝が呟くと、美月が胸を張った。
「必要でした! 試しに入りかけた子がいました!」
「入るな!!」
市長が満足げに言う。
「スライムも文明に適応しているな」
「文明に適応してるのは職員です!」
加奈がコーヒーを差し出す。
「課長、今日もお疲れ」
「……ありがとう。
ゴミ袋一つで、町って回ってるんだな」
そして役所は今日も、ゴミ袋で町を守りながら開庁している。
次回予告
エルフ建築、景観条例に引っかかった。
森の美学と町の景観、どっちが正しい?
「エルフ建築、景観条例に引っかかる」――条例は森にも効くのか!




