第106話「道路占用ふたたび:露店が増えすぎて役所が迷子」
道路占用――それは、役所の仕事の中でも“地味に強敵”だ。
道路はみんなのもの。
でも、露店も、イベントも、生活もそこに乗る。
つまり、放っておくと道路はすぐ“私物化”される。
そして一度私物化されると、戻すのが地獄。
「主任! 道路占用が……再発しました!」
建設課の職員が、青ざめた顔で異世界経済部に駆け込んできた。
「再発って言い方がもう嫌だ」
「露店が増えすぎて……道路が……消えました」
「消えるなぁぁ!!」
美月がキラキラした目で言う。
「露店天国! 観光的には最高!」
「観光の前に消防車が通れない!」
加奈が心配そうに言った。
「どこが一番ひどいの?」
「温泉通りから商店街にかけてです……
看板、屋台、テーブル、椅子、そして――」
「そして?」
「“動く露店”です」
「動くな!!」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「賑わいは正義だ」
「正義が道路を塞ぐな!」
現場――温泉通り。
勇輝が到着した瞬間、理解した。
道の両側に屋台。
屋台の前に客。
客の後ろに椅子とテーブル。
その横に看板。
看板の横に追加の看板。
そして――露店が自走して移動している。
「なんで露店が歩いてるんだよ!!」
美月が指さす。
「あれ、スライム屋台です! 自分で運んでます!」
「便利そうに言うな!」
消防署員が顔を引きつらせていた。
「主任さん……この幅だと、救急車が通れません」
「分かってます。
だから今から“通れる町”に戻します」
加奈が小声で言う。
「課長、どこ行くの?」
「……まず、役所の現場事務所に戻る」
「ここ現場なのに?」
「現場が現場すぎて、現場で迷う!」
実際、勇輝は看板で視界が塞がれて、方向感覚を失いかけていた。
温泉通りのはずが、いつの間にか商店街の裏路地に出る。
露店が増えると、道が“地図と違う”形になる。
――役所が迷子。最悪。
勇輝は、建設課と観光課と消防を集めて、即席の作戦会議を開いた。
場所は、たまたま空いていた旅館のロビー。
「まず優先順位。
命の通路を確保する。
観光はその後」
消防が即答する。
「緊急車両導線、最低幅は確保してほしいです」
「具体的には?」
「ここは最低でも3.5m……できれば4m」
「了解。4m確保を基準にする」
観光課が震え声で言う。
「でも露店は……今が稼ぎ時で……」
「稼ぎ時に事故が起きたら、全部終わる」
美月が言う。
「じゃあ“露店をなくす”じゃなく、“並べ替える”?」
「そう。排除じゃなく整理。いつものやつだ」
加奈が頷く。
「線を引く?」
「線を引く。
道路の“ここまで”を占用OK、ここから先はNG」
建設課職員が言う。
「でも、誰がどこに出てるか把握できてません……
増えすぎて……」
「把握する。地図を作る」
美月が即答した。
「私、現場マップ作ります! SNSで――」
「SNSに出すな! 現場がさらに集まる!」
勇輝は、現場でやるべきことを決めた。
① 緊急導線の確保(今すぐ)
4mの“救急導線”を一本通す
コーンとロープで物理的に区切る
消防と警備で巡回(塞がれたら即戻す)
② 露店の再配置(今日中)
片側配置に統一(両側はNG)
テーブル・椅子は“飲食ゾーン”に集約
看板は高さ・幅制限(通行の視界確保)
③ 占用ルールの仮運用(明日から)
露店登録(簡易)
区画番号を発行
時間帯ルール(撤収時間)
罰則ではなく“更新制”で実効性を持たせる
「登録……また書類が増える……」
建設課が遠い目をする。
「増える。でも、増やさないと道が消える」
「道が消えるって何……」
現場に戻ると、勇輝はメガホンを持った。
役所がメガホンを持つと、だいたい地獄だが、今日は必要だ。
「みなさん、露店は続けてOKです!
ただし、真ん中の通路を空けてください!
救急車が通れないと、人が死にます!」
言い方は強い。
でも、命の話は強く言うしかない。
魔族の露店主が言う。
「我らは客を呼ぶため、広げている」
「広げるのはいい。
ただし広げるのは“端”です。真ん中は空ける」
ドワーフが言う。
「線があるなら守れる」
「じゃあ線を引く。今引く」
加奈が、露店主たちに穏やかに声をかけて回った。
「ここから内側は通路ね。
テーブルはこっちのゾーンにまとめよう」
「まとめる……了解」
不思議なことに、加奈が言うと皆が動く。
行政の言葉より、生活の言葉が刺さる。
美月は、地面にチョークで区画番号を書き始めた。
「A-1、A-2……はい! 区画できました!」
「仕事が早すぎる!」
「工事が早すぎる巨人業者がいない分、私が動きます!」
「比較が雑!」
だが、問題は“動く露店”だった。
スライム屋台が、通路の真ん中をぷるぷる移動してくる。
『ぷる(人が多いところ、売れる)』
「商売の本質を突くな!」
勇輝はスライムの前に立った。
「スライム。通路は空ける。
君は“区画”に入ってください」
『ぷる(区画?)』
「ここ。A-7。
そこから動かない。
動くなら、動く時間とルートを決める」
スライムがぷるん、と揺れる。
『ぷる(ルール)』
「そう。ルール。
ルール守ると、もっと売れる。
だって人が安心して通れるから」
加奈が補足する。
「安心すると、人は立ち止まって買うよ」
『ぷる(買う)』
「買うのは正義じゃないけど、商売には正義だな……」
スライムは、しぶしぶA-7へ移動した。
そして、そこに“ぴた”っと止まった。
『ぷる(止まった)』
「偉い!」
美月が小声で言う。
「褒めると動かなくなるスライム……」
「火じゃないから安心しろ!」
数時間後。
温泉通りの真ん中に、一本の通路が戻った。
コーンとロープが整然と並び、露店は片側に寄せられた。
看板も整理され、視界が抜けた。
消防署員が頷く。
「これなら通れます」
「よし……」
観光課担当が言う。
「でも賑わいは残ってます……!」
「賑わいは残す。
道も残す。
両方残すのが行政だ」
市長が満足げに言った。
「賑わいと安全の両立。見事だ」
「見事って言うな! 胃が減っただけだ!」
加奈が笑う。
「でも課長、迷子にならなくなったね」
「それが一番嬉しいかもしれない……」
美月が胸を張る。
「現場マップ、完成です!」
「内部資料としてな!」
こうして、道路占用の地獄は“ひとまず”落ち着いた。
――ひとまず、という言葉が、どれだけ危険かは分かっている。
露店が増えれば、また道は消える。
だから、ルールは作る。運用する。更新する。
役所は今日も、道路を守りながら開庁している。
迷子にならない程度に。
次回予告
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文書が文書を呼び、担当が泣く。
「情報公開:『市長の笑み』の関連文書が増殖した」――笑みは公開対象ですか?




