第105話「商店街ポイントカード戦争:押印が『呪印』」
商店街のポイントカードは、平和の象徴だ。
買い物をする。スタンプを押す。たまる。うれしい。
――はずだった。
ひまわり市が異界に転移してから、
“スタンプ”という行為が、別の意味を帯び始めた。
押す。刻む。契約する。縛る。
……そう、呪いである。
「主任! 商店街が……戦争です!」
商工観光課の職員が、朝イチから血相を変えて飛び込んできた。
「戦争って言い方やめろ」
「ポイントカード戦争です!
押印が……呪印って言われてます!」
「言われてるじゃねぇ! 誰が言い出した!」
美月が椅子から跳ねた。
「呪印!? ポイントが呪いポイントに!?」
「楽しそうに言うな!」
加奈が困った顔で言う。
「商店街、また揉めてるの?」
「揉めてます。
異界の住民が“この印は契約の刻印だ”って警戒して……
逆に人間側が“印を押さないと割引できない”って怒ってます」
「双方の言い分が分かるのが地獄!」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「ポイントは観光の武器だ」
「武器にするな! 今は呪いだ!」
商店街の事務所。
会議室には、店主たちが集まり、空気がピリピリしていた。
「主任さん! 聞いてくださいよ!」
八百屋の親父が机を叩く。
「うちはポイントカードで客を呼んでるんです!
押せないなら、商売にならない!」
向かいには、異界側のドワーフ商人が腕を組む。
「印は契約だ。
軽々しく押すものではない。
押したら最後、魂の支払いになる」
「魂!? ポイントで魂取られるの!?」
「取らない!」
魔族の女性が冷静に言う。
「印は、魔法世界では“拘束力”を持つ。
紙に刻む行為は、契約に近い」
「紙に刻むのはスタンプだ! 朱肉だ!」
エルフの店主が言う。
「我らの森では、印は“盟約”を意味する。
軽く扱うと、縁が切れる」
「縁が切れるのは商店街の方だよ!」
勇輝は深呼吸した。
これは、“言葉”じゃなく“文化”の衝突だ。
だから、理屈の勝負をすると終わらない。
「落ち着いてください。
ポイントカードは契約じゃありません。
でも、異界側にとって印が契約に見えるなら、
印じゃない形に変えればいい」
会議室が少し静かになる。
「変える?」
「変える。
“押印”をやめる。別の仕組みにする」
八百屋の親父が叫ぶ。
「そんな簡単に変えられるか!」
「変えられます。
だって今のままだと商売が止まる」
加奈が頷く。
「止まるよりマシだよね」
美月がニヤリとする。
「課長、ここでデジタル化ですか?」
「……異界で、デジタルは落ちる」
「ですよね!」
勇輝はホワイトボードに、選択肢を書いた。
ポイント付与の代替案
スタンプ(押印)→ シール
カード→ スタンプ台帳(店側保管)
押印→ 穴あけ(パンチ)
物理ポイント→ トークン(木札)
デジタル→ 魔導端末(まだ無理)
「重要なのは、“印=契約”の連想を外すこと。
だから、朱肉と判子っぽさを消す」
魔族の女性が頷いた。
「シールなら、契約ではなく“装飾”に近い」
ドワーフが言う。
「穴あけは……工学的で信用できる」
「信用の方向が独特だな!」
八百屋の親父が渋い顔をする。
「でもなぁ……押すのが楽しいんだよ。子どもとか」
「分かります。だから“楽しい”要素は残す」
美月が即答した。
「キラキラシール! 限定シール! 季節イベント!」
「お前、商店街プロデューサーか!」
加奈が笑う。
「それ、いいかも。
“呪印”じゃなく“ごほうび”に見える」
そこへ、商店街の若手店主が言った。
「でも、異界の人たち、シールでも“貼られたら縛られる”って言いません?」
「言う可能性あるな」
勇輝は即答した。
「だから、もう一段階必要だ」
勇輝は、最終兵器を出した。
「店側台帳方式にします。
カードを持たせない。
名前も最小限。番号で管理。
“押す行為”を、客の体に近づけない」
会議室がざわつく。
「台帳!? 昭和か!」
「昭和でも動く。異界でも動く。
そして“契約”に見えにくい」
魔族の女性が頷く。
「確かに。
印を“自分が受ける”から契約に見える。
店が内部で記録するなら、帳簿だ」
「そう。帳簿は商売の道具。契約じゃない」
ドワーフが腕を組む。
「帳簿は信用だ」
「お前ら帳簿好きだな!」
結論はこうなった。
ひまわり商店街ポイント制度(暫定)
客のカード:廃止(異界住民向け)
店側台帳:番号で管理(最小限の個人情報)
付与方法:押印ではなく“シール貼り”(台帳に)
交換方法:台帳のシール数で割引・特典
希望者のみカード発行(人間住民向け/従来通り)
「二重制度か……」
商店街会長がため息をつく。
「でも、現場が回るなら仕方ない」
加奈が頷いた。
「選べるって、大事だよね。
怖い人に無理させない」
「そう。強制は反発を生む」
美月が言う。
「台帳、私がデザインしていいですか?
“呪印じゃないよ”って可愛い表紙に!」
「やめろ! 呪印って言葉を表紙に近づけるな!」
数日後。
商店街で新制度がスタートした。
異界の親子が八百屋で買い物をし、店主が台帳にキラキラシールを貼る。
子どもが目を輝かせる。
「きらきら!」
親が安心した顔をする。
「印ではない……良い」
ドワーフも頷く。
一方、人間側の常連は従来のカードを使い、スタンプを楽しむ。
「押すのが楽しいんだよなぁ」
「それ、分かります」
勇輝は、商店街の空気が戻ってきたのを感じた。
ポイントカード一つで、文化の衝突が起きる。
でも、仕組みを変えれば、共存できる。
そして何より――
「呪印って言われなくなったの、でかいな……」
勇輝が呟くと、美月が笑った。
「でも課長、“呪印”って語感が強すぎて忘れられないです」
「忘れろ!」
加奈が小声で言う。
「でも、今日の商店街、いい感じだったね」
「いい感じだった。
……行政がポイント制度の裏方やる世界線、普通じゃないけど」
市長が満足げに言った。
「これで観光客も回遊する」
「観光の武器にするなって言ってるだろ!」
次回予告
道路占用が、また地獄。露店が増えすぎて役所が迷子。
通路が消える、看板が増える、課長が消える。
「道路占用ふたたび:露店が増えすぎて役所が迷子」――勇輝、地図からやり直し!




