第104話「学校のPTAが異界混入:議題が『翼は畳む』」
ひまわり市役所の朝は、窓口の列と、書類の山と、ため息で始まる。
――だが、教育委員会からの電話は、ため息の質が違う。
「主任、教育委員会です。至急……」
職員が受話器を押さえたまま、勇輝に助けを求める目を向けた。
「今度は何だ」
「PTAが……荒れてます」
「PTAはいつも荒れる」
「議題が……」
「嫌な予感」
「翼は畳む」
「なんでだよぉぉ!!」
美月が目を輝かせる。
「PTAで翼!? ファンタジーが日常に侵食してる!」
「侵食するな! 学校だぞ!」
加奈が心配そうに言った。
「子どもたち、怪我してない?」
「今のところ大事故はないです。
でも……“ヒヤリハット”が積み上がってます」
「積み上がると、行政が動くやつ!」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「翼は畳むべきだ」
「市長、あなたも混ざらないでください!」
ひまわり小学校・多目的室。
今夜はPTA総会――という名の、地域の縮図だ。
机が並び、教師、保護者、役員が座っている。
そしてそこに、異界側の“保護者”も混ざっていた。
エルフの母親。
獣人の父親。
そして――翼を背中に畳んだ、天使っぽい種族の保護者。
「……翼あるんだ」
勇輝が小声で言うと、美月がすかさず返す。
「ありますね! 畳むべきです!」
「乗るな!」
加奈は周囲の様子を見て、緊張を察した。
「空気、ピリピリしてるね」
「PTAのピリピリは、生活のピリピリだ。甘く見ると刺さる」
教頭先生が咳払いをした。
「それでは、議題に入ります。
本日の最重要議題――」
ホワイトボードに書かれた文字。
『校内での飛行・翼の扱いについて』
「学校で飛行を議題にする日が来たか……」
教師側の説明が始まった。
「最近、休み時間に校庭で“飛ぶ遊び”が流行しています。
特に異界側の子どもたちが――」
人間側の保護者が手を挙げる。
「うちの子が、上から落ちてきた子にぶつかられて怪我しました!
これ、どうしてくれるんですか!」
「落ちてきたって言うな!」
美月が小声で突っ込む。
「落ちてきたんですよね……」
異界側の保護者が立ち上がる。翼の人だ。
「飛ぶことは、我らの身体機能だ。
禁止されるのは差別だ」
「差別って言い方は……」
教頭先生が慌てて言葉を探す。
獣人の父親が言う。
「走るのを禁止しないのと同じだ。
飛ぶのも遊びだ」
「でも走ると飛ぶは高さが違う!」
会場がざわつく。
言葉がどんどん尖っていく。
勇輝は、ここが一番危ないと感じた。
PTAは“感情の交通整理”が必要になる。
そして行政が入ると、余計に燃えることもある。
だから、入るタイミングを選ぶ。
加奈がそっと勇輝を見た。
「今?」
「今だ」
勇輝は立ち上がり、前に出た。
「市役所・異世界経済部の勇輝です。
今日は“禁止”を決めに来たんじゃありません。
安全のルールを決めに来ました」
人間側保護者が言う。
「でも、危ないんですよ!」
「危ない。だからルールが必要です。
走るのも危ない。ボール遊びも危ない。
だから学校は“場所”と“やり方”で整理する」
翼の保護者が腕を組む。
「飛ぶ場所を作れ、と?」
「そうです」
会場が少し静かになる。
“禁止”ではなく“整理”。これが効いた。
加奈が、生活者として補足する。
「子どもが遊ぶのを止めるのって難しいよね。
でも、怪我させたくないのも本当。
だから“ここならOK”って決める方が守りやすいと思う」
教頭先生が頷く。
「では……校庭の端に、“飛行練習ゾーン”を設ける案はどうでしょう」
「ゾーン……」
「ゾーニングだ。行政が得意なやつ」
美月が小声で言う。
「課長、学校が都市計画になってます」
「黙れ。必要だ」
ここで議題「翼は畳む」が生きる。
人間側保護者が言う。
「でも廊下が危ないんです!
すれ違いざまに翼が当たる!」
「それは分かる」
勇輝は即答した。
翼の保護者が反論する。
「翼は畳んでいる。常に」
「畳み方が“幅広い”んです!」
確かに、畳んでいても、人間の肩幅より大きい。
そして子どもは走る。廊下は狭い。
これで当たらない方が奇跡だ。
加奈が、ここで“常識”を出す。
「電車で大きいリュック背負ったままの人がいると、当たるでしょ。
それと同じ。
悪気じゃなくても、当たる」
翼の保護者が、少しだけ目を細めた。
「……リュック」
「そう。だから“畳む”だけじゃなく、“寄せる”とか、“壁側を歩く”とか、工夫がいる」
美月がすぐ言う。
「廊下は“翼は壁側、歩行は内側”!」
「交通整理みたいに言うな!」
教頭先生がメモを取る。
「なるほど……廊下の歩行ルールとして、掲示できます」
議論は、少しずつ形になっていった。
PTAが条例みたいになっていく。嫌だけど必要だ。
学校内“翼ルール”案(暫定)
校内(廊下・教室):翼は必ず畳む+壁側を歩く
階段:翼は完全に収納(可能なら)/手すり側優先
校庭:飛行OKゾーンを指定(監督あり)
高さ制限:校舎より高く飛ばない
雨天:体育館では飛行禁止(床が滑る)
事故発生時:すぐ教員・保護者へ報告、再発防止の話し合い
人間側保護者が言った。
「これなら……うちの子も安心できるかも」
獣人の父親が頷く。
「ルールがあるなら守れる」
翼の保護者も、ゆっくり頷いた。
「……我らも、子を守りたい。
翼で傷つけたくはない」
会場の空気が、少しだけ柔らかくなる。
PTAでこの空気を作れるのは、奇跡に近い。
勇輝は、心の中で拍手した。
だが、ここで終わらないのが、ひまわり市。
最後に、先生が言った。
「では、ルールを周知するために、掲示物を作ります。
多言語も必要ですね」
「最後は絵本になりますね」
美月が即答した。
「言うな!」
加奈が笑う。
「でも絵なら、子どもも分かるからいいよ」
「……確かに。
“翼は畳む”は、絵で伝えた方がいい」
市長が満足げに言った。
「学校も共生の最前線だな」
「公営住宅も最前線でしたよ! 最前線多すぎ!」
帰り道。
校庭の端で、翼の子どもが試しに飛ぶ。
先生が見守り、周りの子どもが歓声を上げる。
危ないのに、綺麗だ。
だからこそ、ルールがいる。
勇輝は、加奈に小声で言った。
「……加奈、“リュックの例え”効いたな」
「常識って、意外と世界共通だよ」
「それを“刺さる言い方”で出せるのが強い」
美月が後ろから言う。
「課長、次はポイントカード戦争です! 呪印!」
「急に物騒な単語を出すな!」
次回予告
商店街ポイントカードが、なぜか“呪印”になった。
押すほど縛られる? 得する? 住民が混乱する。
「商店街ポイントカード戦争:押印が『呪印』」――お得と呪いは紙一重!




