第103話「防火管理者講習:魔族が『火は友達』と言い張る」
防火管理者講習――それは、地味で、堅くて、眠くなりがちなやつ。
火災予防。避難誘導。消火器の扱い。
法律と手順と責任が、淡々と積み上がる。
……普通の町なら。
異界の町・ひまわり市では、そこに魔族が混ざる。
「主任、消防から“講習の見守り”依頼です」
総務課の職員が、今日も胃の痛そうな顔で言った。
「見守りって何だよ」
「魔族の参加者が……強いらしくて……」
「強い?」
「“火は友達”って……」
「嫌な予感が具体化したぁぁ!!」
美月が目を輝かせる。
「防火講習に魔族! 絶対面白い!」
「面白くない! 火は面白がると死ぬ!」
加奈が心配そうに言う。
「火が友達って……危なくない?」
「危ない。けど、魔族にとっては“常識”の可能性がある。
そこをすり合わせる」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「火は友達だろう。温泉の湯も友達だ」
「市長、今だけ黙ってください!」
講習会場は、市民ホールの会議室。
机が並び、前にはスクリーン。
消防署員の講師が、真面目な顔で資料を準備している。
参加者は、旅館の従業員、商店街の店主、自治会役員――
そして異界側の事業者も混ざっていた。
魔族の参加者は、黒いマントに赤い目。
だが座り方は妙に礼儀正しい。
腕を組み、背筋を伸ばし、“授業態勢”だ。
講師が開始を告げた。
「それでは、防火管理者講習を始めます。
火災の原因の多くは――」
魔族が手を挙げる。
「質問」
「はい」
「火は、敵か?」
「……敵です。危険です」
「違う。火は友達だ」
会場がざわつく。
講師の顔が一瞬だけ固まった。
勇輝は後ろの席で、そっと胃を押さえた。
(来た……)
美月が小声で言う。
「課長、初手から燃えてます」
「燃やすな!」
魔族は、真剣な目で続けた。
「我らは火で生きる。
火は暖を取り、料理をし、鍛冶をし、儀式をする。
火を恐れるのは、弱い者の発想だ」
講師は真面目に答えようとするが、言葉が詰まる。
否定すると反発が出る。
でも肯定すると事故が増える。
防火講習の難しさが、いきなり頂点に達した。
勇輝が席を立ち、前へ出た。
「すみません。補足します。
“火は友達”という感覚は分かります。
ただ、防火管理者講習で言う“火”は、制御を失った火です」
魔族が眉を上げる。
「制御?」
「そう。友達でも、距離感を間違えると危ない。
例えば――」
加奈が後ろから小声で言う。
「猫」
「猫だな」
勇輝は続けた。
「猫は可愛い。友達。
でも、嫌がる触り方をしたら引っかかれる。
火も同じ。
扱い方を間違えると、町が燃える」
会場がクスッと笑う。
講師が救われた顔をした。
魔族はしばらく考え、頷いた。
「……友達にも作法がある、ということか」
「そうです。作法=ルールです」
講習は進む。
火災の原因、初期消火、避難計画。
だが魔族は、要所要所で強い。
「消火器の粉は、火に失礼では?」
「失礼でも消してください!」
「火災報知器が鳴ったら、まず火に話しかけるべきだ」
「話しかける前に避難誘導です!」
「炎は踊る。踊りを止めるのは残酷だ」
「残酷でも止めます!」
美月が小声で言う。
「課長、ツッコミが忙しすぎる……」
「今日は威厳を落とす暇もない!」
実技の時間。
消火器の扱いを体験する。
講師が言う。
「ピンを抜いて、ホースを火元へ。
距離は――」
魔族が消火器を持つ。
動きが無駄なく、妙に様になっている。
「……お、経験者ですか?」
講師が思わず聞くと、魔族が頷いた。
「魔界では、火は日常だ。
だからこそ、制御が重要だ」
「え、まともなこと言った!」
美月が目を丸くする。
魔族は、淡々と粉を噴射し、火を消した。
完璧な初期消火。
会場から拍手が起きかけるが、講師が慌てて制する。
「拍手は……まぁ、でも上手です」
魔族は消火器を置き、ゆっくり言った。
「火は友達だ。
友達だから、暴れたら止める。
友達だから、家を燃やさせない」
勇輝は、少しだけ感心した。
結局、相手の言葉を“制度の言葉”に翻訳できれば、通じる。
加奈が小声で言う。
「火の友達論、ちゃんと着地したね」
「着地しないと、こっちが燃える」
ただし、最後に一つだけ事件が起きた。
講師がスライドを出す。
「避難経路の確保:通路に物を置かない」
魔族が手を挙げる。
「質問」
「はい」
「通路に置いてはいけない“物”とは?」
「荷物、段ボール、棚などです」
「……ドラゴンは?」
「ドラゴンは物じゃない!」
勇輝が即答した。
講師が咳払いをする。
「ドラゴン等大型生物は……通路に滞留しないよう、誘導してください」
「条例が増える気配しかしない……」
市長が後ろで頷いている。やめろ。
講習終了後。
講師が勇輝に頭を下げた。
「主任さん、助かりました……
“火は友達”から始まる講習は初めてで……」
「こちらこそ。
でも、魔族の方、ちゃんと理解してましたよ」
「ええ……むしろ優秀でした」
魔族が近づき、勇輝に言った。
「人間のルールは細かい。
だが、細かいのは愛だな」
「愛って言うな! 胃が痛くなる!」
美月がニヤニヤする。
「課長、これ、広報――」
「絶対ダメ!」
加奈が笑って言った。
「でも、今日の講習は“いい回”だったね」
「火が出なかったからな」
勇輝は、ほっと息を吐いた。
火は友達でも、距離感が命。
そして役所は今日も、距離感をルールにして守っている。
次回予告
学校のPTAに異界が混入。議題が「翼は畳む」。
保護者会が、なぜか飛行マナー講習になる。
「学校のPTAが異界混入:議題が『翼は畳む』」――PTA、次元を越える!




