表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/188

第103話「防火管理者講習:魔族が『火は友達』と言い張る」

 防火管理者講習――それは、地味で、堅くて、眠くなりがちなやつ。

 火災予防。避難誘導。消火器の扱い。

 法律と手順と責任が、淡々と積み上がる。


 ……普通の町なら。


 異界の町・ひまわり市では、そこに魔族が混ざる。


「主任、消防から“講習の見守り”依頼です」

 総務課の職員が、今日も胃の痛そうな顔で言った。


「見守りって何だよ」

「魔族の参加者が……強いらしくて……」

「強い?」

「“火は友達”って……」

「嫌な予感が具体化したぁぁ!!」


 美月が目を輝かせる。


「防火講習に魔族! 絶対面白い!」

「面白くない! 火は面白がると死ぬ!」


 加奈が心配そうに言う。


「火が友達って……危なくない?」

「危ない。けど、魔族にとっては“常識”の可能性がある。

 そこをすり合わせる」


 市長が通りかかり、さらっと言った。


「火は友達だろう。温泉の湯も友達だ」

「市長、今だけ黙ってください!」


 講習会場は、市民ホールの会議室。

 机が並び、前にはスクリーン。

 消防署員の講師が、真面目な顔で資料を準備している。


 参加者は、旅館の従業員、商店街の店主、自治会役員――

 そして異界側の事業者も混ざっていた。


 魔族の参加者は、黒いマントに赤い目。

 だが座り方は妙に礼儀正しい。

 腕を組み、背筋を伸ばし、“授業態勢”だ。


 講師が開始を告げた。


「それでは、防火管理者講習を始めます。

 火災の原因の多くは――」


 魔族が手を挙げる。


「質問」

「はい」

「火は、敵か?」

「……敵です。危険です」

「違う。火は友達だ」


 会場がざわつく。

 講師の顔が一瞬だけ固まった。


 勇輝は後ろの席で、そっと胃を押さえた。


(来た……)


 美月が小声で言う。


「課長、初手から燃えてます」

「燃やすな!」


 魔族は、真剣な目で続けた。


「我らは火で生きる。

 火は暖を取り、料理をし、鍛冶をし、儀式をする。

 火を恐れるのは、弱い者の発想だ」


 講師は真面目に答えようとするが、言葉が詰まる。

 否定すると反発が出る。

 でも肯定すると事故が増える。

 防火講習の難しさが、いきなり頂点に達した。


 勇輝が席を立ち、前へ出た。


「すみません。補足します。

 “火は友達”という感覚は分かります。

 ただ、防火管理者講習で言う“火”は、制御を失った火です」


 魔族が眉を上げる。


「制御?」

「そう。友達でも、距離感を間違えると危ない。

 例えば――」


 加奈が後ろから小声で言う。


「猫」

「猫だな」


 勇輝は続けた。


「猫は可愛い。友達。

 でも、嫌がる触り方をしたら引っかかれる。

 火も同じ。

 扱い方を間違えると、町が燃える」


 会場がクスッと笑う。

 講師が救われた顔をした。


 魔族はしばらく考え、頷いた。


「……友達にも作法がある、ということか」

「そうです。作法=ルールです」


 講習は進む。

 火災の原因、初期消火、避難計画。

 だが魔族は、要所要所で強い。


「消火器の粉は、火に失礼では?」

「失礼でも消してください!」


「火災報知器が鳴ったら、まず火に話しかけるべきだ」

「話しかける前に避難誘導です!」


「炎は踊る。踊りを止めるのは残酷だ」

「残酷でも止めます!」


 美月が小声で言う。


「課長、ツッコミが忙しすぎる……」

「今日は威厳を落とす暇もない!」


 実技の時間。

 消火器の扱いを体験する。


 講師が言う。


「ピンを抜いて、ホースを火元へ。

 距離は――」


 魔族が消火器を持つ。

 動きが無駄なく、妙に様になっている。


「……お、経験者ですか?」

 講師が思わず聞くと、魔族が頷いた。


「魔界では、火は日常だ。

 だからこそ、制御が重要だ」


「え、まともなこと言った!」

 美月が目を丸くする。


 魔族は、淡々と粉を噴射し、火を消した。

 完璧な初期消火。


 会場から拍手が起きかけるが、講師が慌てて制する。


「拍手は……まぁ、でも上手です」


 魔族は消火器を置き、ゆっくり言った。


「火は友達だ。

 友達だから、暴れたら止める。

 友達だから、家を燃やさせない」


 勇輝は、少しだけ感心した。

 結局、相手の言葉を“制度の言葉”に翻訳できれば、通じる。


 加奈が小声で言う。


「火の友達論、ちゃんと着地したね」

「着地しないと、こっちが燃える」


 ただし、最後に一つだけ事件が起きた。


 講師がスライドを出す。


「避難経路の確保:通路に物を置かない」


 魔族が手を挙げる。


「質問」

「はい」

「通路に置いてはいけない“物”とは?」

「荷物、段ボール、棚などです」

「……ドラゴンは?」

「ドラゴンは物じゃない!」

 勇輝が即答した。


 講師が咳払いをする。


「ドラゴン等大型生物は……通路に滞留しないよう、誘導してください」

「条例が増える気配しかしない……」


 市長が後ろで頷いている。やめろ。


 講習終了後。

 講師が勇輝に頭を下げた。


「主任さん、助かりました……

 “火は友達”から始まる講習は初めてで……」

「こちらこそ。

 でも、魔族の方、ちゃんと理解してましたよ」

「ええ……むしろ優秀でした」


 魔族が近づき、勇輝に言った。


「人間のルールは細かい。

 だが、細かいのは愛だな」

「愛って言うな! 胃が痛くなる!」


 美月がニヤニヤする。


「課長、これ、広報――」

「絶対ダメ!」


 加奈が笑って言った。


「でも、今日の講習は“いい回”だったね」

「火が出なかったからな」


 勇輝は、ほっと息を吐いた。

 火は友達でも、距離感が命。

 そして役所は今日も、距離感をルールにして守っている。


次回予告


学校のPTAに異界が混入。議題が「翼は畳む」。

保護者会が、なぜか飛行マナー講習になる。

「学校のPTAが異界混入:議題が『翼は畳む』」――PTA、次元を越える!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ