第102話「公共施設の鍵、スライムが合鍵になった」
役所の仕事は、書類だけじゃない。
施設を開ける。閉める。管理する。
つまり――鍵が命だ。
鍵がなければ、体育館も、公民館も、倉庫も開かない。
開かないと、住民が怒る。
怒ると、職員の胃が死ぬ。
だから鍵は、大事。絶対に。
「主任……公共施設の鍵が……ありません」
施設管理係の職員が、顔面蒼白で異世界経済部に飛び込んできた。
「……どこの鍵」
「市民ホールの倉庫です。
今夜イベントで使う、音響機材の鍵」
「今日!? 今日の夜!?」
「今日です!!」
美月が目を輝かせる。
「鍵紛失は、事件の匂い!」
「事件で済めばいいけどな!」
加奈が心配そうに言う。
「落としたの?」
「落としたか、置き忘れか……
とにかく、鍵がないと倉庫が開きません」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「鍵がないなら、壊せばいい」
「壊すな!! 公共物だぞ!!」
市民ホールの裏手。
倉庫の扉は、頑丈な鍵で閉まっている。
職員たちが集まり、焦っている。
「音響機材、これに入ってるんです……」
「開けないと、イベントが詰む」
「詰むと苦情が来る」
「苦情が来ると胃が死ぬ」
勇輝は、何度目か分からない地獄の連鎖を見て、深呼吸した。
「落ち着け。まず、できることを順番にやる。
鍵の所在確認、記録、代替手段」
施設管理係が言う。
「鍵は昨日、最後に使ったのは……清掃業者です」
「連絡」
「もうしました。持ってないって」
「じゃあ、施設内を再捜索」
「しました……ないです」
美月が言った。
「じゃあ、合鍵!」
「合鍵は……管理課の金庫に……」
「そこも見た?」
「……ないです」
「合鍵までない!? 終わった!」
加奈がぽつりと言う。
「鍵って、そんな簡単に消える?」
「消えない。誰かが動かした。
もしくは――異界案件だ」
その瞬間。
足元で、ぷるん、と音がした。
「……え」
全員の視線が下に落ちる。
そこにいたのは、スライムだった。
いつもの、あの、ぷるぷるしたやつ。
『ぷる(鍵、ない?)』
「いるなぁぁ!!」
美月が即座に言う。
「スライム、鍵知ってるかも!」
「知ってても困る!」
スライムは、なぜか誇らしげにぷるんぷるん揺れる。
『ぷる(合鍵、ある)』
「ある!?」
『ぷる(わたし)』
「お前が!?」
『ぷる(わたし、合鍵)』
「意味が分からない!」
スライムは、倉庫の鍵穴の前に移動した。
そして、体を細く伸ばす。
ぬるり、と形が変わる。
透明な体の一部が、金属みたいに硬く光り――
鍵の形になった。
「……うわ」
施設管理係が息を呑む。
スライムは、そのまま鍵穴にぴったり収まった。
そして、くるり、と回った。
カチャ。
扉が開いた。
「開いたぁぁぁ!!」
職員たちが歓声を上げる。上げるな、ここは役所だ。
勇輝は、喜びより先に恐怖が来た。
「待て待て待て!!
スライムが合鍵になるって、それ、セキュリティ崩壊だろ!!」
美月が輝く顔で言う。
「課長、便利です! 革命です!」
「革命するな! 鍵は革命しちゃダメ!」
加奈が困った顔でスライムを見た。
「どうして合鍵になったの?」
『ぷる(鍵、落ちてた)
ぷる(拾った)
ぷる(届けようとした)
ぷる(でも、みんな困ってた)
ぷる(だから、わたしが鍵になった)』
「善意が万能すぎる!」
市長が腕を組み、感心したように言う。
「柔軟な解決だ」
「柔軟すぎて法律が追いつかない!」
倉庫の中から音響機材が運び出され、イベントは救われた。
だが、救われた代償がデカい。
勇輝は、その場で即座に“行政脳”に切り替えた。
「スライム。ありがとう。助かった。
でも、今後は“勝手に鍵にならないでください”」
『ぷる(なぜ)』
「なぜって……」
勇輝は言葉を選ぶ。
相手が悪意じゃないからこそ、説明がいる。
「鍵は、“誰が開けていいか”を決めるものです。
スライムが鍵になれると、悪い人が頼んで開けさせることができる」
『ぷる(悪い人)』
「そう。悪い人。
だから鍵は、管理者だけが扱う。
それが“安心”」
加奈がやさしく補足する。
「スライムが悪いんじゃないよ。
でも、ルールを守ると、もっとみんなが安心できる」
『ぷる(安心)』
美月が言った。
「じゃあ、スライムには“鍵係”になってもらって――」
「絶対ダメ!! 人事制度が壊れる!」
市長が真面目に言う。
「なら、スライムの能力を“公式に”使う方法を考えるべきだ」
「それが一番危険です!」
役所に戻り、緊急のセキュリティ会議が開かれた。
議題:「スライム合鍵問題」
施設管理係が震え声で言う。
「主任……鍵、どうします……」
「まず鍵は交換。
そして合鍵管理を見直す。
鍵が落ちた経路も調査。拾得物として記録」
市民課が頷く。
「拾得物台帳に“鍵”として記録できます。
ただし“スライムが合鍵になった”は……」
「書くな! 内部メモにしろ!」
美月が言う。
「でもこれ、広報したら――」
「広報するな! 市内全員が倉庫開けに来る!」
加奈が現実的に言う。
「スライムに“拾ったら届ける”は続けてほしいよね。
だから、“届ける先”を分かりやすくしよう」
「そう。拾得物の提出箱を増やす。
そして“鍵は危険物”として優先対応」
市長が頷く。
「ついでに、鍵の形を変えよう。スライムが真似できない形に」
「無理です! スライムはだいたい何でも真似ます!」
勇輝は結論を出した。
対策(暫定)
鍵の交換(即日)
合鍵の保管・貸出記録の徹底(紙+台帳)
鍵の紛失時ルール:即時通報、開錠業者、イベント代替
拾得物提出箱の設置(役所・施設入口)
スライム向け案内:「鍵は拾ったら市役所へ(鍵にならない)」(絵で)
「最後のやつ、絶対必要だな……」
勇輝は遠い目をした。
絵本の次は、スライム説明ポスターだ。
翌日。
施設入口に、新しいポスターが貼られた。
(絵:鍵を拾うスライム)
→(絵:市役所窓口へ持っていく)
×(絵:鍵穴に自分が入るスライム)
『鍵は“もの”です。スライムは鍵にならないでね』
スライムがそれを見て、ぷるん、と揺れた。
『ぷる(わかった)』
勇輝は、ほっとした。
そして同時に思った。
――この町、ルールの対象が毎回増えていく。
でも、増えるたびに、町は“暮らし方”を学んでいく。
スライムも、職員も、住民も。
そして役所は今日も、鍵を守りながら開庁している。
次回予告
防火管理者講習に、魔族が参加。
「火は友達」と言い張り、講師が胃を抱える。
「防火管理者講習:魔族が『火は友達』と言い張る」――友達でも距離感!




