第101話「遺失物センター再び:今度は『勇輝の威厳』が落ちてた」
ひまわり市役所の遺失物センターは、静かなはずだった。
財布、鍵、スマホ、傘。
落とし物とは、だいたい現実的で、地味で、切ない。
――ただし、異界転移してからは違う。
落とし物が、現実に向かって殴ってくる。
「主任……遺失物センターに、来てください」
市民課の職員が、真顔で異世界経済部に入ってきた。
「財布とか?」
「……いいえ。落とし物です」
「だから財布とか」
「主任の威厳です」
「落とすなぁぁぁ!!」
美月が椅子から跳ねた。
「えっ、威厳って落とし物になるんですか!?」
「なるか!! 物じゃない!!」
加奈が吹き出しそうになるのを必死で堪えている。
「……落ちてたって、どういうこと?」
「“遺失物として届きました”って……」
「誰が届けたんだよ!!」
市長が通りかかり、さらっと言った。
「威厳は大事にしろ」
「あなたが言うな!!」
遺失物センターの窓口。
そこには、いつもの札が置かれている。
『落とし物・忘れ物 受付』
だが今日、受付の横に――妙な封筒があった。
しかも、ちゃんと受付票が付いている。
品名:威厳(主任のものと思われる)
拾得場所:温泉通り(夜間)
特徴:ツッコミのキレが落ちている/肩が落ちている/ため息が多い
保管方法:割れ物注意(?)
「特徴が丁寧すぎるんだよ!!」
勇輝は受付票を握りしめ、手が震えた。
恥ずかしさと怒りと笑いが、胃の中で衝突している。
「これ、誰が書いた」
職員が困った顔で言った。
「……届け出人は“匿名”です。
ただ、拾得者欄に……“スライム”と」
「またスライム!!」
美月が目を輝かせる。
「スライム、観察力高い……!」
「観察すな! 返せ! いや返せるのか!?」
加奈が肩を揺らして笑いをこらえる。
「温泉通りの夜間……昨日の騒音対応の時かな」
「……だろうな。あの夜、俺、疲れ切ってた」
「ため息多かったもんね」
「言うな!」
封筒を開けると、中には――
小さな透明のゼリー状の塊が入っていた。
ぷるん、と揺れ、ほんのり光っている。
「……これ、何だ」
職員が小声で言った。
「落とし物の“威厳”として預かってます」
「説明になってない!」
そのとき、窓口の奥から、ぷるぷるした音がした。
スライムが一体、体を揺らしながら現れた。
『ぷる(それ、主任の威厳)』
「お前か!!」
スライムは悪びれない。
むしろ誇らしげだ。
『ぷる(主任、昨日、ため息してた)
ぷる(ツッコミ、弱かった)
ぷる(威厳、落ちた)
ぷる(拾った)』
「拾うな! 落ちるな! 俺のツッコミは体調次第だ!」
美月が真顔で言う。
「課長、スライムの指摘、正確です」
「正確とか言うな!」
加奈がやさしく言った。
「でもスライム、悪気じゃないよね。
“落とし物は届ける”って学習してる」
「学習の方向は正しいのに、対象が間違ってる!」
市民課の職員が、困惑しながらも行政の顔で言った。
「主任……遺失物として受理してしまった以上、
返還手続きが必要です」
「返還手続き!? 威厳の!?」
「品名が品名なので……でも台帳に載せてしまって……」
「載せるなよ!!」
勇輝は深呼吸して、行政モードに切り替えた。
笑ってる場合じゃない。
台帳に載ったものは、処理しないと終わらない。役所はそういう場所だ。
「よし。形式を整える。
“威厳”は遺失物に該当しない。
だから、分類を変える」
「分類……」
「“拾得物”じゃなく、“相談案件”だ。
異界文化の誤解による持ち込み。処理は“返還”ではなく“説明”」
市民課職員が目を輝かせた。
「なるほど……台帳を“誤登録”として訂正できます……!」
「訂正は燃えるから慎重に! ……いや内部だから燃えない、よし!」
美月が言う。
「訂正が一番拡散する女の出番ですか?」
「出番じゃない!」
問題は、スライムにどう説明するかだ。
スライムは“落とし物は届ける”を学んだ。
それ自体は褒めたい。
でも、“威厳”は落とし物ではない。
加奈がスライムの前にしゃがみ、優しく言った。
「スライムさん、ありがとう。
届けてくれたの、すごくえらい」
『ぷる(えらい)』
「でもね、これは“もの”じゃなくて“きもち”に近いの。
だから、拾って届けるより――」
勇輝が続ける。
「本人に“休め”って言ってやる方が、助かる」
『ぷる(休め)』
「そう。
俺が昨日落としてたのは、威厳じゃなくて、体力だ」
美月がすかさず言う。
「課長、体力は確実に落ちてました」
「黙れ!」
スライムがぷるん、と揺れる。
『ぷる(体力、落とし物?)』
「体力も落とし物じゃない! ……いや落ちるけど!」
加奈が笑って言った。
「体力が落ちてる人には、温かい飲み物をあげる。
それが一番」
『ぷる(のむ)』
スライムは、理解したのか、封筒のゼリーをぷるっと戻してきた。
……戻してきたというか、押し付けてきた。
『ぷる(返す)』
「返すな! いや、返してくれてありがとう!」
勇輝は、ゼリー状の“威厳”を手に取った。
妙に温かい。
たぶん、笑われた分、回復するタイプのやつだ。
その後、遺失物センターの掲示板に、ひっそりと新しい注意書きが貼られた。
『落とし物は“物”を対象とします
※気持ち・威厳・やる気・魂の抜け殻は対象外です
※困ったときは相談窓口へ』
「魂の抜け殻って何だよ!」
勇輝が突っ込むと、市民課職員が真顔で言った。
「……最近、届け出がありまして」
「やめろ!! この町こわい!」
美月が笑いながら言う。
「でも課長、ちょっと元気になりましたね」
「そりゃ、ここまでやられたら元気出るわ!」
加奈が肩を叩く。
「威厳は落とし物じゃないけど、
“立て直す”ことはできるよ」
「……そうだな。
ただし、次からは落とさないようにする」
市長が遠くから言った。
「威厳を落としたら、また拾ってやろう」
「拾うな!! あなたが拾うと大事になる!!」
こうして、ひまわり市役所の遺失物センターは、今日も平和――ではなく、
少しだけ賑やかに、そして確実に“異界対応の経験値”を積んだ。
勇輝の威厳は、たぶん戻った。
少なくとも、ツッコミのキレは戻った。
――戻ったことにしておきたい。
次回予告
公共施設の鍵が見当たらない。
犯人はスライム――しかも合鍵になった。
「公共施設の鍵、スライムが合鍵になった」――便利だけどそれはダメ!




