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3/3

魔法

レイラスは本当に優秀だった。

屋敷の管理や家事など、当初から言っていた仕事は完璧で、しかも私が国から任されている仕事もできてしまった。なぜレイラスが国からの仕事をやっているかと言うと、ある日の私が国からの仕事の量が多すぎて目が回っていると、彼が「俺も少し手伝ってもいいですか」と名乗り出てきた。私はもちろんだと言い、やり方だけ教えて少し仕事を任せてみた。すると、最初は苦戦しているようだったが、だんだんとペースが上がってきて、レイラスはその仕事をすぐに終わらせてしまった。

その日からと言うもの、国からの仕事も屋敷の管理や家事も二人で分担してやることにした。そちらの方が格段に早く終わるのだ。

しかし、そこに目をつけたのか国からの仕事が以前よりも増えてしまった。とてつもない量の仕事を二人で分担してこなす日々。私は社畜生活のおかげか聖女とか言うバフのおかげか平気だったのだが、レイラスは日に日に憔悴していった。


「レイラス、大丈夫?少し休んだら?」

「いえ、俺はこのぐらい、なんてこと……。」


一応日本人の平均睡眠時間ぐらいは寝させているので、おそらく心労でこんなにやつれてしまったのだろう。それにしては隈がひどいのだが。寝させていると言っても、寝室に入っていくのを日々見ているだけなので、もしかしたらその後眠れていないのかもしれない。


「眠れてる?」

「……あはは。」


完全に苦笑いだ。

この様子だと、絶対に眠れていないのだろう。つらそうに、口の端を持ち上げるような笑い方に私の堪忍袋の尾が切れたような気がした。と言うか、これまで抑えてきた国への怒りが湧いてきたのだ。

沸々と腹の底が沸騰しているような怒り。それでいて頭は妙に冴えていて、この状況を変えるための作戦を練る。

私は思考の末、ある決断をすることにした。


「レイラス。」


怒っているせいか、思った以上に冷たい声が出る。


「は、はい。」

「仕事、やめるわよ。」

「え……?」


まず最初に私たちが取り組んだのは、国から任される仕事の放棄だ。もちろん、国から送りつけられる抗議文にも反応しない。おかげで時間が格段に増えて、私は趣味の野菜作りに熱中できるし、レイラスも実家にいた時から好きだったと言う本をたくさん読めるし、万々歳だ。

まあ、配達員にはものすごく文句を言われたっきりうちの屋敷にはきていないけど。でも、配達員が食料などを届けなくても生活できるのだ。

なんといっても、私には秘策があるからね。



――――――



「サクラコさん!起きてください!大変です!」


レイラスの大きな声で起こされてしまった。時計を見るとまだ早朝だ。なぜか、もう身支度ができているレイラスは相当焦っているようだ。


「なによぉ……。」

「屋敷が国の騎士たちに囲まれてます!」

「えぇ……。もぉ?はやいわねぇ。」

「もうって……。」


寝ぼけ眼を擦りながら窓の外を見る。そこには塀の外側にずらりと並んだ騎士たちがいた。しかも、私をここへ連れてきたあのゴテゴテした装飾の鎧ではなく、実戦用と思われる無骨な鎧を見に纏った騎士たちだ。


「はぁ……。めんどくさっ。」


寝起きで機嫌が悪い私は、悪態をつくが文句を言っても状況は変わらない。


(しゃーない。あれを決行するか。)


「レイラス、着替えるから外行ってて。」

「あ、はい。」


素直に外に出たレイラスを見送ってから手短に、白いシャツと黒のズボンを着て薄茶色のベストを羽織り、長くなってしまった鬱陶しい髪を髪紐でまとめて外へ出る。


「レイラス、箒取ってきてくれる?」

「は、はい!」


パタパタと走って箒を取ってきたレイラスに感謝をして、私は宣言する。


「外へ出るわ!!」

「え……!大丈夫なんですか?外は騎士の方たちに囲まれてますよ!」

「大丈夫よ。秘策があるから。」


そう、できる限りニヒルに笑った私は箒片手に玄関の大きな扉を勢いよく開けて、庭に出る。困惑した顔で不安そうについてくるレイラス。


「聖女が出てきたぞ!」


庭へ突っ込んでくる騎士たちを無視して、私は箒にまたがる。


「レイラス、後ろどうぞ。」

「へ……?あ、はい!」


レイラスがしっかり跨ったことを確認し、箒に魔力を込める。


「レイラス、しっかり捕まっといてね!浮遊!」


なんだかかっこつけたくていらない詠唱をしつつ、私は勢いよく大地を蹴った。すると、周りに土煙を起こしながら箒はふわりと飛び上がり、どんどん上昇していく。


「と、飛んでる……!」

「これ一回やってみたかったのよね。」

「これを!?」


「聖女が飛んだぞ!」

「あれは……。魔法か?しかし、あんな空を飛ぶ魔法、この世界にあったのか!?」


騎士たちの叫びを気にせず、街が一望できるぐらいまで上昇すると、箒は一気にスピードを上げて、城へと向かう。


「うわ!」


レイラスが怖がるような素振りを見せたので「目を瞑ってても大丈夫だよ。私が運転してるから!」と言っておく。

およそスポーツカーぐらいのスピードで飛んでいく箒。一応、落ちた時のために低速落下のバフを私とレイラスの二人にかけてはいるが、落ちないように箒の柄を握りしめた。


なぜ私が魔法が使えているかと言うと、それにはあるきっかけがあった。私がこの世界に来て数日後、いろいろ荷物を運んでいる時に「もっと力が強くなればいいのに。ファンタジー漫画によくあるバフみたいに」と思った。すると、いきなり荷物が軽くなったのだ。まるで何も持っていないかのように。それを魔法だと確信した私は、屋敷にあった魔法についての本を読み漁り、練習して独学で身につけた。そして、今のように空を飛べるようになったのだ。まあ独学なので、この世界にない魔法を作り出してしまったのかもしれないが、誰にも教える気は無いのでよしとしよう。


そうこうしているうちに、城に着いた。レイラスは速さか怖さか、放心しているようだ。私は城を俯瞰するために空中で止まる。城は何故か臨戦体制で、たくさんの騎士が集まっていた。

困ったな。これでは国王に会えない。

私は城全体を見てみる。すると、メイドが掃除している部屋の窓が一つだけ開いていた。


「よし。レイラス、スピード上げるわよ!」

「へ?うわぁ!!」


レイラスに一言断ってから、その開いている窓へ向かって一直線に突撃する。そこから城の中へ入って廊下を先ほどと同じスピードで飛び回る。


「透視!」

「なんですかその詠唱!」


放心から復活したレイラスにツッコまれてしまう詠唱をしつつ、壁を透視して国王を探す。

すると、案外すぐに見つかった。

私はそこへ向かってあまり広く無い廊下も箒で飛びながら行く。

そして、国王の部屋の前に着いたが、目の前にはたくさんの騎士たち。


「どうしましょう……。」

「そんなの簡単よ。突っ込むのよ!バリア!」

「だからなんですかその詠唱!」


目の前に半透明のバリアを出して、ものすごいスピードで騎士たちに突っ込む。

そのまま吹っ飛ばされる騎士たちを横目に、腰を抜かした国王の目の前にくる。そこでようやく私とレイラスは箒を降りた。


「な、なんのようだ……!」


恐れ慄いた様子の国王。

しかし全く私の心は動かない。だって、初対面の私に結婚申し込んで反抗したら屋敷に閉じ込めたクズだし。


「国王さん?あの屋敷に閉じ込めといて仕事もその屋敷の管理もやれってずいぶんおかしなこと言ってるのわかってる?しかも、その仕事の量ったらひどいわよ?全て重要機密書類だし。私が悪用しないって思ってたならずいぶんとおめでたい頭ね?それに、聖女である私がこっちに来てからこの国は特に政策を変えたわけでも無いのに急激に成長したようね。と言うことは聖女の伝承は本物だったらしいわ。そんな聖女にこの国にいて欲しいのだったら、やっぱりそれ相応の対価というものがなければダメだと思うの。だって、隣国の人たちに会いに行ったら、この国よりもはるかに高待遇で迎え入れてくれるって言ってたわ?どうなっているのかしら?今からこの国を出て隣国に行くのもアリだけど。」

「そ、それは……。」


そう、私は国からの仕事を辞めている間、箒で隣国へ行っていたのだ。そこでこれまでたくさん貯まっていたお給料で食料や生活必需品を購入していた。ついでに隣国が困っていることに対して助言し、一儲けもしている。そして、何故私が聖女についてよく知っているかというと、とてつもなく感謝されている隣国から教えてもらったのと、この国から押し付けられていた書類仕事に色々載っていたのだ。


その聖女の伝承というのは、三百年前より昔、この世界中の国々は異世界から聖女を呼んでいたというもの。聖女召喚は一方通行で、元の世界には帰れないのだそう。ちなみにその異世界というのは日本だったらしく、そのおかげで世界共通の言語は日本語なんだとか。民衆は異世界からいたいげな少女を強制的に呼んでいたというのは知らず、聖女というのは神の使いと思われていた。そして、聖女の力は、その国にいると不思議な力で国を繁栄させてくれるというものだ。聖女召喚は三百年前の聖女たちが実力行使や猛抗議でその年に廃止された。しかし、この国は世界的に廃止された聖女召喚をやってのけたのだ。このことはもう隣国に伝わっているので、この国の未来は危うい。

まあ国がさらに危うくなるなんてこと、この国王に伝えるつもりは毛頭ない。せいぜいこの腐ったお上たちは滅べばいい。一応この国が路頭に迷ったとき、この国の民たちは隣国で保護してもらうことになっているので、安心して破滅へ向かってもらおう。


「どうするの?国王さん。まあ、今からでも間に合うけど?」

「……わ、わかった。何が望みだ。なんでも言え。」


酷く怯えて腰を抜かしている国王。それでも高圧的な態度が変わらないのは育ちが故か本人の性格故か。

国王のことを考えるという時間が勿体無いのですぐに考えを切り上げて、私の望みを国王に言う。


「まずは仕事を一切押し付けないこと。それからお給料を上げること。もちろん今よりももっと上げてちょうだいね。あと、屋敷からも出られるようにすること。」

「それでは、逃げてしまうではないか!」


私が話している間に口を挟んでくる国王。と言うか逃げるってどう言うことだよ。まず逃げるって表現からおかしい。


「それは私たちの自由でしょ?あ、それとあの配達員はもうよこさないでね。」

「……それだけか?」


意外と拍子抜けしたらしい国王。

正直、私の願いはこれだけだ。と言うか、いつか隣国に行くつもりなのでこの国に願うのが無意味というのもある。


「レイラスは?何か国王にお願いしとく?」

「えっ!」


自分に話しかけられるとは思わなかったと言わんばかりのレイラス。


「……あの、俺のお給料は、ちゃんと家に払われていますよね……?」

「一応、払っている。」


レイラスはこんな時まで自分のクズ実家の心配をしているのか。少し前に実家の様子を聞かせてくれたが、だいぶひどい家族だったので、まだレイラスがその家族に囚われていないか心配になっていたが、明らかに囚われていそうなのでどうにか縁を切らせることはできないのかと考えを巡らせてしまう。


「レイラス!!」


途端に誰かわからない男性の大声が後ろから聞こえた。それと同時に、レイラスの方が大きく跳ねて顔が青ざめる。後ろへ振り返ると、貴族風の紳士服を見に纏った、イケおじをだいぶ太らせたような人がいた。よく見ると瞳の色がレイラスに少し似ている。


「何をしているのだ!せっかくお前の役割を見出してやったのに、聖女と一緒になって国王陛下に反抗するなんて!おい、レイラス。家に戻ってこい。聖女の補佐なんてしなくていい。どうせ、お前は家から逃げられないんだから。」


あまり聞きたくない罵詈雑言と共に飛んでくるその言葉に、レイラスは完全に恐怖して、手が震えている。私はそんな彼の手をそっと握る。少しでも怖さがなくなればいいと思って。


「あなた、レイラスのお父様のキルシュラー子爵?」

「そうだ。お前が聖女だな?うちの面を汚しやがって。お前は使えると思ってレイラスをよこしたのに飛んだ期待外れだ!」

「別にあなたの期待なんて求めてないわよ。まあそれは置いておいて、レイラスを怖がらすこと、やめてくれないかしら。」


なるべく毅然と言って見せる。

私の大切なレイラスを苦しめた彼の父なんかに何を言われても痛くも痒くもない。でも、こう言うのは最初が肝心なのだ。


「怖がらす?そんなこと私はしていない!当然のことをしているのだ。」

「あー……。話通じないタイプね。わかった。」


私が口論している間も尋常じゃないぐらいレイラスの手は震えている。顔もとてつもなく青白い。

硬く握られた手。痛々しいほど噛んだ唇。おそらく少し血が滲んでいるのだろう。

一刻も早く、レイラスをここから離れさせなければ。


「とりあえず、国王。一応私たちの願いは今のところこれだけだから。追加したくなったらまた言うね。」


私は矢継ぎ早に言って、レイラスを箒に跨らせ、彼の前に私も跨り、すぐに魔法を発動させる。


「おい、聖女よ!待たぬか!」

「レイラス!家へ帰ってくるのだ!お前なんか誰にも、聖女にも必要とされてない!」


何やら叫んでいるがお構いなしだ。私はサッサと箒を浮上させ、スピードを上げて窓から城を出た。上空を飛んでから少しして私はレイラスに声をかけた。


「レイラス、大丈夫?」

「……は、い。」

「それ、大丈夫じゃないやつ……。」


チラリと後ろを見たが、やはりレイラスの顔色は良くない。なんと言うか、箒から落ちそうなぐらい体調が悪そうだ。

心配なのでなるべく早く屋敷へ着きたいのだが、スピードを速くすると本当にレイラスが落ちてしまいそうだ。

そんな葛藤をしているうちに、屋敷に着いた。レイラスが箒から振り落とされないように、慎重に屋敷の庭に箒を着陸させる。箒から降りるがどちらも声をかけない。二人無言で屋敷に入っていき、玄関の扉を閉めた時、私はようやく口を開く。


「あのクソ野郎の言葉なんか、聞かなくていいからね。」


レイラスの表情はやはり暗い。顔色の悪さは少しマシになったように見えるが、瞳には恐怖が滲んでいる。

私はなんとかレイラスを元気づけたくて、笑ってほしくて、彼の身体をそっと抱き寄せる。ぴくりと彼の肩が跳ねたことがわかった。私は彼の背中を撫でる。


「大丈夫、大丈夫。ここにはレイラスを罵倒する人はいない。レイラスを害する人はいない。だから、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。」


幼子をあやすように優しく優しく言葉をかける。こうしないとレイラスが本当にあのクソ親の元へ行ってしまいそうだったから。何度も何度も「大丈夫」と言って出来るだけ安心させようとした。

何分ほどそうしていただろうか。わからないけれど、ようやくレイラスの瞳に恐怖の色がなくなった。

ホッとしてレイラスの身体を放す。

途端にレイラスの表情が曇った。


「サクラコさんは……。誰にでも、こうやって抱きしめるのですか……?」


不安そうに、慎重に、まるで自分はこれから拒絶されるのだというように、レイラスは聞いてきた。

彼のその痛々しい表情に心が締め付けられながら、私の気持ちが伝わりますようにと願いを込めて返事をした。


「私がこんなことするのはレイラスだけよ。」


ハッとしたように顔を上げるレイラス。一瞬だけ表情が緩んだが、すぐに苦悶の表情に変わる。


「そんなこと……。そんなこと言われたら、期待してしまいそうじゃないですか……。」


無意識かもしれないが、悲しみを表現するレイラスの表現。

本当に彼は私があなたに気がないと思っているのだろうか。鈍感にも程がある。


「期待しても、いいよ。」


勢いよく上げられたレイラスの顔は驚愕を表現していた。数秒ほど目を閉じて、深呼吸をした彼は、覚悟を決めたように口を開き、声を震わせた。


「お、俺は……、サクラコさん、が、す、好きです……!こうやって、俺が苦しんでいたら抱きしめてくれるところとか、いつも明るいところとか、努力家なところとか、本当に……、大好き、です……。」


レイラスは、顔を真っ赤にして、手を震えさせて、瞳にはほんの少しの恐怖をにじませて、告白の言葉を口にした。


「私も、レイラスが好きだよ。いつも穏やかなところとか、さりげなく私を助けてくれるところとか、いつも頑張っているところとか、大好きだよ。」


それを言葉にした瞬間、スッと空気が和らいだような気がした。ようやく、いつものこの屋敷に、でも少しは変化したような空気。少しむず痒いが、悪くは無かった。

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