補佐
ここへきて早数ヶ月。
さらに仕事が増えてもっと難しくなってきた。それでも社畜をしていた私にとっては赤子の手をひねるような物だ。しかし、量が増えたことは事実なので、前より時間が掛かるようになった。おかげで、この世界に来て趣味になった畑仕事の時間が減ってきていた。
チリンチリーン
呼び鈴が鳴る。
この屋敷を訪ねるのは一人しかいないので、最初のように不審がるわけでもなく、仕事の書類を持っていって対応する。
「やあ、聖女様?今日もご機嫌麗しゅう。」
「はいはい、こんにちはー。これ仕事。ちゃんと届けてね。」
私は相変わらずの配達員に呆れながら仕事の書類を渡す。それを受け取った配達員は大事そうに袋に入れて荷馬車に乗せた。
「あぁそうだ。こないだ聖女様が言ってた補佐が来てます。」
この間、配達員にボソッと、仕事で手一杯なのでせめて補佐が欲しいと言ってしまったのだ。それをがっつり聞いていたらしい配達員が上に伝えたのかもしれない。
「え……。だいぶ早いわね。こちらにも、準備というのがあるのだけど。」
「早いほうがいいかなと思いましてぇ。」
薄ら笑いで言ってくる配達員。この軽薄そうな雰囲気に、私は仲良くなれる気がしない。
「とりあえず、補佐の人来ているので、よろしくお願いしまーす。」
そう言い残して、荷馬車から、補佐と思われる焦茶色の髪にベージュの瞳の美人な男性を降ろし、配達員は荷馬車を引きながら馬で帰っていった。
取り残された美人さんは、落ち着きがなく、キョロキョロと辺りを見渡していた。
「えっ……とー。屋敷、入る?」
「は、はい……。」
気まずい空気の中、なんとか美人さんに喋りかけることに成功する。が、それ以外の話題が見つからない。どうするべきか。
屋敷へ向かいながらそんなことを思っていた。
そうこうしているうちに、屋敷に着いてしまった。そのまま屋敷のドアを開け、美人さんを中に入らせ自分も入る。何をすれば良いのか、何も説明をされていないのでわからず、エントランスに二人して突っ立っている。沈黙を割るように、少し大きな声で美人さんが話しかけてくる。
「あ、あの!えっと、住み込みで働かせてもらえるって、聞いたんですけど……。」
初耳である。と言うか何も聞かされていないのだから当然か。しかしここでそんなこと聞いてないと言っても話が進まないので、一旦それを飲み込んでおく。
「そう、なんだ。へー……。ちなみにお給料とかってどうなってるの?」
「全て家に払われていると思いますが……。」
出稼ぎということだろうか。
少し疑問が湧いてくるが、そこまで聞ける仲ではないと思い直し、面接のような物をしてみる。まぁ、上の方で選抜されてきた人かもしれないけど。
「名前は?」
「レイラス・キルシュラーです。」
「私は結城桜子よ。こちら風に言えばサクラコ・ユウキかしら。何歳?」
「二十歳です。」
「できることは?」
「家事と屋敷の管理とかです。」
「得意なことは?」
「えーっと……。」
言葉に詰まるレイラス。気まずそうに視線を彷徨かせる。
「……じゃあ、苦手なことは?」
「最近だと、瓦礫を運ぶことですかね。前は軽々できてたんですけど、重いものとかを持つと、うまく歩けなくなってしまって……。すみません……。」
瓦礫運び?と思ったが、スルーだ。
しかし、家事や屋敷の管理をしてもらえるのはありがたい。というか、おそらく出稼ぎのような感じでこちらへ来たのに採用しないと言って帰らせるわけにもいかないので採用することにした。
「採用。じゃあ、案内するね。」
「あ、ありがとう、ございます……!」
感極まった様子の彼に屋敷を案内する。ところで、彼の部屋はどこがいいだろうか。どうせなら、日当たりが良いあの部屋にしよう。
「ここがレイラスの部屋ね。」
一度屋敷内の設備などを案内した後、レイラスのものとなる部屋の扉を開けて中へ入りながら言う。
「一通りの家具は置いてあるけど、気に入らなかったら私に言って。多分用意できると思う。」
「い、いえ!こんな素敵な部屋、俺にはもったいないです。」
さっきから会話してておもったのだが、レイラスは結構自分を卑下するきらいがある。そこまで自分を下げなくてもと思ってしまうのだが。
「この部屋、嫌かしら?」
「嫌ではないです。むしろ俺なんかには勿体無いと思います……。」
「嫌じゃないならいいじゃない。それで、この部屋には衣装部屋もついてるから、好きに使って。」
「わ、かりました。」
納得いかないようなレイラス。
そんな彼をお構いなしにこれから彼にやってもらう仕事内容を言っておいた。
「仕事内容は一通り言ったかな。それじゃあもう今日は休んでいいよ。」
「え、今日の仕事は……。」
「なしなし。来て初日に仕事しろって結構キツくない?だからなし。」
「か、かしこまり、ました……。」
レイラスの動揺が見て取れる。しかしそんなに驚くとは。この世界の労働基準がそんなものなのだろうか。私は引越し初日で仕事させるような上司にはなりたくないのだ。
そんなことを思いながら書斎へ行き、仕事を始めた。
――――――
俺はダメな子だ。
ろくに魔法も使えず、剣術もダメ。子爵家の男児としての勤めは何もできなかった。だから、親は兄ばかり構った。何もできなさすぎて、駒としても使えない俺を見捨てたのだ。
まあ、見捨てたと言っても、屋敷の管理や家事、家族の身の回りの世話をすることを条件に屋敷には置いてくれたが。
屋敷にある食料や衣服、お金などは使ってはいけなくなったので、必至で仕事を探した。瓦礫運びでもなんでもやった。なんでもやりすぎて少し前から身体にガタが来ているが、それを無視して働いた。そうでもしなければ本当に死んでしまうから。こんな状況でも、死にたくはないのだ。
俺が屋敷のことなどをするようになるりしばらく経つと、親は使用人を雇わなくなった。そして、浮いた金で豪遊しだした。
使用人の人たちがいなくなってからは、当たり前だが俺の仕事量は一気に増えた。
広い屋敷を一時間ほどで綺麗にしなければ、家族に文句を言われ、鞭を振るわれる。家族の顔色を見て、その人が食べたいものを作って出さなければまた鞭を振るわれる。
全てを完璧にしなければ、家族はすぐに鞭を取り、俺に振るった。
そんな生活に慣れてしまい、なるべく完璧にこなせるようになった頃、父からこう言われた。
「国の要人の補佐をしろ。上手くやれたら、まあ今の状況を考えてやらんこともない。」
俺はその言葉に飛びついた。
普通になれるかもしれない。貴族じゃなくていい。家族の言いなりで、ひとときも休息がない生活ではない、普通の生活に変われるかもしれない。そう思うと、居てもたってもいられず、すぐに荷物をまとめてその国の要人とやらのところへ行った。
国の要人基サクラコさんの元へ来てから、とにかく平和だった。三食寝床付きでしかも、屋敷にある本は読み放題。屋敷には魔道具がたくさんあるから家事も楽。屋敷の管理と言っても何か大掛かりなことをするわけでもない。もちろん休息もある。というかありすぎるぐらいだ。サクラコさんが仕事を終わらすと、毎日二人で畑仕事をしたり、一緒に夕食を作ったりしていた。生まれて初めて心から幸せだと思った。
そんな俺に、初めての感情が芽生えた。俺に幸せを教えてくれたサクラコさんが好きだと思ってしまったのだ。人に好意を抱いたことなんて一度もない。とても戸惑ったが、この気持ちがなんだか暖かくて、優しくて、スッと受け入れることができた。
最初こそ自分の状況を変えたいという打算からここへ来たが、今ではここから離れたくない。なんと言ってもここにはサクラコさんが居るから。




