異世界転移
休日の早朝、心の中でクソハゲと呼んでいる部長から、呼び出しの鬼電をくらい、会社に行かなくてはいけなくなった私は家を出ようと玄関のドアを開ける。
また休日出勤か。しかも今日で三十歳の誕生日なのに。ご褒美の一つもない。
イライラしつつも部長には逆らえない自分に呆れつつ、気合を入れて外に出たそのとき、目の前から真っ白な強い光がきた。それに驚いて、思わず尻餅をつき目をギュッとつぶる。目を突き刺すような光が数秒ほどで収まると、恐る恐る目を開けた。そこには白いローブを深く被り顔が見えない人たちが私を円になるように取り囲んでいて、小声で「成功した」と言っていた。
「……え?」
思いっきり困惑する。しかしこのままではいけないと周りを見渡すと、白いローブの人たちが小さな音量で先ほどとはまた別のことを喋っていることに気づいた。
「あれが……、聖女……。」
そんな声が今やどこからも聞こえてくる。
一体聖女とはなんなのか。そもそもこのいきなり知らない場所へ来るという怪奇現象はドッキリなのではないのか。ドッキリだとすればタチが悪い。それに、一般人にするにはいささか大掛かりではないだろうか。なにもわからなすぎて下を向いてしまう。すると、自分の身体、というか特に手とハラハラと落ちた髪に違和感を覚えた。私の今の髪の長さはショートだ。それに、ここまで伸ばしたのは高校生の時ぐらい。そして、明らかに手が若返っているのだ。もしかしてと思い、カバンから手鏡を取り出して自分の顔を見る。案の定、十代後半ぐらいまで若返っていた。
若返りすぎているので、特殊メイクとも思えない。この現象がなんなのか、何もわからない。
疑問はたくさん湧いてくるが、湧きすぎて何一つ声に出せずにいた私のもとに、とても豪華な、というか成金のような衣装と、王様のような冠を見に纏った中年の男性がこちらへやってきた。
「よくぞ来てくれたな、聖女よ。」
やはり色々とわからなすぎて、声に出せない私に男性はなぜか気をよくしたのか上機嫌でペラペラと喋り出す。
「何もわからないだろうから説明してやろう。お前は聖女と言って、いるだけでその国に繁栄をもたらす女だ。我が国はまともに税を納めない愚民どもによって、窮地に陥っている。聖女よ、国王である我が妻となり、国を支えてくれ。」
「え、普通に嫌なんですけど。」
最後に聞き捨てならない言葉を聞き取ってしまったので、ここに来て初めてまともな言葉を話した。ちなみに、私がようやく声を出せた理由は、このクソハゲ部長によく似た国王の妻になるのが嫌すぎたからだと思う。
「何をいう!この国王であるわしの求婚を断るとは!騎士よ!この女をとっ捕まえろ!」
大きな声で叫ぶ激怒した様子の国王。狼狽える暇もなく隅の方から、ゴテゴテとした装飾がついた鎧を身につけた人たちがやってきて、私の脇を抱える。そして、そのまま王城と思われる大きな城から出て、質素な馬車に私を連れ込んだ。慣れない馬車に私は心の中で不満をつらつらと並べて不安を解消しながら、両端に座った騎士と共に揺られること数分、先ほどの城と比べものにならない、随分とこじんまりとした屋敷についた。そのまま、私は屋敷の中に放り投げられ、その哀れな私の姿に満足したのか、騎士二人は帰っていった。
「……え?」
これまでの展開がスピーディーすぎてついていけいない私。
しかし、このままでは何も進まないのでこれを機にじっくり整理することにした。
まず、私はクソハゲ部長に呼び出されて休日出勤しようと家を出たら、とても強い光が襲ってきて、気づいたらあの白ローブの人たちに囲まれていた。これは、異世界召喚なのだろうか。ドッキリとは思えない。
少し整理すると、だんだんわかってきた。
国王と白ローブの人たちが言ってたことを信じるのなら、おそらく私はラノベの設定などでよくある、聖女としてこの世界か国かに召喚されたのだろう。そして、求婚してきた国王に口答えして怒りを買い、この屋敷に連れて行かれた。
ここまで整理して、私はやっとことの重大さに気づいた。別世界に召喚されたということは、元の世界のように身分があるわけでもお金があるわけでもない。つまり、ここを出ても当てがない。しかも、ここに留まったとしても生活に必要なものがあるのかもわからないし、あったとしても、供給されなければ生きていけない。
私は、フラフラと近くにあったソファに倒れ込む。もうキャパオーバーだった私は、そのまま眠りに落ちてしまった。
――――――
寝て起きても状況は変わらなかった。
夢じゃなかったと唖然としていたが、このまま野垂れ死ぬわけにも行かないので、屋敷の中を探索する。屋敷の中にはエントランスを中心に、一階には、大したものは入ってない倉庫とバスルーム、その近くにキッチンとダイニング、二階には、大きな寝室が三部屋と書斎、それから図書室のような部屋があった。私は一旦情報収集のため、図書室で本を読み漁ることにした。
図書室には様々な本が置いてあった。物語なども少しはあったが、それよりたくさん置いてあったのは、実用書だ。農業の本や領地経営の本、庶民の暮らしの本など、元の世界にもありそうな本から、魔法の本や神話の本など、この世界にしかない本もたくさん置いていた。もしかしたらこの屋敷は何か偉い人の屋敷だったのかもしれない。
というかこの世界、魔法があるのか。いつかやってみたい。できるかはわからないけれど。
私は何から読めばいいのかわからなかったが、とりあえず庶民の暮らしについての本から手をつけることにした。
たくさん本を読んでわかったことといえば、この国の文明は魔法のおかげで結構進んでるらしく、家電のようなものがこちらの世界にもあるということだった。あまりに得た情報が少ないが、この国の一般常識がたくさん書いてある異世界人向けの本など都合よくあるはずもなく、結局今欲しい情報の中で、得たものはそれだけだった。
それでも本がいっぱいあったおかげで、少しは情報収集ができた。
しかし、そろそろ何か食べないと餓死しそうだ。
今度は食料を探すため、重い玄関扉を開けて庭に出てみた。庭には小さめの畑があり、ちょうど野菜が実っていた。元の世界とあまり変わらない野菜たちに安堵しつつ早速それを少し収穫し、キッチンに持っていく。蛇口っぽいところを捻って水を出し、野菜を洗う。そこから、この世界の家電である魔道具に、四苦八苦しながら使いつつ、料理をする。
こっちにきて初めての食事は調味料がないので無味の野菜炒めだ。
食べてみたがまあいけなくはない。あまり面白みのない食べ物だが、久々の食事だからか、一人で寂しいのか、食べていると涙が出てきた。
「うぅ……。っ……グスっ。」
正直あまり元の世界に未練はない。親は私にあまり関心がなく、学業のためのお金は出してくれるが、それ以外は放任していた。大学を出て、やっとの思いで就職した職場はブラックもブラック、ベンタブラックな会社だった。安月給で残業上等休日出勤上等の職場に辟易していたが、転職という勇気は出なかった。友人たちも、私の仕事が忙しすぎて遊ぶ時間が取れないと自然と離れていった。なのであまり元の世界に執着も心残りもないのだ。そんな元の世界でも、帰れなくなると泣けてくるものなのかもしれない。
涙の味が混じったのか、一気に味がついてしょっぱくなった野菜炒めを色々と思い出しながらなんとか食べ切り、涙をスーツの袖で拭いた。そのとき、ふと気づいてしまった。
私、昨日お風呂入ってない。
そう思った瞬間、身体がベタベタして気持ち悪いように思えた。
先ほどまでの傷心具合から一変してとにかく風呂に入りたくなってしまった私は、すぐにバスルームへ行く。シャワーのような魔道具があることにほっとしつつ、全てを洗い流そうとする勢いで風呂に入った。
風呂から上がった時にはもう外は真っ暗。備え付けられていたバスタオルで体を拭き、これまた備え付けられていた精神アラサーにはきつい実に可愛らしいパジャマを着る。探すと出てきた歯ブラシで歯を磨きながら月が二つある真っ暗な空を見上げていた。
本当に異世界に来てしまったのかと実感しつつ、寝る場所について思いを馳せる。
確か寝室があったのでそこで寝ることにしよう。
口を濯いでから寝室に行き、ベットに倒れ込む。
とりあえず、明日からは野菜を育てて自給自足生活だろう。
そんなことを思いつつ、私は深い眠りに落ちた。
――――――
異世界にきて三日目。
疲れていたのか昼前に起きた私は、寝室に繋がっている衣装部屋からシャツとスラックスを取り出して着る。そして、エントランスに向かった時、呼び鈴のような音が屋敷中に響き渡った。
なんだこれは。もしかして、インターホンなのか?
玄関の方に出てみても誰もいない。ならばと庭を抜けて正門の方へ行ってみる。すると、人影が見えた。そちらに近寄ってみると、やけにキラキラした服を見に纏った短髪の男性がいた。
「ど、どちら様?」
「これはこれは聖女様。ご本人に会えるなんて、僕は幸運だなぁ。」
名乗りもせず、半笑いで言う男性にイラッとしつつ、要件を聞く。すると、やはりヘラヘラとした態度で返ってくる。
「聖女様に、食料と仕事をお届けしようと思いまして。こちらの荷馬車を庭へ置いときますから、中身、運んでおいてくださいね?俺は馬で帰りますので。それでは。」
「はあ。」
男性は、それだけ言い残すと馬で帰っていった。
優しさのかけらもない男性に苛立ちを通り越して呆れながら、届けられた大事な食料を倉庫や冷蔵庫に運び込む。
最後に、あの配達員が言っていた仕事と思われる書類が入った袋を書斎に運び込み、作業は終了だ。とりあえず配達された食料から昼食を作り、行儀が悪いのはわかっているが、書斎に昼食を運び、食べながら書類が入った紙袋を開く。そこには、がっつり平仮名だけで書かれた、ルールブックのようなものと、簡単な計算や少し文を考えるだけで終わる仕事があった。文字が平仮名だったことに安堵しつつ、まずはルールブックをみる。ページを開くと、これからこの屋敷で暮らすにあたっての説明がびっしり書かれていた。
一つ、毎日配達員を向かわせるから、新しい仕事と引き換えに、できた仕事を渡す。
二つ、この屋敷の敷地内から出ない。外には騎士がいるから出たら捕まえて厳格に処罰する。
三つ、食料や生活にいるものは配達員が週一で渡す。
四つ、必要なものは配達員に言う。用意できないものもある。
五つ、報酬は月一でお金を用意する。そのお金を払えば用意できるものもある。
六つ、屋敷の手入れなどは全て自分でする。
その他にもいろいろと事細かに書かれていた。とりあえず大体、納得はしてないが把握はしたので、次は仕事の書類をみる。ものすごく簡単な仕事だ。早速暇なので手をつけてみる。やり始めると早いもので、食べながらでも1時間ぐらいで大量にあった仕事は終わっていた。
というか、ここに閉じ込めて屋敷の管理もさせて、その挙句仕事を押し付けるなんてなんたる所業。そんなんだから聖女呼ぶまで国が廃れるのだと思う。




