いくら丼を科学する~他人から奪って食べるいくら丼は美味いか!?美味いに決まってんだろ!~
「お帰りなさいませ!」
僕が帰宅すると、京子は玄関で正座していた。エプロン姿でにこにこと微笑んでいる。
「ああ、ただいま。どうしたの、随分と改まっちゃって」
「だって今日は大切な日でしょう? うふふ」
京子は立ち上がると、いそいそとダイニングの方へと歩いて行く。
「そうそう。今日の夕食はいくら丼だったよな。
朝から楽しみにしていたんだよ!
いやぁ、ふるさと納税で奮発しちゃったなぁ」
僕はわくわくとした気分で食卓につく。
ほどなくして、京子がトレーに乗った丼を運んできてくれた。
ことり。
置かれた青色の丼の中には、炊き立てであろう艶やかな白米。ほくほくと淡い湯気を立てながら、食欲をかきたてる。
「……ん?」
僕はもう一度、丼の中を見た。
ぎっしりと白米が敷き詰められている。白米オンリー。
「いくら丼よ。さあ、召し上がれっ!」
京子は笑顔で食事を促す。
「あはは、美味しそうだなー、いただきまーす!!」
僕は和やかな雰囲気に流されて箸をとったが、食べる直前で正気に返った。
「って、違ああああうっ!!!!」
「きゃあ!? びっくりした……ど、どうしたの?」
「いやいやいや! びっくりしたのはこっちだよ!
なんで白米しかないの?
いくらは? いくらちゃんは?
真っ赤な可愛いあの子は何処に!?」
「酷いわ! 私以外の子を可愛いだなんて……!」
「誤魔化されないよ?
そのノリでは誤魔化されないからね??」
「ちっ……、こ、これは、いくら丼よ!!」
「どこが!?
この世の何処に、いくらの乗っていない『いくら丼』があるの!」
「冷静に考えてみて、海斗。
まず、器から零れ落ちる程にいくらが乗せられた白米。
これはいくら丼よね?」
「ああ、そうだな」
「次に、適度にいくらが乗せられた白米。
これもいくら丼よね?」
「まあ、そうだな」
「では、ちょっとだけいくらが乗せられた白米。
これも立派ないくら丼でしょう?」
「う、うーん……、まあ、そう、かな……?」
「なら、器にいくらが一粒乗せられた白米。
これだっていくら丼と呼ばなければ、いくら丼差別だわ!」
「いくら丼差別って何??」
「最後に、いくらが乗っていない白米。
これだって多様性の観点から言えば、いくら丼よね??」
「白米だよ!!!」
「なんで! 海斗のわからずや!」
「自分で『いくらの乗ってない白米』って言っちゃってるじゃん!」
「とにかく、これはいくら丼です!!
私がそう決めました!!」
机に置かれたドンブリご飯を指さして、京子は主張した。
そのあまりに頑なな態度に、僕は頭を抱えた。
「ま、まって、本当に、一体どうしてこんなことに……?」
長い沈黙が流れた。やがて、京子はもじもじしながら呟いた。
「……ちゃった」
「えっ?」
「……美味しすぎて、全部、食べちゃった……」
「ええええっ!?」
衝撃の事実。
いや正直、そんなことではないかとは思っていたけれど。
「最初は海斗の分を、ちょっとだけ貰おうと思ったの」
「まあ、その時点でおかしいけど、聞こう」
「均等に二人分盛り付けた後、器から零れ落ちている分を貰って……」
「うん」
「それから、もうちょっといけるかなって貰って……」
「う、うん……?」
「かなり少なくなっちゃったから、形を整えながら貰って……」
「何で減らした……?」
「最後、残り数粒になったから、もうあってもなくても一緒かなって思って貰って……」
「いくら丼差別だよね??」
「最終的に、ご飯まで美味しく頂きました……」
「綺麗に完食して偉い!」
「うええええんっ、ごめんなさあああいっ!!!」
京子はしくしく泣きだした。
彼女は本来、他人の食事を奪い取るような人間ではない。
だからきっと、自分の犯した罪の重さに混乱して、このような奇行に走ったのだろう。
彼女もまた、いくら丼の悪魔的な美味しさに魅入られた被害者ということか――。
「はあ……」
僕は溜息を吐くと、立ち上がる。
「えっ、海斗、どこにいくの?
もしかして本当に怒っちゃった? 呆れちゃった?
ごめんね、そうだよね、海斗も楽しみにしていたのに――」
「行くぜ」
「えっ……?」
「今からでも、まだ間に合う」
「……??」
「くら寿司!!」
くら寿司は回転ずしにしては夜遅くまで営業している優良店舗。しかも、いくら丼も置いてある!!
「海斗!!」
こうして僕たちは仲直りして、たらふくいくら丼を食べた。
京子は食べ過ぎてお腹を壊した。
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