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いくら丼を科学する~他人から奪って食べるいくら丼は美味いか!?美味いに決まってんだろ!~

作者: 霧原いと
掲載日:2025/09/18

「お帰りなさいませ!」


 僕が帰宅すると、京子は玄関で正座していた。エプロン姿でにこにこと微笑んでいる。


「ああ、ただいま。どうしたの、随分と改まっちゃって」


「だって今日は大切な日でしょう? うふふ」


 京子は立ち上がると、いそいそとダイニングの方へと歩いて行く。


「そうそう。今日の夕食はいくら丼だったよな。

 朝から楽しみにしていたんだよ!

 いやぁ、ふるさと納税で奮発しちゃったなぁ」


 僕はわくわくとした気分で食卓につく。

 ほどなくして、京子がトレーに乗った丼を運んできてくれた。


 ことり。


 置かれた青色の丼の中には、炊き立てであろう艶やかな白米。ほくほくと淡い湯気を立てながら、食欲をかきたてる。


「……ん?」


 僕はもう一度、丼の中を見た。

 ぎっしりと白米が敷き詰められている。白米オンリー。

 

「いくら丼よ。さあ、召し上がれっ!」


 京子は笑顔で食事を促す。


「あはは、美味しそうだなー、いただきまーす!!」


 僕は和やかな雰囲気に流されて箸をとったが、食べる直前で正気に返った。


「って、違ああああうっ!!!!」


「きゃあ!? びっくりした……ど、どうしたの?」


「いやいやいや! びっくりしたのはこっちだよ!

 なんで白米しかないの? 

 いくらは? いくらちゃんは?

 真っ赤な可愛いあの子は何処に!?」


「酷いわ! 私以外の子を可愛いだなんて……!」


「誤魔化されないよ?

 そのノリでは誤魔化されないからね??」


「ちっ……、こ、これは、いくら丼よ!!」


「どこが!? 

 この世の何処に、いくらの乗っていない『いくら丼』があるの!」


「冷静に考えてみて、海斗。

 まず、器から零れ落ちる程にいくらが乗せられた白米。

 これはいくら丼よね?」


「ああ、そうだな」


「次に、適度にいくらが乗せられた白米。

 これもいくら丼よね?」


「まあ、そうだな」


「では、ちょっとだけいくらが乗せられた白米。

 これも立派ないくら丼でしょう?」


「う、うーん……、まあ、そう、かな……?」


「なら、器にいくらが一粒乗せられた白米。

 これだっていくら丼と呼ばなければ、いくら丼差別だわ!」


「いくら丼差別って何??」


「最後に、いくらが乗っていない白米。

 これだって多様性の観点から言えば、いくら丼よね??」


「白米だよ!!!」


「なんで! 海斗のわからずや!」


「自分で『いくらの乗ってない白米』って言っちゃってるじゃん!」


「とにかく、これはいくら丼です!!

 私がそう決めました!!」


 机に置かれたドンブリご飯を指さして、京子は主張した。

 そのあまりに頑なな態度に、僕は頭を抱えた。


「ま、まって、本当に、一体どうしてこんなことに……?」


 長い沈黙が流れた。やがて、京子はもじもじしながら呟いた。


「……ちゃった」


「えっ?」


「……美味しすぎて、全部、食べちゃった……」


「ええええっ!?」


 衝撃の事実。

 いや正直、そんなことではないかとは思っていたけれど。


「最初は海斗の分を、ちょっとだけ貰おうと思ったの」


「まあ、その時点でおかしいけど、聞こう」


「均等に二人分盛り付けた後、器から零れ落ちている分を貰って……」


「うん」


「それから、もうちょっといけるかなって貰って……」


「う、うん……?」


「かなり少なくなっちゃったから、形を整えながら貰って……」


「何で減らした……?」


「最後、残り数粒になったから、もうあってもなくても一緒かなって思って貰って……」


「いくら丼差別だよね??」


「最終的に、ご飯まで美味しく頂きました……」


「綺麗に完食して偉い!」


「うええええんっ、ごめんなさあああいっ!!!」


 京子はしくしく泣きだした。

 彼女は本来、他人の食事を奪い取るような人間ではない。


 だからきっと、自分の犯した罪の重さに混乱して、このような奇行に走ったのだろう。


 彼女もまた、いくら丼の悪魔的な美味しさに魅入られた被害者ということか――。


「はあ……」


 僕は溜息を吐くと、立ち上がる。


「えっ、海斗、どこにいくの?

 もしかして本当に怒っちゃった? 呆れちゃった?

 ごめんね、そうだよね、海斗も楽しみにしていたのに――」


「行くぜ」


「えっ……?」


「今からでも、まだ間に合う」


「……??」


「くら寿司!!」


 くら寿司は回転ずしにしては夜遅くまで営業している優良店舗。しかも、いくら丼も置いてある!!


「海斗!!」


 こうして僕たちは仲直りして、たらふくいくら丼を食べた。

 京子は食べ過ぎてお腹を壊した。

お読みくださり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
拝読しました。 パクッ。これは……白米ッ!!
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