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異世界転生失敗した俺クン(こんがり)とマンモス大好き幼なじみちゃん

作者: 6969
掲載日:2025/10/31







 君は死んだことがあるだろうか。




 いや、哲学とかそういう問題ではなく。

 精神的なとか思い出が消えたらとか、人間関係が全くない人間はとか小難しいことではない。

 普通に物理的な死の方だ。

 そう、デッドオアアライブのデッドの方。

 包丁で刺されてとか、車に轢かれてとか、そういう結果に至る方の事だ。



 多くの人間はないと答えるだろう。

 まぁ、ない。

 だって死んだ人間はアンケートに答えられないし。

 九死に一生を得た場合はそもそも死んでいないし。

 当たり前である。


 だが、俺はこう答える。



 俺は死んだことがある、と。



 というか、一ヶ月前に俺は死んだ。

 確かに死んだはずである。

 そう、死んだ。

 死んだのだ、俺は。

 間違いなく、死んだ。

 もう、本当に言い訳しようもないくらいに完璧に死んだ。

 推理小説で真犯人が既に死んだように見せかける手法・・・・・・いや、トリックがあるが、それではない。

 勿論、叙述トリックみたいに誤読へ導く意志もない。

 そんなトリックなど挟まれる余地もないくらい、俺は完璧に死んだはずだった。


 何の変哲もない。

 世界を救うためだとか、子供や猫を庇ってだとかじゃない。

 お涙頂戴もの映画にありがちで申し訳ないのだが、病気になったのだ。

 若さ故に進行が速く、俺はあっという間に手遅れになった。

 そして、恋愛映画よろしく死の間際に好きな人に告白し、いい感じになって、俺はそのまま死んだわけだ。

 眠るようになんて表現があるが、端から見たらそう見えただろう。

 俺の気持ち的には眠るなんて穏やかな死ではなかったわけだが。

 緩やかに緩やかに身体が死に近づき、動かなくなる、意識はあるのに水中にあるかのようにぼんやりとしていた。

 時々叫び出したくなるような恐怖を思い出したが、多くの時間はただただ静かなものだった。

 物悲しいほどに、静か。


 まぁ、それは観客や第三者には関係ない。

 ただただ、何の変哲もなく、当事者達にだけは劇的に俺は死んだわけである。


 ともかくは俺は死んだ。


 葬式もした。

 葬式で俺の好きな人__学校のマドンナちゃんは涙ながらに凄まじい感動エピソードを話してくれていたらしい。

 後から聞いたら、大分身に覚えがないエピソードであったのは御愛嬌・・・・・・といってもいいのだろうか。

 死人に口なしとはよく言ったものである。



 でも、ありがちな展開にならなかったのはここからだった。



 俺は当然のように火葬されることになった。

 当たり前だ。

 死んでるんだから。


 海外では宗教的な観点から「復活」という考えがあるため土葬が多いが、日本では火葬が一般的だ。

 仏教が根深く、また狭い国土と人口密度の高さから土葬に必要なスペースの確保が難しい。

 更には遺体の腐敗に伴う感染症のリスクや衛生上の問題もある。

 そういった観点から、死ねばほぼほぼ百パーセント火葬される。


 土葬を禁止されている場所もあるし、私有地で土葬するのも違法だ。

 それは土葬ではなくただの死体の遺棄で、当然の如く犯罪なのである。


 そして、身内に後ろ暗いところも犯罪臭もしない俺は当然のように、役場から出された火葬許可書と引き替えに荼毘に付されることとなった。



 火葬。

 火葬中に遺体が暴れるという現象をご存じだろうか。

 これは本当にあった怖い話、というものではない。



 熱硬直、と呼ばれるものである。



 人体の約六十五パーセントは水分だ。

 その水分が火葬によって遺体から蒸発し、筋肉が収縮する現象。

 その現象によって遺体が前屈姿勢をとったり、腕が曲がることがある。

 遺体の火葬具合を確かめる為に覗いた人間が、その様を見て「生き返った」と考えてしまうのも不思議ではない。

 しかし、日本ではなくなってから二十四時間は火葬しないものだ。

 それ程の時間を経過した後に「生き返る」ということはない。



 だが、俺は生き返ってしまったわけである。




 都会では考えられないことかもしれないが、田舎では未だに台車式の火葬炉を使用している。

 燃焼後に遺骨が人体の形状に沿って残りやすい、収骨のしやすさが好まれる理由だろう。

 田舎ほど、儀式的、儀礼的なものが重要になる。

 しかも、火葬技師が内部の状況を見ながら、その都度温度調整をして焼かなければならないのだから、その苦労は察するに余りある。

 俺であれば、他人の遺体の焼き具合を見守るだけで病みそうなのに、目の前で熱硬直なんてされた日にはトラウマになるだろう。



 ちなみに、俺の暴れ具合も最初は熱硬直と思われたらしいが、田舎故に杜撰にも・・・・・・いや、思いやりにあふれて入れられていた缶ジュースを錯乱してブン投げた地点で「いや、これ熱硬直ではないぞ」とようやく気が付かれたらしい。

 職員さんは年輩の方と若い方がいたのだが、年輩の方は腰を抜かして「生きている人間を燃やしちまった・・・・・・」とずっと呟いていたらしい。

 若い方の職員が泣きながら火葬炉を止めて、ゲロをして、火葬炉を開けて、ゲロをしなければ俺は骨も残らなかっただろう。

 感謝せねばならない。

 燃やされたけど。

 ともかく、俺は火葬場職員さんの心に大きなトラウマを残して復活した。

 まぁ、火葬中に目を覚ました俺はトラウマどころではなかったわけだが。

 あと、俺と付き合っている・・・・・・はずだった学校のマドンナは卒倒したし、あれから全く俺に近寄ってこない。

 たぶん、彼女の心にも大きなトラウマを残した出来事だったのだろう。

 いや、仕方ないよな。

 死体が生き返っただけで吃驚ものなのに、火葬中のモザイク必須のものが生き返ったんだもんな。

 学校のマドンナだけでななく、母さんも俺から逃げたし、親父は腰を抜かして失禁した。

 ・・・・・・その態度が更に俺の心に大きなトラウマを残したのは言うまでもない。



 そして、休む間もなく、病院やら研究所やらを盥回しにされた。

 もう、扱いは珍獣・・・・・・いや、害獣・・・・・・ちがうな、化け物扱いであった。

 ・・・・・・まぁ、あんまり詳しく描写するとおえーってなるのでできないが、見た目が見た目だったしな。

 ともかく、この盥回しの間に残っているものを削いだり、欠けているものを補強し、俺は立派な人体骨格模型のような身体を手に入れたわけだ。

 ここまでしてもやはり化け物扱いではあったが、初対面で失神される可能性は大分下がった。

 そして、いろいろな加工(詳しくは聞いてない。何か怖いし)により腐臭もしなくなった。

 あと、ツルツルになった。

 本当にツルツル。

 何を塗っているかは知らない。

 腐った肉をぶら下げてボロボロな骨格をしている俺を見ていられなかったのか、人体実験(死体実験?)の一環なのかは知らない。

 けれど、俺自身はある程度清潔な身体を手に入れられたからいいかということにしている。



 とりあえず、半年の盥回しの結果、俺は再び実家に戻ってきた。

 ちなみに、親父は再び腰を抜かした。

 まぁ、失禁はしなかったのでセーフだ。

 人間は腰を抜かしてもスローなら中腰で歩けるらしい、ということをこの時初めて知った。

 本当にスローだったし、逃げてるのか発狂してその場で能でも舞っているのか判断に迷うくらいだった。



 まぁ、そういうわけで、俺、不二見ふじみ そうは蘇ったわけである。

 はた迷惑な話だ。

 一体何がどうして蘇ったのか、それは俺よりずっと頭がいいはずの学者先生達にも結局は分からなかったらしい。

 なんとかの定理やら法則やらなんちゃらかんちゃら言われた気がするが、俺には一切理解できなかったし、俺の両親も顎を落として聞いていた。

 頷くこともなく聞いていたので、俺の両親にだって理解できなかったのだろう。


「たぶんさ、異世界転生に失敗したんじゃない」

 それが我が幼なじみ、吉田よしだ 真昼まひるの言い分である。

 彼女は実に明確にポップに断言した。

 正直、言い切ってくれると学者先生達の言い分よりも頼もしく見えてしまう。

 これが科学に守られ進歩したはずの現在社会でも、様々な可能性を考慮する専門家先生より、根拠が怪しすぎる民間の何某先生が信奉され続ける理由なのだろう。

 言い切る自称専門家はまず疑え、これはここ最近__主に蘇ってから、骨身に染みて感じた事だが、やはり、強く断言するものに縋りたくなってしまうのは人間の性ってやつに違いない。

 これにあらがうのは中々骨だ。

 まぁ、俺にはもはや骨しかないわけだが。


 吉田 真昼、俺の隣に座る彼女の長い黒髪は癖一つなく腰まで伸びている。

 これは珍しいことだ。

 なにせ、この幼なじみの最近の趣味は巻き髪。

 それもただの巻き髪ではない。

 グルグル巻いた上に、フランスブームだかロココブームだかと言って頭上にオモチャの船だのなんだのを乗っけているのだから、とんでもないことだ。

 この間なんか刺さったネズミが動いたのですごい声をあげてしまった。

 まぁ、それは動くオモチャのネズミだったわけだが、俺はついに幼なじみの髪結いに巻き込まれた犠牲者(小動物)が出たのかと思った。

 このクソ田舎では大変に目を引きまくる存在となっていた。

 というか、俺も目を奪われた。

 この間だなんて、ぼろい日本家屋の我が家の天井に刺さっていたし。

 日本家屋の天井が幾ら低く、最近の日本人の平均身長が伸びているといえども、まさか髪の高さを盛って天井に刺さるなんて、この家を建ててくれた大工さんも考えなかっただろう。

 その髪が解かれて無造作に背中に流されているという事は、ようやく重力への反逆に飽きてくれたのだろうか。


「・・・・・・えぇっと、イセカイテンセイ?」

「知らないの?」

「知らない」

 素直にうなずくと、吉田 真昼がスマホを操作し始めた。

 まだの日の高い所にある縁側。

 もしも、俺に肉が付いていたのであれば、穏やかな日差しを感じて気持ちよくなっていただろうか、それとも煩わしく感じていただろうか。

 生前でさえ、ずいぶんと長い間病室に籠もっていたのでよく覚えていない。

 だが、ぽかぽかとした陽気が俺の骨に当たるのは存外悪くない気分になった。

 庭を興奮した我が愛犬が駆け回り、その向こうにふらふらと自転車で田圃道を進んでいた高山のジジイが「ば、化け物だー」と俺を見て叫んで田圃に落ちる。

 もう、今週だけで三回目である。

 俺の周りは俺の姿にある意味慣れきって、よくよく距離をとって終わりなのだが、認知症の彼はいつだって新鮮に驚いてくれるのだ。

 もう、此方の方がその昭和のコントみたいな驚き方に慣れてしまった。

 もしかすると、かつて高山のジジイは芸人を目指していたのじゃないかというのが最近もっぱらの噂だ。

 俺の中でだけだけど。


「最近のアニメとか漫画とか、ラノベとかによくあるアレだよ、アレ」


 吉田 真昼も慣れきってしまったらしく、高山のジジイを完全に無視した。

 というか、スマホから一切顔を上げていない。

 動じなさすぎる。

「アレと言われてもなぁ」

 俺は首を傾げた。

 骨格標本の身体のおかげで動作が軽い。

 軽すぎて、勢い余って横にひっくり返るかと思った。


「えぇっと・・・・・・今期はぁ~、うん。異世界に転生したらマンモスだったとか」

「はぁ!?」

 俺は今度こそひっくり返った。

「異世界に転生したらマンモスって何がどうなったらそうなるんだよ!?」

「異世界に転生したらそうなるんだよ」

「いや、ならないだろ。マンモスには!」

「じゃあ、何ならいいの?」

「何ならとかじゃなくて! ファンタジーすぎるって話だよ!!」

「いや、アニメの話だし。というか、現実で骨格標本になってる男が何いってんの?」

「・・・・・・ソレを言われると俺も弱いんだけどさぁ~」

 ひっくり返った身体を自身の腕(の骨)で持ち上げて体勢を立て直す。

「いやぁ、でも・・・・・・えぇ~」

 俺はないはずなのにまだ見えている(多分、深く考えてはいけない)両目に手(の骨)を当てて、自身の目(であった所)を隠す。

「うぅん・・・・・・」

 今度はひっくり返らないように首を軽くひねる。


「をん!!!」

 気合いの入った鳴き声が聞こえ、手を退けて其方をみる。

 勢いよく庭を駆けていた我が愛犬、アレキサンダーが此方に駆けてきていた。

 白い毛玉。

 いや、もこもことした愛らしいポメラニアンである。

「ぅをん!!」

 ちっちゃな身体に見合わないなかなかにドスの利いた低音を響かせながら駆けてきたアレキサンダーは、一切の迷いもなく俺の右足(の骨)に噛みついた。


「止めなさい、アレキサンダー」

「をををん!!」

「やめろやめろ、この馬鹿犬が」

「う”う”う”う”う”」

 振り払おうとするが全く離れない。

 完全に興奮状態である。

 蘇ってからアレキサンダーは俺のことを動く餌だと認識しているらしい。

 つまり、生前育まれたはずの友情は幻だったということだ。

 俺とアレキサンダーでは感動のペットとの友情もの作品は撮れそうにない。

 まぁ、俺の友人(笑)や彼女(笑)との関係も幻だった訳なので、感動のヒューマンドラマものは全般撮れないわけだが。

 あ、これは笑うところです。

 やけくそだけどな。


 足をブンブンと振り回し、アレキサンダーの小さな身体が空中をブンブンと飛ぶ。

 最近はこれが板に付きすぎて定番の芸みたいになってきた。


 一度、母に「アレキサンダーが噛んできて辛いからどうにかしてほしい」と相談したら真顔で「アンタの存在を?」と聞き返されてからは全てをあきらめている。

 息子への愛がなさすぎる。

 もしくは、愛犬への愛が強すぎる。

 序列ってやつをまざまざと見せつけられた。


「つまり、貴方は死んで、新しい世界でマンモスとして生まれ直す予定だったのが失敗して、この世界に生まれ直すことになったのよ」

「なんでマンモスなんだよ・・・・・・いや、それが正しいとして・・・・・・死体じゃなくて新しい身体を用意してくれてもよかったんじゃ・・・・・・」

「マンモスとか?」

「マンモスじゃなくて」

 なんでマンモスに拘ってるんだこの女。

 怖いな。


「まぁ、いいじゃない、蘇らせてくれるなんて大サービスよ」

「いや、大トラウマだろ。蘇った途端にローストされてたんだぞ、こっちは」

「マンモスなら勝てたのにね」

「何に勝つの? 普通に生きさせて?」

「マンモスと私が手を組んだら世界征服もお茶の子さいさいよ」

「マンモスに全幅の信頼を寄せすぎている・・・・・・」

「マンモスをなめないで。マンモスは食料になるだけじゃなく、骨で住居さえ造ることができるのよ」

「いや、マンモスを舐めているわけではなくてですね・・・・・・いや、そのメリットだと、マンモスの方が人間に負けて狩猟されてない? マンモス舐めてるのおまえの方じゃない?」

「勘違いしないでほしいのだけど、マンモスって言うのはね、現在の象の直接の祖先ではないの。本当に勘違いしないで頂戴」

「なんか、マンモス知識マウント始まっちゃったな」


 まぁ、ともかく、俺が幼なじみの言葉を借り、異世界転生を失敗して蘇ったとするならば、だ。

 俺が失敗さえしなければ、よくある感動映画物のエンディングを迎え、エンドロールが流れたはずだった。

 そして、そのまま程良く綺麗で都合のよい思い出として、各々の記憶の中で消費されていったはずだ。

 あんな人間もいたなぁなんて、言われる程度になっていたはずだ。

 そうやって綺麗に終われたはずだったのに、この様である。

 親しかった人間達の心を乱し、混乱させ、人によってはその錯乱を「本性を出した」ようにさえ見せてしまった。

 正直、俺は誰に恨まれていても仕方がないと思っている。


 死人はそのまま死ぬべきだ。

 下手に蘇ったりなんかすると余計な問題が浮上することになる。

 そして、それは俺の問題だけには収まらず、俺の友人、いや元友人の問題になってしまう。


 迷惑な話だ。

 当事者の俺にしても、巻き込まれた周りにしても。


「つまりね、最近のアメリカの企業の研究で、マウスの遺伝子を改変してマンモスの様な体毛を持つマウスを作り出す事から成功したから、ここからはもうマンモスを使って世界征服するだけなのよ」

「科学者の人そこまで考えてないと思うよ」

 ぼんやりと思考に沈んでいたらマンモス陰謀論が始まっていた。

 なんとしてでもマンモスで世界征服したいらしい。

 いや、なんでだよ。

 よしんば、世界征服を目標としているとしてももっと有用な手段が幾らでもあるだろう。

 なんで、マンモスに拘るんだ。


「やれやれ、マンモスの大群を侮っているようね」

「いや、どんな生物も大群になったらヤバいだろ」

「戦象をしらないようね。インドでは当然よ」

「当然かは知らないけど、その部隊直進しかできなくて、攻撃をかわされたんじゃなかったっけ?」

「突撃で相手を踏みつぶすことができる最強部隊。つまり、騎マンモス隊を作り出せば、世界を征服するのも夢ではないという事よ」

「多分、その夢、大分時代に取り残されてるぞ。昨今は動物愛護団体だって黙ってないだろうし」

「いいえ、夢は誰にも邪魔できないのよ」

「おまえの夢が世界征服だとしたら、国家が立ちふさがる夢だろ」

「本当にだめね、ここは「たとえ君が世界の敵になったとしても、俺は君の味方だよ」って言う所よ」

「その文言でマジで世界の敵になって、世界と戦う羽目になることってあるんだ・・・・・・」

「あの智慧と慈悲の象徴で十三仏の一人たる普賢菩薩だって白象に騎乗するし、普賢菩薩騎象像が彫られているわ。つまり貴方はやはりマンモスに転生すべきだったのよ」

「仏教まで引っ張ってきて人の死後の姿にケチを付けるな」

「どうかしら、そろそろ、マンモスになりそうかしら?」

「あえていうなら、愛犬の餌になりそうな所だよ」

「ををん!!」

 我が勇ましきポメラニアン、アレキサンダーは執拗に右足(の骨)に噛みつき、身体をローリングさせ、その小さくも凶悪な口内で砕こうとしていた。

 或いは、俺の身体から骨を外そうとしていた。

 まぁ、外したところで奴の口内で砕かれることは必至だろう。

 つまりは、末路は変わらない。

 俺の身体は未だに危機に晒されていた。


「いえ、そうではなく」

「いや、割と命の危機」

 この身体に命の危機というものがあるならば、だが。

 いや、骨格標本の命の危機ってなんなんだ。

 この身体、どうやったら死んで、どこまで生きているんだ。

 ダメだ、考えたら怖くなってきた。

 今、深淵を覗いてそう。


「そろそろ、骨のどこかが尖ってきた感覚とかないかしら。牙とか生えそうじゃないの?」

「俺の骨格がマンモスになることに一縷の望みを託すな」

 とんでもねぇ女だ。

 幼なじみの身体を、いや、幼なじみの骨を何だと思ってやがる。

「う”う”う”」

 我が愛犬のアレキサンダーはおそらく、いや確実に主人の骨を餌だと思ってやがるし。

 もう、散々である。

「お前はさっさと、離せって!」

 再び、足を振り回すが、アレキサンダーの強靱な顎は全く俺の足(の骨)から離れない。

 こちらはこちらで俺の骨への執念を感じる。

 ちなみに俺への主従愛は全く感じない。

 俺に肉があった頃はくんくんと鼻を鳴らして餌を強請ったものだったのに・・・・・・いや、あの時も餌ありけりの関係だったな。

 俺の心をもてあそびやがって。

 おのれ、アレキサンダー七歳。

 幼少時から散歩もご飯も世話してやった恩を忘れやがって。

 いや、忘れるならまだしも、俺を餌だと思いこみやがって、アホ犬が。

 お前は血も涙もない馬鹿犬チャンピオンだ。

 俺は馬鹿犬を俺の足(の骨)から離すことをあきらめて、廊下に置いてあるお盆の上に置かれた湯呑みに手をつける。

 縁側で湯呑み片手に語らう。

 これはジジ臭いと元友人の同級生達に散々からかわれたことだが、幼少期から俺と吉田 真昼はこうしてきた。

 癖のような物なのである。

 遡れば俺の祖父母の真似、いや、祖父母の語らいにお邪魔したのが最初の気がするので、ジジ臭いというのは間違いではないだろう。

 だが、蘇り骨になった今は元友人とも妙な距離ができ、からかわれることもない。

 それがいいのか悪いのかは分からない。

 俺がこうなってからも全く距離をとろうとしないのはこの変わり者の幼なじみ位である。


「お茶飲めるのね」

「・・・・・・ん? あぁ、ご飯も普通に食べるぞ」

「骨だけなのに、食事が身体を通るところが見えないわね」

「見えても困るけどな」

「ということは、お茶も貴方を通じて異世界転生しているのかしら」

「・・・・・・最近はお茶さえも異世界転生するのか」

 というか、その場合はお茶すら異世界転生成功しているのに、俺は異世界転生失敗したという事にならないだろうか。

 え、俺、お茶に負けたの?

 嘘だろ?

 それはさすがに世界最弱の名を欲しいままにしすぎだろう。

 というか、その理論でいけば、俺は昨日食べた冷や奴とモヤシ炒めにも負けていることになる。

 負けすぎだろ、俺。

 涙出てきた。


 ・・・・・・いや、その前に俺の身体を異世界転生の経路の一つに数えるな。

 何で俺が食事した物が異世界転生する事になるんだよ。

 異世界転生した人間が現代日本の食事をいくら心から望んでいたとしても、骨格標本の胃袋越しに食料を手に入れたくないだろう。

 夢も希望もない。

 というか、ファンタジーというのはもっと綺麗であってほしい。

 勿論、俺だってイヤだ。

 俺が食べた物が他人の血肉になるのがダイレクトすぎる。

 もっと、他の清く正しい入手経路を用意してやってくれ。

 俺自身のためにも、異世界転生成功者のためにも。


 はぁ、と大きく息を吐く。

 憂鬱である。

 生き返ってからずっと憂鬱だ。

 いや、生き返る前から憂鬱だったかもしれない。

 死ぬ前だってシンドくはあった。

 だが、遠い昔の様すぎてよく思い出せない。

 過去に感じていたことは、今はずっとずっと遠いところにある。

 それこそ、手の届かないくらいに。


 この間なんて、俺の頭が取れた結果、母さんが発狂して神社の御祓いに片っ端から電話したし。

 よく分からないんだけど、御祓いされたら、俺って成仏するんだろうか。

 それとも、生きてるカウントになるから意味がないのだろうか。

 御祓いを触りだけ受けるって可能なんだろうか。

 触りだけ受けて、そのまま成仏しちゃったらどうしよう。

 成仏キャンセルとかできるんだろうか。

 いや、逆に考えたらそのまま成仏させてもらった方がいいのだろうか。

 このままいくと人間が滅んでも俺だけ生きてそうだしな。

 最悪、生きていてもいいんだけど、俺が骨どころか粉々になった状態なのに意識だけあったらどうしよう。

 今こそが最低辺だと思っているが、これ以上があるかもしれない。

 不幸って奴には幸福とは違って底がないというのが俺の持論だ。



 だが、そんな現状の中で垂らされた蜘蛛の糸があるとするならば__



「・・・・・・まぁ、とにかく、あれだ。真昼が昔と変わらずに俺と仲良くしようとしてくれて感謝してるよ、俺は」

 そこである。


 正直、俺は研究所に盥回しにされてようやく実家に帰ってきた時、歓迎されると心のどこかで思っていた。

 拒絶はされなかった。

 だが、両親の顔のヒキつりは隠せていなかった。

 俺はそこでまず失望した。

 今の俺が生前の俺と同じなのか、それとも全く違う物が俺のフリをしているのか、まずはソコを確認する時間があったように思う。

 気にしすぎだと研究者の人はいうだろう。

 だが、こういうのは割とわかるものだ。

 それが、その視線を向けられる側になれば特に。


 気持ちは分かる。

 俺だって知り合いが死んだはずなのに蘇って、しかも骨になれば戸惑う。

 それが化け物じゃないかと考え恐れもするだろう。

 だから、これは俺の気持ちの問題なのだ。

 しかし、俺が気持ちに折り合いをつけるかどうかもやはり俺の問題であり、他人になんだかんだと文句を付けられる筋合いはない。



「気にしないで」

 吉田 真昼が首を鷹揚に振った。

「ただ、私はあなたがいつマンモスになるか興味があるだけよ」

「だから、俺をマンモスにする方向に舵を切るな」

 とんでもない事言い出したな、こいつ。

 というか、どれだけマンモスに拘ってるんだよ、この女。


「やれやれ」

 吉田 真昼がゆったりと首を左右に振る。

「言っておくけどね、宗」

「はい」

 俺は思わず襟を正した。

 いや、足は犬に噛まれているし、本当の意味では正しようがないけど。

「なぜ、私がフォンタンジュをし始めたと思うの?」

「え」

 俺の身体に電気が走った。


 フォンタンジュ。

 コワフュール・ア・ラ・フォンタンジュ。

 十七世紀後半から十八世紀初頭にフランス上流階級を中心に流行した女性の髪飾りや髪型の事である。

 リボンで髪を結い上げたアップスタイルだったものが、段々と髪の中に詰め物をして高さを競うようになったらしい。


 つまり、あの天井に届かんばかりの・・・・・・いや、天井を突き刺す髪型はコワフュール・ア・ラ・フォンタンジュだったというわけか。


 だが、なぜ?

 なぜフォンタンジュをし始めたか、といったか。

 そんなことは考えた事はない。

 なんなら、いつもの気まぐれなマイブームという奴かと思っていた。

 だが、今、それを言うということは__


「つまり、お前も・・・・・・」

「そう、私も異世界転生」

「した人間ってこと・・・・・・」

「ではないけどね」

「ではないのか」

「えぇ、普通に趣味よ」

「やっぱり趣味なのかよ」

 ちょっと信じかけたじゃないか。

 はぁ、と大きく息を吐いて肩を落とす。

 肩の骨を落とすと言った方がいいのだろうか。


「ば、化け物だー!!」

 また、高山のジジイの叫びが響き、自転車がひっくり返る音がした。

 天丼である、本日二回目だ。

 それさっきも見たぞ、ジジイ。

 もう、道に這い上がった瞬間にまた落ちてるだろ、それは。

「う”う”う”う”う”」

 そして、我が愛犬アレキサンダーの牙は未だに俺の右足(の骨)を捉えていた。

「・・・・・・で、そろそろマンモスになりそう?」

 吉田 真昼が再び俺の骨の調子を尋ねてきた。

 一体どうやったら骨格標本の身体がマンモスになるって言うんだ。

 いや、死んだ後に生き返ったうえに骨だけでも生きているよりは可能性があるのか?

 全く分からない。



 空を仰ぐ、抜けるような晴天である。




いつもありがとうございます!

こちら、カクヨムにも転載済みとなります

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