第5話 『城下町の歩き方』
フィースが両手を広げて笑顔を見せると、早速、レーアが質問を投げかける。
「えっと、王都ってどれくらい広いの?」
「レーアちゃんはさっき城下町を走り回ってたよね。あの速さで休憩を挟まず走り続けて、端から端まで行くのに二日かかるくらいかな!」
「ひぇぇ~!」
想像を絶する広さを頭に思い浮かべ、レーアの脳がショートする。
「二人が僕と出会ったのは南城下町。王都には東西南北、四つの城下町があるんだ」
「そしてその中心に王城、というわけか」
「ご名答! なかなかやるね、シロンちゃん」
やはりこの呼び方は気に入らないのか、シロンは不機嫌そうに、ふいっと横を向く。
「はいはいっ! 質問!」
「はい、レーアちゃんっ!」
まるで学校の授業のように、手を上げたレーアをフィースが指名する。
「お城って誰でも入れるの?」
「うん、入れるね! けど、何か特別な催しでもない限り、僕らみたいな一般人は二階から先には上がれないんだ」
「ふむふむ……」
こくこくと頷くレーアの隣で、シロンもスッと手を上げる。
「私からも質問だ。騎士団長の強さとは、どれほどのものだろうか?」
「ほう! どうしてそんなことを聞くんだい?」
「強いと聞いたから、気になったまでだ」
フィースは少し考える素振りを見せ、
「強さの程度を言葉で表現するのは難しいが……確実に、世界で五本の指には入るだろうね!」
と、そう答えた。
想像していたよりずっと評価が高く、シロンも目を丸くする。
横で聞いていたレーアも目を輝かせながら、割って入る。
「騎士団長さんって、そんなに強いんだ!」
「精鋭揃いの騎士団の中でも、頭一つ抜けていると思うよ。周辺国家を探しても、彼ほどの実力者はいないだろうさ!」
感心したような声をあげるレーアと、その反応を見て楽しそうに笑うフィース。
シロンも、いつかそんな高みに達することができるのだろうかと思いに耽る。
「さて、パッと思い浮かぶ質問はこのくらいかな? まさか、王都の歴史を一から説明する必要はないと信じたいが!」
パンッと手を叩くと同時に軽口も叩くフィース。
「気にならないわけじゃないけど、また今度にしようかな!」
「ああ、必要なことは知れたと思う」
満足げな様子の二人を見て、フィースも席を立ちあがる。
「それじゃあ、僕は少し研究所を覗いてくるよ!」
それを聞いて、レーアが身体を跳ねさせる。
「研究所っ! 見に行ってもいい?」
「あっ、悪いね! 今はちょっと危険が危ないから、誰も立ち入らせたくないんだ! 興味があれば、今日の夜にまた来てくれるかな? 寝床も用意してあげるよ!」
フィースはそう言って足早に部屋を出て、奥の階段を下りて行った。
「危険が危ないって……どういうこと?」
「大方、適当にあしらわれたのだろうな」
去って行ったフィースの言葉に困惑しながら、二人は家を出る。
フィースと話していたのは、時間にして二時間にも満たない程度。
まだまだ空は明るく、城下町の喧噪も変わらずといった様子だ。
「それで、お前はどうするんだ? 夜になったらまた彼の家に行くのか?」
「うん、そのつもり! 寝る場所も用意してくれるって言ってたし!」
初対面というほどでもないが、出会って一日と経たない人の家に平気で泊まろうとするレーアの危機管理能力の低さに、シロンは大きくため息をついた。
「と言っても、夜まではまだ時間がある。まさか、夜になるまで城下町を走り回るつもりか?」
「そ、そんなわけないじゃんっ!」
子供のように駆け回っていた今日の姿をからかわれ、ぷんぷんと怒ってみせるレーアだが、シロンは気にも留めない様子だ。
「あっ! あれ、食べようと思って後回しにしてたやつ!」
そう言ってレーアが指差すのは、城下町に並ぶ店の一つだ。
見つけるや否や、とてとてと駆けて行ってしまったのを見て、
「……忙しいやつだ」
シロンが呟き、後を追った。
「これと、これ! くださいっ!」
「あらあら、可愛らしいお嬢さんだね。特別にフルーツ、たくさん乗せてあげるよ」
「ほんと!? わーいっ! ありがとうございます!」
道の中央に置かれたベンチに腰掛けて待っていたシロンの元に、レーアが戻ってくる。
両手に持ってきたのは、ふんわりとしたクリームの上に、色とりどりのフルーツを乗せたスイーツだ。
「はいっ! こっちがシロンの分!」
「……私は別にいらないが」
「食べてみてよ! 絶対おいしいから!」
そう言って隣に座り、シロンに一つ手渡した。
見れば小さなスプーンが刺さっており、これを使って食べるのだろう。
頑なに断る理由もないため、シロンはそれを受け取って、一口食べてみた。
「おいしい……」
「ね! おいしいよねっ!」
ぱくぱくと食べ進めるレーアの隣で、一口ずつ味わうようにゆっくりと食べるシロン。
「んん~っ! 私、王都に住んでも良いかも!」
初めて食べるスイーツに舌鼓を打ちながら、城下町を堪能する二人。
「あれっ? そういえば、なんで私たちお金なんて持ってるんだっけ?」
小屋から持ち出してきたのは食糧である木の実に水、武器として使うための本だけである。
思い返してもどこで手に入れたのか分からず、レーアの食べる手が止まる。
「盗賊から奪った金だ。王都に向かう途中で出会っただろう」
そんなレーアの疑問に、シロンがスイーツを食べながら答える。
「あっ……あー……」
それを聞いて、こちらが襲われたはずなのに、向こうの有り金を奪って追い払った複雑な事件を思い出し、レーアが微妙な顔をする。