第3話 『星空の下で』
初の戦闘を終えてしばらく後、二人は王都が見える所まで来ていた。
「でっかいなあ~! すごいなあ~!」
周囲の警戒をするシロンの横で、レーアが子供のような感想を述べている。
だが、その言葉も間違いではなく、王都からはまだ離れたこの場所からも見えるほどの、何十メートルはあろうかという城壁。
さらにその中に街や城があるというのだから、初めて見る者の中には、レーアのような反応をする者も少なくないだろう。
「ふむ。この辺りには冒険者も騎士団も見えるようだ。多少、警戒を緩めても良いだろう」
そう言ってシロンは肩の力を抜いた。
結局二人はモンスターに出会うことなく、道中のトラブルと言えば先の三人組との交戦だけであった。
「えへへ、みんなにはこれからもお世話になりそうだねっ!」
見ると、レーアが淡い光に囲まれている。いつものように星と会話しているようだ。
「もちろん、シロンも頼りにしてるよっ」
顔を覗き込んできて笑顔を見せるレーアに、シロンも軽く頷いて返す。
王都に向かって歩いていると、辺りの色が変化し始める。
空を見れば、太陽が沈もうとしていた。
「もうこんな時間かぁ……」
レーアが呟き、辺りを見回していたシロンがスッと指をさした。
指の先には冒険者と騎士団が入り混じった人だかりと、立ち上がる煙が見える。
見た感じ、キャンプのようなものだろうか。
「暗い中で夜を過ごすのは危険だ。私たちも向かおう」
「明かりなら、この子たちで大丈夫じゃないかな?」
レーアが小さく両手を広げると共に、パッと星の光が溢れる。
「……この世界に疎い私でも分かるが、それはお前だけの力だろう。無闇に人前で見せるべきではないと思う」
シロンの指摘に、何を想像したのか、レーアが顔を青くする。
「も、もしかして私、変な人たちに連れて行かれて研究対象にされちゃったり……!」
「……あり得ない、とは言えないな」
レーアの反応が面白く、軽くからかってやろうと答えるシロン。
しかし、普段通りの雰囲気である彼女のイタズラ心には気づかず、レーアが身体を震わせる。
彼女の気持ちと共鳴するように、慌てて本や服の中に隠れていく星の光たち。
「あ、危ないところだった……っ!」
ふぅ、と一息つくレーアを連れて、シロンがキャンプの方へ歩いていく。
「私たちも、邪魔して構わないだろうか?」
「こ、こんばんは〜……」
いまだに怯えているレーアを横目に、シロンが尋ねる。
「おや、家族とはぐれてしまったのか?」
「あっ、いえ、迷子じゃないです!」
「まあ何でも良いじゃねえか。ゆっくりしてけ!」
優しく声をかけてきた騎士の男と、酒を飲みながら声を荒げる冒険者の男。
ともあれ、周りの皆も歓迎ムードのようである。
「わーいっ! ありがとうございます!」
「失礼する」
他の人を見習って、二人も焚き火を囲むように座る。
皆、一日中モンスターと戦闘していたようで、食事や談笑をして疲れを癒しているようだ。
「いやぁ、こんな小さい子が二人で冒険なんてなぁ」
「全くだ。この辺りは大した脅威もないとはいえ、危険すぎる」
「でも、そっちの白髪の子はなかなか腕が立ちそうね」
特徴的な見た目と、それ以上に年齢が若いこともあって、二人に興味を持った者が口々に言い放つ。
ジロジロと見られる視線に耐えかねて、シロンが助けを求めるようにレーアの方を見るが、
「えーっ!? ほんとにー!?」
「ああ、嘘じゃないぜ? こんなでっけえ熊のモンスターでな、鋭い爪の一撃は俺も避けるので精一杯で……!」
「俺たちが戦った蛇のモンスターも手強かった。これがまた凶暴なモンスターでな、接敵するや否や牙を剥いて咆哮を……」
既に見知らぬ冒険者たちと仲良くなっていて、次々と語られる冒険譚に目を輝かせていた。
その後は、持ってきた木の実を振る舞ったり、レーアが歌を歌ったりして過ごしていた。
少しずつ夜も深まっていき、見張りの騎士を残して全員が寝静まった頃。
「……ねえシロン、起きてる?」
「ああ。どうした?」
隣で横になるシロンに、レーアが小声で話しかける。
「ほら、見て!」
そう言ってレーアが指差したのは、空だった。
「これは……すごいな」
広がっていたのは、世界を照らすような美しい星空。
大の字で寝そべり、空を眺める二人。
「ほんと、綺麗だよね〜!」
返事がないのでシロンの方を見てみると、小さく口をあけて星空を眺めていた。見惚れているようだ。
しばらくして、シロンが問いかける。
「ところで……お前の星の力というのは、生まれつきの物なのか?」
「……ううん」
言いながら、星を掴むように空に手を伸ばす。
「星が、私を選んでくれたんだって」
どこか遠くを見るような目で、語り始めた。
「変だよね。私は別に、星について研究してたわけでも、星が特別好きだったわけでもないのに」
シロンはそれを、黙って聞いている。
「でも、この子たちが言うには、私は選ばれたんだって。聞いてもそれ以上は教えてくれないんだ」
いつの間にか、レーアの身体が光に包まれていた。
「お前の力にも、まだ謎は多いということか」
「そうだね。……シロンはさ、この旅の中で、失った記憶の手がかりが見つかるんじゃないかって言ってたよね」
「言ったな」
「それを聞いて、私も旅の中でこの力について何か分かるかな?って思ったんだ」
言い終わると、レーアがあくびをする。
「ん……流石に眠くなってきちゃった」
「では、そろそろ眠るとしようか。なかなか興味深い話だった」
そうして、二人の少女は眠りについた。これからの旅路に想いを馳せながら。