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第72話

シュル…

ちぎられた細い腕は即座に切断面から出現した包帯と引き寄せられるように繋がり、元通りになる。

「化け物だ」

場が一瞬で静まり返った。コルキの亡骸を抱えた村長の瞳は、怨嗟にも似た光を宿してこちらを睨み付けている。しかしその体は緊張で震え、やがて一歩だけ後退した──距離を取りたがる本能がそうさせるのだ。

「オれに攻撃した者は、呪いで死んデシまう! だかラ頼む、誰も俺ニ触るな! 無闇に命を奪いたくハないンだ!」

ミイラ男の声は切羽詰まっていた。必死の訴えではあったが、その言葉に含まれる“呪い”という響きが、説得よりも恐怖を煽ってしまう。結果として、それは懇願というより“警告”として受け取られた。

ミイラ男が何を訴えようとも、村人たちの耳には届かない。ヤクロでさえ身を引き、村人たちは一斉に後ずさった。

「エテメノタヘンさん……あなた、自分が何をしたのか分かってるのか!? コルキ兄さん……!」

サンは叫んだ。彼にとってコルキは、父の代わりのように慕っていた先輩だった。声は震え、顔はくしゃくしゃに歪んでいる。だがその悲痛な声も、群衆の怒りと疑念の中では溺れていく。

彼にとってコルキは、ただの兄貴分ではなかった。父のいない彼にとって、コルキは家を直すとき手を貸してくれ、狩りを教え、焚き火の作り方を何度も笑いながら教えてくれた“兄そのもの”だったのだ。

サンは叫んだ。声は震え、顔はくしゃくしゃに歪んでいる。だがその声に村人たちの目は冷たく、疑念と怒りが混じったものになっていた。

「やっぱり……私の言った通りよ。こうやって人を殺してミイラにして、ここにいる全員をヨンレイと同じ目に遭わせるつもりだったのね」

ミラハルが嗤うように吐き棄てる。村長はそれを聞き涙と憤怒で声が震え、村の空気は怒号と悲嘆で張りつめていった。

「違ウ! 誤解だ! ヨンレイの件モ、村長の息子さンの件も、事故なンだ……本当に、俺ハ自分に宿った呪いヲ制御でキないだけダ。――息子を、蘇らせる方法を、模索しヨう! 俺モ全力デ協力しマす!」

ミイラ男は必死で手を広げる。だがその必死さは、村人たちには“言い訳”にしか映らない。

村長が吐き捨てるように言った。

「蘇らせるって、お前がやったそこのみたいに、ミイラのアンデッドにするってことだろう?」

その一言で、群衆の視線が一斉に鋭く突き刺さる。怒りと恐怖が混じった空気は、もはや説明の余地を与えない。

河来未来の頭に、地下で聞いた話が鮮烈に蘇る。

――他者を“生きたまま”取り戻す術は無い。

聖の術は癒しを与え、傷を癒やし、体力や精神を回復させることはできても、一度失われた命そのものを取り戻すことはできない。

蘇生――この世界で死者を動かすのは、アンデッド化という方法に限られる。それは、時には人の意志を置き去りにするやり方だ。

群衆のざわめきが、さらに膨れ上がる。

誰もが、もう二度と「死人が動く」悪夢を見たくはない。

「火だ! 火をつけろ! 火でこの忌々しい悪魔どもを焼き払うんだ!」

怒号が夜気を裂いた。気づくと縛られたヨンレイは火で包まれ、パチパチと音を立てて燃えていた。

さらに別の村人が松明を振りかぶり、恐怖と憎悪に任せて投げ放つ。

燃える軌跡が闇を走り、ミイラ男の胸を狙う。

彼は身をひねってかわしたが、その隙を逃さず、別の村人――若干の魔法を操る男が、右手を掲げて叫んだ。

「火だな? わかった、任せろ! ――《火焔バーニング》!」

瞬間、空気が弾け、赤い奔流が地を這った。

それは乾いた包帯に触れた途端、容易く燃え移る。

「わッ……やめテくれ!」

ミイラ男は慌てて足を叩くが、乾いた布が逆に火を呼ぶ。たちまち片脚が炎に包まれ、赤い舌が包帯を舐め上げるように広がっていった。

焦げる音とともに、焦臭い煙が立ちのぼる。

「クッ……!」

強化された右半身の力を頼りに、必死で地面を転げ回り、火を押しつぶそうとする。

その苦悶の中で、彼は理解していた。

――この身体は無敵ではない。

ベヒーモスの一撃で灰になったときもそうだった。燃やされれば、いずれ同じ結末を迎える。

火は、死者の敵だ。

命を奪うのではなく、「形そのもの」を奪っていく。

彼の頭上を、暗い影が覆った。

「ねぇ、私も魔法が使えるって、道中話したわよね? この距離なら――絶対に外さない」

ハッとして見上げる。

そこにはミラハルがいた。逆光の中、風に煽られたスカートの裾が揺れている。

(……見える。けど、今はそんな場合じゃねぇ!)

――そう思いつつも、彼も一応は男だ。ほんの二秒ほど意識が逸れたことは、包帯の裏へ隠しておく。

「くらえっ! 《華炎フレイム》ッ!」

ブロンズランク――冒険者の中では最下級。

だが、それでも一般の村人とは比べものにならない。

魔力の扱い、反射の速さ、そして戦い慣れた勘。どれを取っても、別の生き物のようだった。

ミラハルの放った《華炎フレイム》は、先ほどの村人が放った火焔よりもはるかに強力。

真紅の炎が唸りを上げ、ミイラ男の顔面を覆い尽くす。

「ぐっ……!」

炎に包まれ、布と肉が焦げる匂いが一気に立ちのぼる。

痛みも熱さも、もう感じない――それなのに。

(視界が、見えねえ……! それに、すごく、やばい感覚だ……!)

それは“熱”ではなく、“存在”そのものを焼かれるような感覚だ。

火だるまになりながら、彼は「あの時ベヒーモスにやられた後のような」状況に今後なることをほぼ確信した。

(ならせめて遺物を…!)

なんとか立ち上がり、かろうじて見える片方の視界で、あの荷台へと向かう。

「どこへ行く気だ、悪魔め! させるかぁ!」

怒号と共に、中年の村人が農具を振りかざし、彼の頭をガツン!と殴りつけた。

視界がぐらりと揺れ、地面に倒れ込む。

すぐに、別の村人たちが追い討ちをかけようと駆け寄る。

だが次の瞬間――

先ほどミイラ男を殴った村人の体が、黒い霧に包まれ、苦鳴を上げて崩れ落ちた。

「ダから……言ッてるだろ……俺ニ、攻撃スルナ……ッ!」

ミイラ男は再度立ち上がると、今度は剣によって貫かれる。

(チョっと待て…!この剣ハ見覚えがアル…!)

自らの体を貫く刃――それは、ヤクロの剣だった。

「すまない、エテメノタヘンさん」

聞こえてくる声は、震えていた。

「アンタには助けてもらった。感謝してた。……でも」

ミイラ男はかろうじて首を捻り、燃える視界の中でヤクロの姿を捉える。

その後にはうつ伏せに倒れ、動かなくなったミラハルの姿が見えた。

「ミラハルを殺したのは…許せない!」

ヤクロの叫びと同時に、剣が横一線に振り抜かれる。

布の裂ける音が、夜気を裂いた。

「うおおおおぉぉぉぉ!」

ヤクロは涙を滲ませながら、倒れたミイラ男の頭を踏みつける。

一度、二度――。

二度目を踏み下ろす前に、彼の体がぐらりと揺れ、地面に崩れ落ちた。

(……もう、めちゃくちゃだよ……)


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