第70話
「エテメノタヘンさん……あれはいったい、どういうことなんですか?
なんでヨンレイが、生き返ってるんです?! いや、手と足がひどい状態だぞ……?
あなたの片腕と片足がふくらんでるのは、一体――」
ヤクロの声が、だんだんと大きくなっていく。かつての仲間、ヨンレイの右足と右手は、無惨に切り刻まれていた。
そして今、目の前のミイラ男――エテメノタヘンの腕と脚には、以前にはなかった“肉の厚み”がある。
この異様な膨らみを見て、ヤクロは瞬時にその関連性を察していた。
「とりあえず行くしかねぇだろっ!急ぐぞ、ヤクロ!」
サンは上着をつかみ、勢いよく部屋を飛び出した。
「スまん……全部、説明すルべきだった。唐突な出来事デ、俺にモどうすべきか分からなかッタ。
ヨンレイの復活ハ……俺ニも想定外だった。」
「…あなたは、俺を助けてくれました。できるだけ信じようとは思います。」
――できるだけ。
わりと全面的にミイラ男を信じていたヤクロだが、現場を目にして、その信頼が揺らぎ始めているのがわかった。
「とりあえず、行きましょう。ヨンレイは……あの手足、あの血、あの表情。
あれは“生き返った”ってより……アンデッドになった、ってやつだ。ですよね?」
「……済マない。本当に、済まナい。」
ミイラ男は、それしか言えなかった。
ここまで来てしまえば、謝ることしかできない。
「あなたは、俺たちを助けてくれた。ヨンレイは、俺たちの大切な仲間でした。
……あなたは、そんなあいつの亡骸を、土で汚れないように包帯で包み、丁寧に運んでくれた。
だから、変なことを企む人じゃないと、俺は信じてます!」
「信ジてくレて、ありがトう。アァ、我ハ……お前たちニ危害を加えるツモリも、騙スツモリも無イ。本当ダ」
サンは無言のままうつむき、ただファラオの言葉を静かに聞いていた。
現実、ファラオが助けてくれなければ、全員が虎に喰われていただろう。
それを圧倒的なチカラで助けてくれただけではなく、包帯を使ってアフターケアまでしてくれたのだ。
とはいえ盲信ではなく、かつての仲間が既視感のある包帯グルグルの姿でアンデッドとして蘇っている姿を見て、何も思うことがないわけではなかった。
ロカもまた黙っていたが、その手は武器を強く握りしめている。
――もう、いつでも戦える構えだ。ロカも、助けられた身ではあるがやはり、奴は野生のアンデッドーーしかも相当見た目が恐怖寄りだ。実際のところ、腹の中で何を企んでいるかは分からない。リーダーであるヤクロが騙されている可能性だって十分ある。
ファラオが何か言おうとした時、
民家のドアが、ドン、ドン! と激しく叩かれる。
「おい、トルダー! アンタのとこに泊まってる――あのアンデッドの野郎を、ちょっと呼んでくれないか!」
トルダーは眠そうな目をこすりながら、慌てて二階へと上がる。
そこには、数日前に泊めたばかりの若者たちがいる部屋。
老いた妻は何かを察したように、その背をただ見送る。
――やはり、あの“特級呪物”が何かをしでかしたのか、と。
村で生まれ育ったサンの仲間たちが泊まるのは大歓迎だった。
だが、あの包帯に覆われた異形だけは、一目見ただけで分かった。
あれは“生者”の気配を持たぬ存在。
年の功というより、本能で、ヤバい何かだと察していた。
老夫婦が二階へ上がったときには、すでに全員が準備を整えていた。
ヤクロたちも、そして元凶とされるファラオも、抵抗も言い訳もせず、ただ静かに階段を下りていく。
扉を開けると、朝靄の中に十数人の村人が集まっていた。
みな、土まみれの農具を手に、墓のほうを囲んでいる。
「アッ……ヨンレイ……!」
思わず、ファラオの口から声が漏れた。
そこには、彼の“眷属”であり従者でもあったミイラ――ヨンレイがいた。
すでに村人たちに縛られ、木に括り付けられている。
頭部からはどろりと黒い血が垂れ、鼻のあたりは潰れていた。
押さえつける際に、農具か棒で殴られたのだろう。
アンデッドでなければ、即死してもおかしくない損傷だ。
それがまだ、うめきながら首を左右に振り、縄を振りほどこうとしているのだから――
その場の光景は、誰が見ても悪夢のようだった。
中心に立つのは、ミラハル。
村人たちは、彼女の背を守るように円を描いている。
その顔は、泣き腫らした跡が痛々しい。
共に旅をした仲間が、あんな姿に変わり果てたことへの悲しみ。
そして、アンデッドという存在への根深い憎悪。
その二つの感情が、彼女の瞳の奥でせめぎ合っていた。
だが、目の前に現れたファラオに対しては、恨みのみをぶつけることができる。
「あいつよ! あいつがミイラにしたのよ! 私たちを――騙してたのよッ!」
ミラハルは叫んだ。声が裏返り、金切り声のように夜明けの空気を裂く。
村人たちの視線が一斉にファラオへと注がれた。