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第4話「解き放たれたもの――それは“呪い”?」

目の前の中年の男――死霊術師(ネクロマンサー)の、かなり強引な命令に対して、

なぜだか逆らえない、いや……もっと正確に言えば、

「これまでもずっと従ってきたような」そんな感覚がしていた。


まだ状況をまるっと受け入れられてはいない。

現実問題として、腕も足も、見慣れた自分のものじゃなくなっていて。

歩けばギシギシと音を立てる、薄くて乾いた“ミイラ男”。


目玉があったところには空虚な眼窩が映るだけで、その中には――怒りとか復讐とか、そういう言葉がいちばん似合いそうな、赤い炎がらんらんと燃えている。

口は...あいつのおかげで喋れるようにはなった。


でもしゃべるたびに、口の中から誰かが遠くでラップしてるみたいな残響がする。

俺の中にMCが住んでるのか? もしくは呪いのビートボックスか?


一歩、二歩……俺はぎこちなく足を運ぶ。

目の前の巨大なネズミは、今度は食料の山じゃなくて、動き出した俺の方をロックオンしている。

鼻をヒクヒクさせながら、牙をチラつかせ、あからさまに「何、見てんだ?ゴラ」と言わんばかりの顔だ。


その時だった。



空気が張り詰めた。透明な糸がピンと張られたように、静寂が空間を支配する。


目が合った。次の瞬間、背筋を冷たいものが這い上がり、無意識に足が一歩、また一歩と後退する。


……それでも、俺は止まらない。


期待に応えなければならないという、もはや義務感とも言える衝動が、がらんどうの頭を無理やり活性化させる。脳が働いている気配は微塵もないのに、体は戦おうとしていた。

――かなり逃げ腰ではある。


「……マズいかモナ」

そんな呟きが喉の奥から漏れた刹那。


「うワっ!!」


咄嗟に声を上げた次の瞬間――俺の体が、背後へと吹き飛ばされた。


背中から石の床に叩きつけられる。

地面の冷たさと硬さが、残酷なほど伝わってくる。

突進。あの化け物ネズミが、地を蹴って一直線に突っ込んできたのだ。


まさか、ここまでの破壊力があるとは思わなかった。

だが、よく考えれば当然だった。今の俺は“乾いた屍”――ミイラだ。

筋肉の大半は干からび、内臓も処理されている。

標本レベルの軽さだ。質量で押されたらひとたまりもない。


「ガンッ!」


無様な音を立てて、後頭部を石の台にぶつける。

そこは、ついさっきまで俺が寝かされていた場所だった。

視界が、白と黒のまだらにチカつき、暗転しかける。

...異世界のデカネズミ、こえーよ。


「おい、大丈夫か!?」

普段は冷静沈着そうな死霊術師の声に、わずかな焦りが混じっていた。


だが、それに応える余裕もない。

「いッテェ……」


かすれた声が喉奥から漏れる。縫いつけられた他人の声帯が、じわりと熱を帯びていた。

痛覚なんて本来もう機能してないはずなのに、人間だった頃の“クセ”だけが、俺に無意味な言葉を吐かせた。


「やはり、蘇生直後の戦闘は荷が重かったか……」


死霊術師が低く呟く。その表情は険しく、声に焦りが混じっている。

そして壁際へと歩み寄り、装飾の施された禍々しい杖へと手を伸ばす。

黒曜石のように艶のあるドクロを模した飾り、乾いた鳥の羽、獣骨……どこか原始宗教めいた悪趣味な一本。


それを手にする前に、と俺は必死に身を起こそうとした。

ぎこちない。関節という関節がギチギチと軋む音を立てる。

それでも、もどかしさが俺の背を押す。


ビッグラットは、保存食の山と俺とを見比べ、鋭い鼻をひくつかせる。

赤黒い双眸が、再びこちらを射抜く。

今にも、二撃目を繰り出すつもりだ。


「……王だナンだ、言わレテも……」

少しの悔しさが、やがて黒い炎のように胸の奥で燻った。

――俺は、何もできないのか?


死霊術師が杖を構え、何やら術を使おうとした、ちょうどその瞬間だった。


「ギュヂュウウッ!!」

けたたましい悲鳴が、アジトの空気を裂いた。

「っ!?!」

ミイラ男も、死霊術師も、一瞬、息を呑む。


巨大なネズミの全身が、突如として黒い靄に包まれた。

闇そのものが具現化したかのような濃密な黒。

それはビッグラットを覆い尽くし、肉と毛皮のすべてを蝕んでいく。

ビッグラットは痙攣し、喉の奥でひときわ高い悲鳴をあげ、そして――崩れ落ちた。


死んだ。


あれほどの巨体が。

何も触れられた様子もないのに、魂ごと燃え尽きたみたいに、動かなくなっていた。


「……すゴイ…ナ」

ようやく上半身を起こせた俺は、思わず呟いていた。

「今ノハ……あんたが..やったのか?」


そう問いかけると、返ってきた答えは予想外だった。


「いや、私は何もしていない」


「……エ?」


死霊術師は、顔を伏せたままビッグラットの亡骸を凝視していた。

額には見たこともないほどの汗が浮かび、呼吸が浅い。

その背中が、ごく僅かに震えている。


「即死させるような……死霊術など、私は知らん。……私は、上級霊(スペクター)を召喚して対処しようとしただけだ……これは……」


彼は杖を強く握りしめ、かすれるように続けた。

「これは……別の“何か”だ……」


声は、驚愕と怯えに満ちていた。


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