第9話「ピラミッド」
ゴンギは腕輪を返しながら言った。
「ルーツはわからんが……おそらく、特殊な魔道具だな」
魔道具、という単語に首をかしげると、説明してくれた。
この世界には、現代文明の機械はないが、魔力や聖なる力を注いで作られた品――それが魔道具だ。
冷蔵庫やレンジの代わりになったり、灯りをともしたり、色々と便利な効果がある。
「魔道具は簡素なものでも高価で、私もそんなには持っていない」
そう言ってゴンギは少しだけ悔しそうにしていた。
「いヤぁ……元いタ文明っテ、あリガたかっタンだナ……」
ため息をつきながら、腕輪をまた左手首に通し、開閉する。
またしてもキュッと音を立てて、呼吸するかのように締まり、腕にぴったりと沿った。
まるで、ずっと王を待っていたかのように。
「その腕輪をはめて、何か変わった感覚はあるか?」
ゴンギが医者の診察みたいな顔で、食い入るように聞いてくる。
別に特別な力が湧いたり、頭が冴えたりしたわけじゃない。
数秒ほど真面目に考えてみたが……うーん。強いて言うなら、なんとなく落ち着くというか、しっくりくる感じはあった。
「いやぁ……特ニ、これとイって?」
肩をすくめると、ゴンギは若干残念そうに眉をひそめ、「ふむ」と呟き、無機質な天井を見上げる。
そして、何かをひらめいたらしい。
「たとえばそうだな、その左手から、呪力や冥力による攻撃が……出せたりはしないか?!」
言われるがまま、映画や特撮ヒーローみたいに左手を前に突き出す。
「試シてミよウ……!」
その瞬間、ゴンギが慌てて両手で顔を覆い、後ずさった。
「わ、私に向けるな!」
いやいや、まだ何も出てないから!
少しだけそんなゴンギを哀れに思いながらも、「ごメんごめン」と乾いた声で言い、
腕をぐるっと回して、狙いを適当に部屋の片隅にあった――例の屍体に定める。
……昨日、声帯を引っこ抜くのにゴンギが使ってたやつだ。
ゴンギは、腕の先がそっちを向いた瞬間にほっとしたような顔をしたが、
その目は完全に「全く危ないヤツめ……」という無言の圧で満ちていた。
でもな。
こっちはお前が古代の貴重な遺物を、ゴロゴロ床に転がしてたのを見た時、
同じくらい危なっかしい気持ちになったんだよ。
――お互い様だろうが。
(そんな言い訳を心の中でぶつけた。)
そして、いざ。
さらに壊れた肩を突き出して、屍体に向かって左手をピンと突き出し、心の中で念じる。
「(いでよ!波動攻撃的なの!)」
「(ザ・ファイヤー・サンダーマジック!)」
「(秘流暗黒奥義・其の一!絶闇!)」
――これ、確実に黒歴史だな。
何も起きず、ゴンギがまた「ふむ……」とため息をつきかけた、その時だった。
シュルルッ――。
無の空間から、無数の白い...若干半透明な包帯が現れ、目の前の屍体をぐるぐる巻きにしていく。
ミイラ男とその主人は思わず顔を見合わせた。
「な、なにかもっと念じてみろ! さらに強く締め付けるとか!」
ゴンギが即興で指示を出してくる。
「お、オウ!」
包帯がさらに締まり、屍体がギチギチと音を立てる。
視界の端で、シチューも「チュギッ!?」と声にならない悲鳴をあげ、後ろ足でぴょんっと少しだけ跳びはねたのが見えた。
二十秒もせずに、包帯はふっとほどけ、消えた。
もっと強く、長く念じれば維持できたのかもしれないが……今はわからない。
ゴンギはしばらく唸り、分析を始める。
「……見たことのない術だ。冥術でも呪術でもこのようなものは聞いたことがない。魔力で作られた包帯でもないな?……属性術の痕跡を感じない。それとも、ピラミッドのアンデッドモンスターが持つ接触麻痺や、魔法封じの派生か……?」
ゴンギが延々と推理を続けるのを聞きながら、俺はまた屍体に向かってシュルッ、シュルッと包帯を出したり消したりして遊ぶ。
これ、意外と楽しい。
そして、不意にゴンギの言葉が耳に引っかかった。
「……ピラミッド……?」
その単語に反応して顔を上げる。
「なあ、おイ! 今、ピラミッドって言っタカァ!?」
あまりの興奮に声が裏返った。
が、そもそもこの身体から出る声は――ミイラの体では極限まで乾ききっていて、低く、響く。
口の奥から漏れ出る声は、カサカサとした不気味な残響がまとわりついていて、
言うなれば、アニメに出てくる悪役怪人とか宇宙人みたいな、あの気味悪いエコー付きの低音だ。
だから裏返ると……最悪だ。
低いのか高いのかも分からない上に、悪の幹部が死ぬ間際に「グワーッ!」と叫ぶみたいな、人間離れした響きになる。
自分で出しておいて、背筋がゾクッとしたくらいだ。
「ピ、ピラミッドッォ……ッ!!」
がらんどうの胴体から絞り出された声が、ビョォォンと洞窟みたいな部屋中に響く。
シチューまで、思わず振り返った。
するとゴンギが、いつもの鋭い目でチラリと俺を見て、
「むっ? 当たり前だろう。その遺体を見つけてきたのも、ピラミッドのすぐ近くだったからな」
と、なんでもないことのように言った。
その目が言っている。
――「いやいや、こういうミイラの遺物なんて、そりゃピラミッド周辺に決まっているだろう」と。
……こっちは異世界だから、そこも共通してるか一応確認してるだけなんだが!?
心の中でそうツッコみながら、カラカラと喉の奥で乾いた息を吐いた。




