プロローグ
俺の名前は、河来 未来。
エジプト考古学にささやかな憧れを抱く、ただの日本人だ。
大学を出たものの、就職にはつまずき、今は都内のとある古代博物館でバイト中。
ファラオのレプリカに囲まれて埃を拭く日々だったけど、俺はそれなりに満足していた。
古代文明の遺物たちにはロマンが詰まってるし、何より、あの独特の乾いた空気と香料の匂いが好きだった。
そんなある日のこと。
時刻は20時12分。妙にハッキリ覚えているのは、そのあと観る予定だった映画のせいだ。
1932年公開のモノクロ映画、『ミイラ再生』。
通算5度目の鑑賞だが、何度見ても飽きない。
ドラキュラや狼男、フランケンシュタインの怪物に比べて、地味で静かな存在――けれど俺にとって、ミイラ男こそがホラー界屈指の“ロマンチスト”だった。
神官イムホテップ。
彼は3700年前、禁じられた恋に落ち、エジプト王女の魂を追って現代に蘇る。
ミイラと聞くと、内臓を取り出して乾燥させるだの、古代の奇習だと思われがちだが……イムホテップは違う。
生きたまま包帯で巻かれ、棺に閉じ込められた、許されぬ恋人。
数千年を経ても浄化されない執念。その重さに、俺はなぜか少しだけ同情してしまう。
――なんて、また熱く語ってしまった。
映画を観る前に、ちょっとだけ贅沢をしようと思った。
俺はコンビニで期間限定の発泡酒を手に取り、夜の街へ出た。
小雨が降っていた。
濡れたアスファルトに街灯の光がぼんやりと滲んでいる。
交差点の信号が青に変わった。
スマホを片手に、職場からの連絡を確認しながら歩き出す。
その瞬間――視界が、真っ白に染まった。
轢かれたのか? 感電? それとも……何か別のものか。
全身の骨が砕けるような衝撃。
地面に沈んでいくような、重くて柔らかい浮遊感。
けれど、不思議と〈意識〉だけは残っていた。
(……ここは、どこだ? 俺は……死んだのか?)