プロローグ
拙者、かつて敵同士だった因縁ある二人がやがて恋仲になるような展開大好き侍。
試しに自分でも書いてみたで候。
サンビタリア王国——私が生まれ育ったこの国には、古くから伝わる“言い伝え”があった。
——サンビタリアは、女神の祝福を受けた国である。
その祝福に守られて、サンビタリアの民は豊かな暮らしを享受している。
——そして、国が危機に瀕した時、女神は地上に救いの手を差し伸べる。
己の代理人——すなわち、“聖女”を遣わすことで。
国に疫病が蔓延すれば、疫病を癒す奇跡の力を授けられた聖女が現れる。
天災によって国に飢饉が訪れれば、田畑に豊穣をもたらす奇跡の力を授けられた聖女が現れる。
そして、戦によって国が滅びそうになれば——敵を殲滅し、国に勝利をもたらす奇跡の力を授けられた聖女が現れる。
それはこの国に生きる誰もが知っている伝説だった。
教会の説教でも、子ども向けの絵本でも、酒場での語り草でも、決まってそう語られていた。
三百年前——聖女の奇跡によって疫病から救われた。
二百年前——聖女の奇跡で大飢饉から救われた。
百年前——聖女の奇跡で他国の侵略を退け、以来、国は長きに渡って平和を謳歌した。
だからこそ、人々はどこかで信じていた。
“いざとなったら、聖女様がなんとかしてくれる”——と。
聖女の存在は、祈りの対象であると同時に、都合の良い“最後の保険”でもあった。
聖女は、神の力がほとんど失われたこの時代にあって、唯一、神の代理として奇跡を起こせる存在。
そんな聖女の力に寄りかかり、依存することで成り立っていたのが、他でもない——このサンビタリア王国だった。
そして、数年前のこと。
国の王族貴族が、愚かにも神聖ルドベキア帝国——近隣諸国で最も強大な隣国の軍事国家に対して、無謀な戦争を仕掛けた。
当然のように敗戦が続き、その挙句に報復の逆侵攻を受け、国土は焼かれ、王都にまで敵の軍靴が迫った。
王国は、あと一歩で“滅亡寸前”という地獄の縁に立たされた。
そんな時だった。
女神は再び地上に目を向け、この国を救うために新たな聖女を選んだ。
それは、およそ百年ぶりの出来事だった。
——そして、選ばれたのは。
王国の片隅にある、貧しい辺境の村。
そこで暮らしていた、銀色の髪と青い瞳を持つひとりの村娘——そう、私だった。
これから聖女としてすべきこと、学ぶべきことを教えてくれる神託と、戦争を終わらせることができる力が込められた女神様の祝福。
その二つの力を受け取ったことで、私は、その日から“聖女”となる定めを背負うことになった。
それがすべての始まりだった。
……そして、最悪の結末を迎えた、聖女としての私の人生の幕開けでもあった。
「魔女ライラ。これより大罪人であるお前を処刑場へと連行する」
兵士の冷たい声が、ひんやりとした地下牢の石壁に反響する。
その言葉が、現実逃避のように回想に浸っていた私の意識を、無慈悲に現実へと引き戻した。
「……はい」
私は静かにうなずき、冷たい石床に手をついて立ち上がった。足枷のせいで足元が重く、歩幅は自然と狭まる。
動くたび、ジャラジャラと鎖の音が響き、それはただの金属音ではなく、“私が囚われの罪人である”という現実を何度も何度も耳元で告げてくる。
牢から出されると、地上から吹き込む外気が肌を刺す。
冬の終わりのような冷たさ。けれど、その痛みすらも、今の私にはどうでもよかった。
この半年の間に、痛みにはもうすっかり慣れてしまっていたから。
枷に繋がる鎖を引く兵士に引きずられるように、長い石畳の回廊を進む。
そして、私はついに地上へと引き出された。
『魔女だ』
誰かの声が、群衆のざわめきの中に鋭く突き刺さる。
地上には一目処刑される魔女——私の姿を見ようと多くの人々が詰めかけていた。
人々は私が格好の娯楽を見つけたかのように興奮し、ざわめき、半ば狂乱しながら今か今かと処刑の時を待ち始める。
『悪女め』『化け物め』『信じてたのに』『女神様の名を汚しやがって』『戦争になったのもきっとお前のせいだ』
そんな怨嗟に満ちた罵声が、あちこちから私に浴びせられる。
言葉が刃となって突き刺さり、心を抉っていく。
かつて“聖女”と讃えてくれた人々の口から、こんな言葉を聞く日が来るなんて、あの頃の私には想像もできなかった。
「着いたぞ。ここでお前は裁きの業火に焼かれて死ね」
罵声の嵐の中を暫く進むと。
やがて騒がしい罵声の中、兵士の声が罵声を遮るように響いた。
そして私は、山のように積まれた枝木の上に、一本の太い木の柱がそびえ立つ場所——処刑台へと辿り着いた。
「……何か言い残すことは? 謝罪でも悲鳴でもいいそうだ」
私を柱へと括り付けながら、兵士が聞いてきた。
おそらく、処刑を見に来ている私を陥れた悪趣味な王族貴族の誰かに命令されていたのだろう。
「大人しく刑を受け入れます。ですから、どうか家族と戦友たちの解放を」
「……お前が焼死したのを確認した後、ちゃんと解放するそうだ」
その言葉を聞いて、少しだけほっとした。
保護という名目で人質にされている家族の命。短い間だったけど、戦場で共に戦った仲間たちの命。
今日ここで私が処刑されることで、みんなを助けることができるのだから。
「では、これより……魔女ライラの処刑を行う!」
何やら命じる声が聞こえた。
正直、恐怖はあった。悔しさも、悲しみも、怒りもあった。
でも今、それを口にすることはない。
それらを口に出したとしても、私の死を望む人たちを余計に喜ばせるだけだろうから。
「火をつけろ!」
いよいよ処刑が始まったようだ。
処刑の合図とともに、足元に敷かれた枝木に火が灯される。
炎は瞬く間に燃え広がり、私の足元から這い上がってくる。
(……こんな最期を迎えるなら、聖女になんてなりたくなかった)
煙が喉を塞ぎ、目が熱くなる。
燃え上がる火柱が、視界を赤く染めていく。
そのとき、ふと、走馬灯のようにこれまでの人生が頭の中を駆け巡った。
思えば、色々あった。
十二歳の誕生日を迎えた日。
突然、女神様の声が私に降りてきて——神託と祝福という、聖女としての使命と力を授かった瞬間から、私の運命は変わった。
(私、この国のために尽くして頑張ったのになあ……)
神託に従い、授かった力を使いこなせるようにと修行に励み、聖女の力で帝国との戦争で滅びかけていた王国を救い、三年に及ぶ帝国軍との激闘の末に戦争を終結へと導いた。
(聖女としての使命も、ちゃんとやり遂げたはずだった)
戦争が終わってから、私は女神様からの神託を聞くことができなくなった。
でも、それはきっと、私の役目が終わったという証なのだと信じていた。
そう、戦争の終結によって私の聖女としての役目は終わった。
けれど、同時にそれは地獄のような日々の始まりだった。
戦争が終わってすぐに、王国では政争が始まった。
戦争での責任の押し付け合い。王位継承権争い、王族や有力貴族の婚約者争い……皮肉にも亡国の危機だった戦争のおかげで後回しにされていた国内での問題が一気に表面化するようになった。
すると、平民出身でありながら、聖女としての強大な力と影響力を持つ私は、次第に政争に明け暮れる王族や貴族にとって邪魔な存在になってしまった。
だから、戦が終わるとすぐに、この国の王族や貴族たちは政争の邪魔になりそうな私のことを排除しようと動き出した。
ある日突然、身に覚えのない罪を着せられ、断罪され、私は地下牢に投獄された。
どれだけ潔白を訴えても、誰も耳を貸さなかった。
(もっと私の言葉、信じてほしかったなあ……)
王族貴族によって意図的に流された聖女としての私を貶める噂。
その噂は嘘ばかりだったけど、民衆はあっさりとそれに乗ってしまった。
戦争の爪痕が深く、親兄弟や子や孫や恋人を失い、復興のためという名目で取り立てられる重税に苦しめられる日々への怒り。
その怒りの矛先を探していた彼らにとって、貶められた私は、ようやく見つけることができた矛先を向けるのに都合がいい“魔女”だったからだ。
何とも酷い掌返しだ。何とも酷い風評被害だ。
そして、何より辛かったのは——
家族や戦友たちを“保護”という名で人質に取られていたこと。
その一手で最初から完全に詰まされていた。
私だけなら聖女の力があったから、正直逃げるのは簡単だった。
でもお父さん、お母さん、可愛い弟……そして軍で数少ない頼れる存在だった、副官だった眼鏡の彼や私と肩を並べて戦った部隊のみんな……。
関わりがある大切な人たちを見捨てるなんてこと、できるはずがなかった。
だから私は諦めて、大人しく捕囚の身になった。
それから半年もの間——私は暗く湿った地下牢へと幽閉され、光のない日々の中に閉じ込められた。
そこで毎日のように尋問を受け、拷問に晒され、幾度も痛みに晒され、尊厳を踏みにじられた。
汚され、辱められ、魂の奥にまで手を伸ばされるような地獄の中で、心も体も削られていき、私は徐々に壊されていった。
(とりあえず、この国……特に、王族貴族のことは呪う。化けて出て全力で恨みを晴らしてやる。それぐらいは、流石に女神様も許してくれるはず……)
なんてことを人生振り返りながら考えていたら、いよいよ、呼吸が苦しくなってきた。
視界がぐらりと揺れ、痛みの感覚も薄れていく。
(……そうだ、せっかくだから、最期ぐらい女神様にお願いしてみようかな)
限界が近づいているのがわかる。
死がすぐそこにあるのに、不思議と涙は出なかった。
(お願いします女神様! どうか天国か来世では、もっとましな人生送らせてください。具体的には、す、素敵な恋人との、う、運命的な出会いとかがある人生を!)
聖女らしからぬ、情けない願い。
でも、私は本気だった。
思えば、私の人生は聖女として腐った王国に尽くしたせいで、人生でやりたかったことが殆どできなかった。
だから、もし次があるのなら——
剣や魔法の修行に明け暮れることでもなく、押し寄せる幾万もの敵の軍勢を殲滅することでもなく、見た目だけは凄く良い敵国の戦闘狂の煩くて面倒臭い皇太子とそのお供の強い騎士たちとの殺し合いでもなく——
戦争なんてない、穏やかな世界で普通の女の子として生きてみたい。
そして、一度でいいから物語のような運命的な恋をしてみたい。
たとえもう神託を受け取れなくなってしまったとしても——
最期くらい願いが届いていてほしい。
「……さようなら、みんな。おやすみ、私」
その願いを最期に、私の十六年の人生は幕を閉じた。
燃え盛る業火に包まれて、かつて聖女と呼ばれていた、魔女ライラとして最期を迎えた。
♠︎♠︎♠︎
聖女ライラの処刑から一年。
サンビタリア王国隣国、神聖ルドベキア帝国。
帝国有力貴族ローズクオーツ伯爵家屋敷にて。
「決めたぞ!この子の名前はライラにしよう!たった一人で我等帝国軍を退け、この俺にも今尚消えぬ誇りある傷痕を刻んだサンビタリアの麗しの聖女と同じ名だ!」
ライラという名を名付けられた一人の娘が誕生した。
「バブ!?(あ、もしかして最期のお願い聞いてくれた!?)」
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