異世界行きのバス、発車します
「おーい、そろそろ起きろよ! 目的地に着くぞ!」
ハンドルを握りながら、俺——桐島 拓哉 は、後部座席の生徒たちに声をかけた。
この春から転職し、観光バスの運転手になったばかり。今日はとある高校の修学旅行で、目的地までの長距離運転を担当している。
車内はすっかりくつろぎムードだ。修学旅行初日とあって、まだみんな元気いっぱい。
「おい、次のサービスエリア、めっちゃ広いらしいぞ!」
「マジで? じゃあソフトクリーム食おうぜ!」
「お前、さっきもアイス食ってただろ!」
後ろの座席からは男子生徒たちの楽しそうな声が聞こえる。一方、女子たちはスマホを覗き込みながら、何やら動画を見て盛り上がっている。
「ねえねえ、これ見て! 先生が集合写真撮ったときの顔!」
「ウケるんだけど! 変顔すぎる!」
「先生に見せたら怒るかな?」
「いや、意外とウケるかもよ?」
俺はバックミラー越しに生徒たちの様子を確認し、思わず苦笑した。こういうのを見ると、「青春っていいなぁ」としみじみ思う。
そんな中、マイクを握ったのはクラスのムードメーカーらしき男子生徒——田辺。
「みんなー! せっかくの修学旅行なんだから、カラオケ大会しようぜ!」
「おっ、いいね! 誰か歌えよ!」
「じゃあ、私からいきまーす!」
女子生徒の一人が立ち上がり、ノリノリで歌い始める。まるでバスの中がカラオケボックスになったようだ。
「運転手さんも、何かリクエストあります?」
突然話を振られ、俺は苦笑いしながら答えた。
「そうだな……じゃあ、懐メロでも頼むよ」
「えー!? 運転手さんの世代の懐メロって、何年くらいの曲っすか?」
「おいおい、そんなに俺が年寄りみたいに言うなよ」
笑い声が響く。車内は完全にお祭り騒ぎだ。
……だが、その平和な時間は長くは続かなかった。
突如、視界が歪む
「ん? なんだ……?」
フロントガラスの向こう側が歪んで見える。まるで蜃気楼みたいに、景色が揺らいでいる……?
次の瞬間——
ガクンッ!!
「うわぁああっ!!」
「きゃあああっ!」
バスが大きく揺れ、車内に悲鳴が響く。俺は必死でハンドルを握りしめ、ブレーキを踏んだ。
——が、効かない。
「くそっ、どうなってやがる!」
道路が突然、砂利道に変わっていた。いや、それどころか……周囲の景色がまったく違う。さっきまで高速道路を走っていたはずなのに、広がるのは見たこともない森。
……待てよ? 森だと?
「ちょっと待て、ここどこだ!?」
助手席の先生——橘先生 も目を見開いている。
「えっ……!? どういうこと? さっきまで高速道路だったのに!」
生徒たちもバスの窓から外を見て、騒然となる。
「先生、これはどういう状況ですか!?」
「わ、私にもわからない……!」
俺は頭をフル回転させながら、ブレーキを踏み続ける。すると、ようやくバスがガタガタと減速し、何とか停車した。
車内に静寂が訪れる。
——どういうことだ?
俺たちは、異世界に転移したのか?
「とにかく、みんな落ち着け!」
俺はすぐにアナウンスを入れた。
「ケガをしたやつはいないか? 全員、座席に座ったまま、先生の指示に従え!」
生徒たちがざわめきながらも、俺の声に従う。橘先生も冷静さを取り戻し、生徒たちを確認し始めた。
「全員無事……みたいです」
「よし……まずは、状況を整理しよう」
俺はバスを降り、外の様子を確認することにした。
ドアを開けると、目の前には見たこともない景色が広がっていた。
青々と生い茂る森、空を舞う巨大な鳥、遠くに見える城塞都市。
……どう見ても、異世界だ。
「……マジかよ」
俺たちは、修学旅行の途中で異世界転生してしまったらしい。