間話1 今度こそ私と一緒に幸せになろう
私には大好きで結婚まで考えていた彼氏がいた。普段は頼りなさそうなくせにいざって時はかっこいい有翔の事を私は本気で愛していたのだ。
このまま有翔と二人で一緒に幸せになるのだと私は信じ切っていたし、きっとそうなるのだろうと思っていた。だがそんな幸せは呆気なく崩れ去ってしまう。
『落ち着いて聞いてください、氷室さんは現在急性骨髄性白血病に罹患しています。今すぐ入院して治療をする必要があります』
会社の健康診断で受けた血液検査で異常が見つかったため精密検査を受けた結果、私は急性骨髄性白血病と診断された。生存率は二十パーセント未満と言われて目の前が真っ暗になった事はいまだに忘れられない。
死んでしまう可能性が高い私なんかのせいで有翔の人生を狂わせたくなかった。そう思った私は心を鬼にして一方的に同棲を解消し、理由も告げないまま有翔と別れる選択肢を選んだ。
私なんかの事は忘れて有翔は幸せになって欲しい。自分の気持ちに蓋をして私は有翔の幸せをひたすら願い続けたが、彼への思いは簡単に消えてくれなかった。むしろ蓋をすればするほど強くなる一方でしかなかったのだ。本当は有翔と一緒に生きていきたい。
そんな私の願いに神様が答えてくれたのか、入院して治療をした末に私の白血病は完治した。生存率二十パーセント未満という低確率に私は打ち勝ったのだ。
『入奈、退院おめでとう』
『お母さん、ありがとう』
無事に退院出来た私は有翔に本当の事を打ち明ける事を決めた。しかし有翔に電話をかけても繋がらずメッセージを送っても一向に既読がつかなかった。
もしかするとブロックされているのかもしれない。まあ、あんな振り方をしたのだからそうなっても仕方がないか。私はそれだけの事をしてしまった。
だから私は誠心誠意謝るために付き合っていた頃、何度か行った事がある有翔の実家へと足を運んだ。そこで私は今までかつてないほどの絶望を味わう事になる。
『そう、あなたが氷室さんなのね。来てくれてありがとう、きっと天国にいる有翔も喜んでるわ』
『……えっ、冗談ですよね?』
私は有翔のお母さんの言っている事が信じられなかった。もしかしたらそう言って私を追い返すように有翔が頼んでいるだけかもしれない。
絶対にそんなはずなんてないのに私はそう思い込もうとしていた。いや、有翔の仏壇に案内されるまで多分本気でそう思っていたに違いない。
だから仏壇を見てようやく現実だと認識した私は泣き崩れる事しか出来なかった。有翔の死因は極度の疲労と睡眠不足による過労死だったらしい。
生存率二十パーセント未満と宣告された私が生き残り、健康だったはずの有翔がこの世を去るなんてあまりにも理不尽過ぎやしないだろうか。
それからの私は完全に生きる希望を失って抜け殻のようになった。もし私が本当の事を素直に打ち明けていればこんな事にはならなかったかもしれない。後悔してもしきれなかった私は考えるのを辞めた。
それからどれだけの時間が経ったのだろうか。気付くと私は過去に戻っていたわけだが、最初は何が起こったのか全く分からなかった。
最後に見た時より明らかに若いお母さんに起こされて学校に行けと言われたのだから当然だろう。もしかしてこれが死ぬ間際に見えると言われている走馬灯なのだろうか。
そんな事を考えながら相変わらず状況が全く分からないまま今日一日を過ごしていたが、廊下の向こうから歩いてきた人物を見て胸の奥から熱い何かが一気に込み上げてくる。
そう、私の目の前に現れたのは有翔だったのだ。別れ話をしたあの日の有翔よりも明らかに幼かったが見間違えるはずがない。もしかして私は神様からやり直しのチャンスを与えられたのではないだろうか。
きっとそうに違いない。もしこれが走馬灯なら痛いくらいに胸が高鳴ったりこんなにも顔が熱くなったりはしないはずだ。もう絶対に有翔の事を離さないし、他の誰にだって絶対に渡すつもりはない。
「今度こそ私と一緒に幸せになろう」