第13話 港町にて、犬好きの少女は。 5
おそらく綺麗な家だったのだろう。豪華という訳ではないし、大きな家という訳でもないが、掃除が良くされていて、整えられていて、そんな家でチャルは両親と笑いあっていたのだろう。平和に暮らしていていたのだろう。
目の前に広がる地獄は何だろうか?かろうじて人の形を保っているものの潰され、噛みつかれ、割かれた遺体が三つ。血だまりの上には犬の毛やら家具やらが散らばっている。
何も考えることができない。悲しいとか、もう少し早く来た方がよかったという後悔などユーラスは感じることができなかった。ただただ目の前の凄惨な視覚情報に圧倒されていた。唖然とした状態のまま、すがるようにアビィを見る。
アビィはあろうことかニコリとほほ笑んだ。そして何か口を開こうとしたとき、後ろ側から、つまりドアの方から女性の叫び声が聞こえた。
「きゃああああああ!!」
チャルの両親の友人だろう。アビィの魔法で魔犬が浄化され、自分の周りが落ちついたから、チャル家の様子を見に来たら…、ということだろう。
「何てこと…」
地面に座り込んでしまう女性を横目に、アビィは指示を出した。
「ユーラス、テル、リッツ・ポートの人をできるだけ集めなさい。これから、奇跡の証人になってもらうわ!」
思考を放棄していたユーラスは、主人たるアビィの命令に従う以外の選択肢がなかった。アビィが言った”奇跡”が何を指すのかなんてところまで頭を回す余裕もなかった。
港町では、かなり多くの人が外に出ていた。魔犬は完全に消えていた。アビィが浄化の魔法をしたのは二回だけで浄化しきれていない魔犬もいるはずが、一匹も見当たらない。魔犬が突然湧きどこかへ消えていったのだから、町の人が様子見に出ているのはおかしくない。
ユーラスは声を張り上げるだけだった。チャル家が皆殺しにされたという旨のことをただただ叫んだ。不謹慎にもほどがあるが、ユーラスの頭はその光景でいっぱいだった。その叫びを聞いた村人は不審そうにユーラスを睨むがほぼ全員がチャルの家へと走っていった。それだけチャルが好まれているということだろうとユーラスは思った。
頃合いを見てテルとともにチャルの家へと戻ると、80人ほどの村人が集まっていた。
唖然とする者、泣き崩れている者、何かの準備をするアビィを注視する者。
「さあ、準備完了しました!! あ、ユーラス、テルこっちに来なさい」
アビィは明らかに場違いなテンションだったが、ユーラス、テルはそれに従った。
アビィ一行と町民たち、そしてその間に3つの死体。
部屋は若干物が移動されたような気がするが、特に何か仕掛けがされたような跡はない。ありがちな魔法陣が書かれていたり、なんてことはない。
ユーラスはアビィを見る。パン、と手を叩く音がした。
光があたりを包む。
馬鹿な話である。が、それはユーラスが確かに目にした光景だった。ほかの町人も皆、唖然とした。
「生き返った…?」
そこには3人の姿があった。チャルとその両親と思われる男女。ちゃんと服も着ていた。本人たちは生き返ったのを喜んでいるようなそぶりもなく、ただただ困惑しているようだった。
光に包まれて3人が生き返るなんて、まるで聖書の中のエピソードだ。アビィはまさしく聖女だ。心なしか神々しく見える。
しばらくして、拍手喝采が巻き起こった。町の人々がアビィを崇め始めたのだ。チャル一家は混乱しているし、生き返ったとはいえ体へのダメージが計り知れないのでとりあえず仲の良い家に泊めてもらうことになった。
「アビィ教にぜひ入信させてください」
ここ数日の宣伝では一度も足を止めてくれなかった人々が次から次へと入信を申し出た。あの神業を見せられたのだ、当然だろうとユーラスは思った。この事件から一日たつ頃には港町の8割がたの人が入信していた。
人々の入信を受け付けた後、宿屋でアビィは満足そうに言った。
「ふふん、これでこの港町でも布教完了ね!次は国行くわよ、国!」
「もう出ちゃうんですか?」
今この港町からの好感度は最高潮に達していた。宿泊費も食事代もタダにしてくれるようだしもうしばらく滞在してもよさそうだとユーラスは感じていた。
「一人でも多くの人に布教するのがこの旅の目標なのよ。休んでる暇なんてあんまりないの!」
そう言ってそそくさと準備を始めるアビィに従い助手たちは自分の荷物をまとめる。
出発の直前で一人、声をかける者がいた。
「あの、ありがとうございます!生き返らせてくれたんですよね?」
チャルだった。いつのまにか敬語になっていた。
「わたしも入信させてください!」
そう申し出た。もちろんアビィは快諾する。
「もちろんいいわ!わたしの偉業を語り継ぎなさい!!」
そう言ってアビィ一行は歩み始める。
「また来てねー!!アビィ様!お兄さん!!」
手を振りながら見送るチャルと他大勢の信者たちであった。




