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第1話 幼魔女との出会い 1

 冷たい風が肌を刺す。

 ここは、高い高い城壁の上。風を遮るものなど何一つない。そんなところに、ボロボロの鎧を着た男たちが等間隔に並んでいた。皆、冷たくなった手をこすりながら、ぼーっと遠い地平線を眺めていた。

 ユーラスもその中の一人だ。毎日毎日、同じ場所で同じことをするだけ。給料は安いから金はたまらない。でもずっと立ってるので疲れはたまる。ただ、鎧をきて、遠くを眺めるだけの仕事だからやりがいも成長もない。

 仲の良い友人もいないから雑談で暇をつぶすこともできない。もちろん、家族もいない。だから、今日も帰る先は粗末な独身寮。

 そんなことを思いながら、ユーラスはぼんやりと風景を見ていた。

 

 そのとき、視界の右端にきらりと光るものがあった。一瞬ではあったが、木々が茂る黒々とした森に明らかに異様な輝きがあったのだ。


(…あれは?)

 

 ユーラスはあたりを見回す。周りの兵はみんな別のところを眺めていて、どうやら気付いた様子はないようだ。つまりあの不審な光を知っているのはユーラスただ一人ということになる。

 どんなに些細なことでも必ず報告をしなければならない。それがユーラスの仕事であった。しかし、ユーラスはこの不可思議な現象を誰かに教えてしまうのが惜しかった。もちろん、異変があることを知ったうえで報告しないと大変な罰を受けるのだが、他に見たものがいないのだからユーラスの職務怠慢がバレるなんてことはない。そんな風に心の中で言い訳しながら固く決心するのだった。


(後で見に行こう)


 日が落ち、今日の職務が終わる。同輩たちがくたびれた顔をしながら各々のいつもの帰路についた。昨日も一昨日もそうだったように。ユーラスも同じように一旦自分の部屋に帰った。変な疑いをかけられたくないからだ。もし城壁の外側に行くところを目撃されてしまったら命すら保証されないだろう。一方で、ユーラスの心は既に城壁の外側にあった。あの謎の光。それはユーラスにとって、つまらない日常を打破する唯一の希望になっていたのだ。


 部屋の中に入り、深呼吸。ユーラスは自分の体温がやや上がっていると感じた。興奮しているのだ。まず鎧を脱ぎ捨てた。汗でびっしょりになった服や下着も脱いで、そこらへんに投げた。木製のコップに薄酒を入れる。そして、全裸の状態で摂取。すこしは体温が下がると思ったが、逆効果だったようだ。


(早く、見に行きたい。今すぐ、見に行きたい)


 ユーラスは服を着ながら、はやる気持ちを押さえようとした。というのも、今の時間では交代した兵士たちの集中力が高く城壁の外に出ればすぐに見つかってしまう可能性が高いからだ。しかし、兵士たちの多くは一晩中ずっと注意できるような者ではない。昼間ですらぼんやりしているのだ。それはユーラスが一番知っている。あと一時間はここで待つべきだが、逆に一時間待てば大丈夫だろう。ユーラスのしょうもない10年分の経験がそう言っているのだ。


 ユーラスは持ち物の準備をすることにした。まず暗いからランタンが必要だろう。しかしそんなものこの部屋にない。というかあったとしてもそれを使ったら、いくらぼーっとしている兵でも気が付くのではないか。


(…仕方がない。自分がずっと見てきた記憶の風景を頼りにするか…)


 こうしてユーラスは光なしでの森探検を決心した。

 他に必要なものは…とユーラスは周りを見回す。出来るだけ身軽が良いので鎧は論外。武器は、万が一のためにナイフで十分だろうと考え腰に付けた。そしてコインも数枚ポケットにいれた。が、聞きなれた金属音を奏でて、コインはズボンの内側から床に落下した。


(はぁ…この服もさすがに限界か)


 さすがに手に持つわけにもいかないのでナイフ入れにぎちぎちにしながら入れた。不器用すぎて3枚入れるだけで相当な時間が過ぎてしまった。


(敵が出てきてナイフ取るときに、コイン落ちたら滑稽だな…)


 そんな悲しい妄想をしながらも、ついに行くべき時間が来た。

 

 ユーラスはドアをそっと開けた。ここまでも帰宅直後以外はできるだけ静かにしたつもりだ。独身寮に住んでいる他の住人に気付かれてはならない。

 

 静かに独身寮から出る。城壁を警護するもののための独身寮だから当然城壁への距離は短いが、城壁からこちらを見るものなんていないからこの時点でユーラスの外出には誰も気づいていないはずだ。

 

 夜になると独身寮の周りにはまったく人がいない。住宅が並んでいるが、賑やかな歓楽街は反対側だから人がそこに取られているのだろう。この無人具合もいつものユーラスからしたら平凡な日常の象徴なわけだが、今回に限ってはこれに助けられたことになる。

 

 それでも音をたてないようにひっそりと城壁に近づく。さてここからどうやって城壁の外にでるのかが問題だが、10年間勤めたユーラスには屁でもない。草に覆われていて外からは見えない穴があるのだ。地面を這うようにすれば大人が通れる穴だ。これはこの城壁に勤務することになって一年目のまだ冒険心がいっぱいの時に見つけた。たびたび気になって見に来ることはあったが通るのはもちろん初めてだ。


 ユーラスは狭いところが好きではなかったが、あの光――非日常を思い浮かべると圧迫感や恐怖はどこかへと行ってしまった。さっそく地面に手足をつけて、頭から穴のなかに入りずんずん進んだ。城壁は割と幅があったので、数分かかったが無事外へ出ることが出来た。

 

 さて、ここからは自分の記憶を信じていくのみだ。何百回とみたこの森。木々の位置さえなんとなく覚えていた。目をつむり、あの時見た光がどこにあったのかを思い浮かべる。


(確かずっと右の方だった。森のかなりの奥の方だ)


 ユーラスは右奥へと足を進めた。今自分がどこにいるのかちゃんと頭の地図に印をつけながら。そうしてだいぶ歩いた。しかし何も変わったものはない。夜目が効いてきたがそれでも暗闇の中で見えるのは木々のみ。あの光はもちろん、人間ひとりいない。


(収穫なしか)


 悲しい気持ちになると同時に、ユーラスは自分の体がだいぶ冷えていることを自覚する。今までは希望と情熱でわからなかったのだ。冷たい風にあたってぶるると震える。失望感で満たされながら踵を返したその時だった。


 急にあたりが突然、昼のように明るくなった。明るさだけじゃない、温かさも感じた。日の光だ。

 まさに昼になった。

 

「君、不幸だねぇ。わたしと出会っちゃうなんてねぇ~」


 やや挑発的な声の主は、ユーラスの身長の半分ほどの…


 少女。


「あ、君さ、ワクワクすることを求めてるよね」


 少女にじっと目を見つめられてユーラスは思わず目を逸らした。心の内側まで見透かされたかのように感じたのだ。


「うーん、よし!決定!!」


 嫌な予感がして、もう一度少女の方を見た。


「わたしの助手になってよ!!」

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