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偏愛霊  作者: 結城 からく


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第92話 食べ残し

 耐え難い苦痛で意識が覚醒する。

 視界は暗闇から元に戻り、霞んでいるがちゃんと見えている。

 目は完全に腐って溶けたと思ったが、一時的に視力を失っただけらしい。

 そのことにホッとした俺は、次に自分の身体を見下ろす。


 両腕が溶けて無くなり、胴体も大部分が腐っていた。

 千切れかけた下半身から腸が溢れ出している。

 血と腐液の混ざった激臭が脳髄まで突き上がってきた。

 我ながら酷い臭いだった。


「……あーあ」


 俺は深いため息を吐く。

 恐怖や絶望はあまりなかった。

 頭のどこかで予想していたからかもしれない。

 五体満足で生きているなんて、あまりにも都合が良すぎるだろう。


 俺は周りの光景に視線を移す。

 儀式の間は相変わらず信者の死体だらけだった。

 これを全部俺がやったのか。

 改めて振り返ると、よく勝てたものだ。

 途中で袋叩きにされて殺されてもおかしくなかった。


 俺は向日葵だらけの壁にもたれている。

 寄り添うようにして美夜子の死体が座っていた。

 細部まで醜く腐敗した、ただの死体である。


 シャッター音と共に、眩いフラッシュが焚かれた。

 瓦礫の隙間からひょっこりと顔を出したのは、スマホを構えた棺崎だった。

 ひらりと瓦礫を乗り越えた棺崎は、何時とも変わらない態度で歩み寄ってくる。


「おはよう」


 棺崎はアングルを変えながら室内の写真を撮る。

 何かの記録だろうか。

 少し気になるも、そんなことを訊いている場合ではなかった。

 俺は掠れた声で彼女に頼む。


「あの……救急車を、呼んでくれませんか?」


「気付いているだろう。君はもう手遅れだ。今も生きているのが奇跡だね」


 非情な言葉だった。

 だけどそれが紛れもない事実だと分かる。

 棺崎はそばにあった死体を椅子代わりに腰かける。


「私は君の依頼を全うした。新村美夜子さんの死体はそこにある。あとは勝手に燃やして埋葬したまえ」


「いや、この状態じゃ無理ですって……」


「なら私が処理しようか。追加料金で十億円くらい貰うが」


「ははは……」


 どうせこれから死ぬんだ。

 死体の埋葬なんてどうでもいい。

 冗談めかしているが、十億円だって本気なのだろう。

 やっぱり棺崎は筋金入りの守銭奴だ。


「君はよく頑張った。無力な常人なりにね。なかなか悪運も強いし、土壇場で抗う度胸もある」


「ど、どうも」


「だけど病的な他責思考だ。クズを自覚しているが、本心では己の罪を認めていない。誰かに落ち度を押し付け、言い訳をしながら自分を守ってきた」


 棺崎は辛辣な分析をつらつらと述べる。

 あまりに容赦がないので笑うしかなかった。

 死にかけの人間に酷じゃないのか。

 図星すぎて言い返せないのも含めて卑怯だろ。


「この結末を招いたのは君だ。誰のせいでもない。反省も後悔もいらない。ただ事実を認めたまえ」


「僕を……殺すんですか」


「まさか。一銭にもならない殺人を犯すはずがないだろう」


 棺崎が肩をすくめ、室内中央の十字架を指差す。

 そこから小さな霊気を感じた。


「君の最期を看取るのは彼女だ」


 十字架の陰から美夜子がこちらを覗いている。

 その姿は霊体だが、今までのバケモノじみたビジュアルではない。

 喰呪霊や禍舞明神を取り込む前の形態だった。


 俺は予想外の展開に混乱する。


「美夜子は……あなたに食べられたはずじゃ……」


「私が捕食したのは、彼女が吸収した他の悪霊と蠱毒の巫女の力だけだ。だから素の霊体だけが残った」


 立ち上がった棺崎は、爆破で崩れた出入口へと向かう。

 彼女は振り返らずに手を振ってきた。


「では邪魔者はそろそろ去るとするよ。恋人同士でゆっくり過ごすといい」


 一方的に話をした末、棺崎はいなくなった。

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