第89話 到達
気を取り直して十字架を見上げる。
美夜子は鎖で縛られている。
この状態の美夜子を拘束するとは、かなり強固な魔術なのが分かる。
時折、美夜子が腐乱死体に見える瞬間があった。
現在は死体と霊体が重なった状態で、どちらの姿も視認しているせいだろう。
早く死体を葬りたいが、このままでは無理だ。
かと言って放置するのは危険すぎる。
また霊体だけ抜け出してきて、俺の息の根を止めに来るかもしれない。
どうにか十字架から下ろさなければならなかった。
用済みの短剣を捨てた俺は後方に呼びかける。
「あのー、棺崎さん?」
棺崎はなぜか天井を仰いだ姿勢で動かない。
一体何をしているのだろう。
まさか俺が必死に信者と殺し合っている間も呆けていたのか。
(……役立たずめ)
苛立ちを感じた直後、俺は棺崎の異変に気付く。
彼女の下腹部を中心に不気味な霊気が発生していた。
それは徐々に密度を増し、破裂しそうな危うさを秘めている。
辛うじて体内に押し留められている……そんな印象を受ける。
とりあえず何もしていなかったわけではないらしい。
ただし、助けはまだ求められなさそうだ。
(自分でやるしかないか)
俺は信者の死体の中から斧を手に取った。
刃には複雑な紋様が刻まれている。
何か特殊効果があるようだし、きっと魔術の鎖にも有効だろう。
俺は斧を大きく振りかぶり、床から生えた鎖に叩き込んだ。
硬い衝撃と共に金属音が鳴り響く。
満身創痍の肉体が悲鳴を上げるも、鎖に少しヒビが入った。
あと何度か攻撃すれば割れそうだった。
そう判断した俺は、同じ鎖に全力で斧を振り始める。
一撃ごとに傷が痛むが、どうにか耐えて同じ動作を機械的に繰り返した。
やがて軽い音を立てて鎖が割れた。
拘束がほんの僅かに緩み、美夜子が身じろぎする。
いいぞ、この調子だ。
俺はすぐさま二本目の鎖の破壊を試みる。
「待って、ろよ……必ず、殺して、やる、からなぁ……」
鎖を一本ずつ断ち割る。
そのたびに美夜子が揺れた。
拘束が減って自由になろうとしている。
これから再び俺に殺されるとも知らずに。
先の展開を想像するだけで、斧を握る力がどんどん込み上げてくる。
「美夜子。美夜子、美夜子……みよこみよこみよこっ、みよこォッ!」
鎖が残り三本になった時、ついに美夜子が動き出した。
前のめりになって拘束を引き千切ると、そのままゆっくりと舞い降りてくる。
向日葵が翼のように溢れ広がった。
臓腑のドレスがてらてらと不気味に色めいている。
腹部が急速に膨らんで脈動を始めた。




