第73話 疑惑
棺崎が荷物を背負いながら説明を始めた。
「今から死体探しをするわけだが、いくつか注意事項がある。まず新村美夜子さんの襲撃だ。これだけ死体まで近付けばほぼ確実に妨害してくるだろう。とにかくはぐれないことを念頭に――」
話を聞く途中、俺は足元にぽつぽつと咲く小さな向日葵に気付く。
花びらが黒く変色し、鼻の曲がりそうな悪臭が立ち上ってきた。
俺は霊感を頼りに周囲を視線を向ける。
茂みから美夜子が真顔で覗いていた。
頭に向日葵を咲かせた美夜子は、臓腑のドレスを着てしゃがみ込んでいる。
棺崎の説明なんて頭から吹っ飛んでいた。
俺は全身を震わせて後ずさる。
「あ、わああ……き、来た……」
「やれやれ、いきなりか。作戦会議くらいの時間は欲しいのだが」
愚痴る棺崎は、白衣のポケットに手を突っ込む。
彼女はここで迎撃するつもりらしい。
信じられないが対抗できる自信があるようだ。
棺崎が何かする前に俺は動く。
美夜子がいる場所とは反対方向へ走り出した。
「すみません! 足止めをお願いします!」
獣道に踏み込んだ瞬間、背後から佐奈に腕を掴まれた。
彼女は怒りを露わに責め立ててくる。
「ちょっと! まさか先生に丸投げする気!?」
「あの人なら戦えるだろ!」
「だからって勝手に逃げるのは違うでしょうがッ!」
棺崎のいた場所で爆発が起きた。
土煙によって棺崎と美夜子の姿が見えなくなる。
存在しない片目の疼きが一気に強まってきた。
戦いが始まったのだ。
俺は佐奈の手を振り払って言う。
「今から戻っても意味がない。この隙に死体を燃やすべきだ。そうすれば棺崎さんも助けられる」
「でも探すのに時間がかかるでしょ。先生が死んだら終わりよ」
「大丈夫だ。場所は分かる」
そう断言して俺はまた走り出す。
山の斜面を駆け上がるのは大変だが全力疾走を保つ。
棺崎がいつ負けて死ぬかわからないのだ。
一秒でも速く移動しなければならならなかった。
後ろから佐奈もついてくる。
「ねえ! 本当に死体の場所が分かるの!?」
「そうだ! 俺だけが知っている!」
「どうして!?」
「説明は、後だっ!」
困惑する佐奈が何か喚いているがすべて無視する。
息切れで返事をしている余裕もなかった。
今はとにかく無心で突き進む。
それから何度か道に迷い、転んで土だらけになりながらも、俺は目的の地点まで辿り着くことができた。
山道から大きく外れたそこには、赤茶色の禿げた木が生えている。
樹皮を削って付けた印もあるので間違いない。
俺はよろめきつつも木に歩み寄り、そして凍り付く。
木の根元には人間一人がすっぽりと入りそうな穴があった。
しかし、そこには何もない。
「おい…………嘘だろ。おいおいおい」
動揺する俺は穴に飛び込み、素手でぬかるんだ土を掘る。
出てくるのは小石や枝ばかりだった。
爪の割れる痛みで手を止めた俺は叫ぶ。
「ふざけんなよ! ここに! ここに、美夜子の死体があるはずなのに! どうして出てこないんだっ!」
諦め切れずに土を掘り出していると、佐奈が声をかけてきた。
「ねえ……新村さんは一人で自殺したんでしょ……どうして死体が埋まっていると思ったの?」
「そ、それは」
「まさか、あんた何か隠して……」
佐奈の言葉が急に途切れる。
不審に思って俺は佐奈に注目する。
穴の縁に立つ彼女は、なぜか真顔で俺を見下ろしていた。
「修二君」
その口調は美夜子にそっくりだった。




