第54話 不条理の体現
黒服に両脇を持ち上げられた俺は爪先立ちとなった。
相手は重傷を負っているので無理やり振り払えそうだが、すぐに撃ち殺されるのがオチである。
だから抵抗せずに大人しくしておく。
二億円の約束を反故にされたことについてショックは少ない。
ヤクザを信頼した自分が馬鹿だという気持ちが強かった。
心のどこかで裏切りを想定していたのかもしれない。
須王は美夜子を縛る鎖を指差して解説する。
「あれは特別な封印術だ。淀離協会という団体の提供品でね。しっかり有効みたいでよかったよ」
「その淀離協会とは何ですか」
「地方のカルト組織さ。縁があって協力関係にあるんだ。まあ、これから死ぬ君には関係のないことだね」
須王の合図で俺は引きずられていく。
縛られたままの美夜子を置いてエレベーターに乗った。
須王が乗ったところでエレベーターは下降を始める。
無言の俺を一瞥した須王は意外そうに言う。
「落ち着いているね。もっと慌てるかと思ったのだが」
「怖くはあるんですけど、そんなに死ぬ気はしなくて」
「ははは、ポジティブだね。嫌いじゃないよ」
間もなくエレベーターが停止する。
到着したのは一階だった。
扉が開くと薄暗い空間にぽつんと慰霊碑があった。
他には何も無く、殺風景で異質な空間となっている。
須王は慰霊碑を指し示して語る。
「これが祟りの元凶だ。いつ誰が何のために建てたのか一切分からない。関わるだけで災いをもたらす厄介な代物だが、須王会はこれを克服した」
須王が壁に触れて軽く叩いた。
硬質な音が高い天井まで反響する。
「まず慰霊碑を潰すのではなく、守るような形で建設を進めた。そうすることで祟りによる妨害を避けたんだ」
須王が革靴で地面を踏み鳴らす。
タイル状の床には複雑奇異な紋様がびっしりと刻まれていた。
須王は紋様を足でなぞりながら言う。
「淀離協会から買い取った魔法陣だ。ビルの周辺一帯から運気を徴収し、祟りを拡散する効果がある」
「だから近隣で事件や事故が多発しているんですね」
「ほう、そこまで調査していたのか。大したものだね」
須王は嬉しそうだった。
そんな彼に俺は問う。
「どうして僕をここまで連れてきたんですか」
「慰霊碑の養分にするためだよ。定期的に餌をやらないと魔法陣を破りそうになるのでね」
慰霊碑の陰で物音がした。
そこから現れたのは身長二メートルの異形だった。
異形の頭部は、毒々しいほど鮮やかな向日葵で出来ていた。
手足や胴体は捩じれて絡んだ蔦で、赤いドレスはよく見ると人間の内臓だった。
引きずっているスカート部分は血みどろの腸で、動くたびに赤い汚れを飛ばしている。
手には巨大な骨の槍を握っていた。
異形の姿を目にした俺は呆然とする。
恐怖よりも絶望が大きかった。
「バ、バケモノ……」
「失礼な感想だね。彼女は慰霊碑の霊……禍舞明神だ。君の死因になるのだから挨拶しておくといい」
穏やかな笑顔のまま、須王は冷徹に言い放つ。
向日葵と内臓の異形――禍舞明神がゆっくり歩いてきた。




